蒲公英 〜癒しと生命力の花〜

自作短編/長編小説を発表するブログです。たまに日本語のことを少しだけ考えてみたり、日記を書いたりします。

炎のキース (15) 

 こちらは2人、敵は3人。
 体のこなし方をちらと見ただけでわかる。
 こいつらのレベルは、先刻の土蜘蛛モドキ共よりも数段上。
 緊張するベルヴェルクと黒ずくめ。
「ベルヴェルク殿! 助太刀いたすっ!!」
「あれは、王室警護隊!」
 4対3。形勢逆転。

 残り2分。

「包囲網!」
 ベルヴェルクたちはこちらに走ってくる土蜘蛛どもの正面に蜘蛛糸でバリケードを作る。
 王室警護隊のふたりが敵を追い込んでくる。
 ベルヴェルクと黒ずくめが真上に手裏剣を投げる。
 頭上から襲いかかる手裏剣に気を取られる3人。
 ひとりずつ、ケンとリュウの斬撃に斃れた。
 しかし、1人土中に逃れた。

 ベルヴェルクは、縛り付けられた娘の姿を確認した。
 魔法装置へとダッシュしてゆく。
 そのすぐ後ろを、黒ずくめも走る。
 なぜか余裕の表情で黙って見守るドレン卿。
 魔法装置に座っていた兵士が2人とも腰を浮かす。
「お前たちごときがかなう相手ではない。戦うのはお前たちの仕事ではない。座っておれ」
 ドレン卿はゆったりと立っている。
 その傍らに、逃れた土蜘蛛――長身男だ――がひざまずく。
「報告せずともよい。見ておったわ」

 キースの全身が赤く発光しはじめる。
「あの時と同じだ……」
 体が熱い。エマーユは10年前のあの感覚を思い出していた。

 残り1分。

「ニディア!」
 娘の名を呼ぶ。眠っていた黒髪の少女はゆっくりと目を開け、俯いていた首を持ち上げる。
「あ……お父さん……!」
 手足が動かない。そこでようやく囚われの身であることを思い出す。
 その刹那、魔法装置が不気味な振動を始めた。装置の下部が左右に開いてゆく。
「な……なに!?」
 ニディアの手首が縛り付けられていた部分の木材が真上に、足首が真下に、それぞれ移動する。体を一直線に固定された後、今度は手首側の木材が後ろに――装置内部に倒れ込んでいく。
「いや! ほどいて!」
 もがくニディア。叫ぶベルヴェルク。
「やめろー!」
 ベルヴェルクの後ろを走っていた黒ずくめが呪符を取り出す。
「外道が……!」
 瞬間移動!
 黒ずくめは装置内部に入り込むと、ニディアの手首の縄をほどいた。
 ようやく魔法装置に到達し、足首の縄を解くベルヴェルク。
 彼と戦おうとする長身男をドレン卿が手で制した。
「?」
 その様子を見たベルヴェルクは娘を背負いつつ言った。
「ふん。降参か。戦う気がないなら、このまま行かせてもらう」
 魔法装置に一旦背を向け、娘のブラウニーストーンを取り返していないことを思い出して回れ右をしようとしたが……。
 ――歩けない!
 ベルヴェルクが下を見ると、自分の膝から下が凍り付いている。
 振動。肉がひしゃげるおぞましい音。
 娘を背負ったままおそるおそる上体だけで振り向く。
 ニディアはぎゅっと目を閉じている。
 魔法装置の隙間から、かつて黒ずくめだった男の血液と肉片が漏れ出てきた。
 凄まじい血臭。
 魔法装置から離れ、腰を折って吐こうとする兵士ふたり。
 ドレン卿に睨まれ、途端に凍結してしまう。

「さて、時間だ。……ベルヴェルクと申したか。そなたはやはり骨のある男だったな。娘は魔法装置に潰されずに済んだ」
 ドレン卿はその場にいる全員にはっきりと聞こえる、よく通る声で話し始めた。
「この装置はな。一度の攻撃で町ひとつくらいは完膚無きまで叩きのめすことのできる最終兵器だ。……もう、随分前に発掘されていたのだがな。設計図はないし、装置のあちこちに埋め込まれた金属の箱は完全なブラックボックスだ。だから、誰もこのマジックアイテムが兵器だとは思わなかった」
 そこで言葉を切り、アイスブルーの左目を輝かせて得意げに笑う。
 ドレン卿があごをしゃくった。
 無言でうなずいた長身男がベルヴェルクの前に立ち、彼のペンダントを探り出して引きちぎった。そして、魔法装置の上にあるニディアのブラウニーストーンの隣にセットした。
「ラージアン大陸のあちこちの遺跡から発掘される、これと似たような装置はオーパーツ――失われた文明の遺産。現代の我々の知識では、ほとんど研究が進んでいない。だが、私にはすぐにわかったよ。なにせ、我が国は様々な軍用兵器に精通しておるからな」
 攻撃。破壊。殺戮。およそ兵器というものには共通のにおいがあるのかも知れない。少なくともドレン卿は、この装置が持つにおいを敏感に感じ取ったようだ。
「これはお前たち土蜘蛛の先祖がせっかく作ってくれた兵器。仕組みが分からなくても使い方がわかれば充分だ。有効に利用させてもらうよ」
 ドレン卿の話の途中から、魔法装置の上にセットされたブラウニーストーンが赤い光を強く放ち始めた。
「さきほどの地震でさえ、こいつの最大出力ではない。さらに、ブラウニーストーンがふたつになった。楽しみだよ……一体どれほどの破壊力を発揮できるんだろうねえ。スカランジア王国による大陸統一の門出を祝い、今宵はこの素晴らしい兵器でお前たちの体を粉々にしてやろう。光栄に思いたまえ」
 話し終えたドレン卿は、敵の中にひとり、全身を赤く光らせ始めた人物がいることに気がついた。その人物が、ドレン卿の位置からでは聞き取りづらいほどの小さな声でなにごとかつぶやきはじめた。
「スカランジアのドレンか……」
 キースは静かにつぶやくように言った。しかしそれは、しっかりと落ち着いた声だった。
「貴様のお楽しみはこれで終わりだ、ドレン。ブラウニー・エンブレム発動」
 魔法装置の真下にブラウニー・エンブレムが現れる。装置上部にセットされたブラウニーストーンの輝きが弱まり、薄紅色の淡い光になってゆく。さらに、見る見る暗くなってゆく。
「なんだと!?」
 ドレン卿は装置を振り返り、キースに視線を向けた。キースの全身を包む赤い光はいよいよ強く輝きつつあった。
 ブラウニーストーンばかりを注目していた彼は、魔法装置の真下に出現したエンブレムには気付かない。
 ドレン卿が叫んだ。
「貴様、何をしたっ!?」
 それには答えず、相変わらず静かな声でつぶやくキース。
「我が命(めい)に従え、古(いにしえ)の石よ。役目を終えよ」
 魔法装置の上のブラウニーストーンは発光をやめた。
 長身男があわててブラウニーストーンをたしかめる。
「熱っ!」
 掌を火傷した。ブラウニーストーンは高温になっていた。
 キースは振り上げた手を振り下ろした。
 魔法装置は崩れ落ち、ただのがらくたになった。
「おのれっ!」
 クリスタル・エンブレム発動。ドレン卿の左目から飛び出した青い光が筋を曳き、キースを襲う。
 フレイム・エンブレム発動。キースの全身が燃え上がる。
 青い光が弾き返され、長身男に当たる。長身男が凍結した。
 フレイム・エンブレムの輝きが増す。
 ドレン卿は目を見開いた。
「フレイム・エンブレムだとぉ!?」
 エンブレムの輝きがキースパーティ全員の氷を解かす。
 キースは手をかざした。
 ベルヴェルクと長身男、敵兵2人の氷も解けた。
 次の瞬間、キースの体はドレン卿のすぐ目の前まで移動していた。
 間近でキースの顔を見たドレン卿は驚愕した。
「き、貴様はアーカンドルの王子っ!」
 キースの全身を包む炎がドレン卿へ襲いかかる。
「く……おのれえぇぇぇ!!!!」
 ドレン卿の周囲で、炎がめらめらと音を立てて燃えはじめた。
 しかし次の瞬間、ドレン卿は青い球体に姿を変え、炎の中心から外側へと飛び出る。
「氷の檻に閉じ込めてくれるわ!」
 元の姿に戻り、左目の前に手をかざす。
 巨大なクリスタル・エンブレムがキースの頭上に出現。
 エンブレムの菱形の外周から地面へと真っ直ぐに青い光が降り注ぐ。光の内側にキースを閉じ込めるつもりだ。
 キースは右手を真っ直ぐ天に向ける。
 彼の碧眼が一瞬炎のように赤く光ったかと見えた刹那、その手の先にクリスタル・エンブレムとほぼ同じ大きさのフレイム・エンブレムが出現。
 ふたつのエンブレムは見る間に接近していき……。
「愚かな。クリスタル・エンブレムの結界だぞ。破れるものか!」
 ドレン卿が余裕を取り戻しかけたのも束の間。
 少しずつ、キースの頭上にスパークが生じ始める。
 今やひとつの紋様のようにぴったりと重なったクリスタルとフレイムの両エンブレムは、見事な五芒星へと形を変え、まばゆい白色の光を放った。その強烈な輝きは周囲を真昼のように照らし出す。ドレン卿が張ったはずの結界も消えている。
 メリクがつぶやいた。
「サスパーダ・エンブレム……? ただの言い伝えではなかったのか……」
 ドレン卿は絶叫した。
「貴様、複数のエンブレムを!? 貴様が……貴様がマジックストーン・マスターだとでも言うのかああぁっ!?」
 キースは天に向けていた右手を下ろし、肩の高さで真っ直ぐ前に向けた。その手には光の剣が握られている。
「覚悟」
 逃げ回るドレン卿。キースが軽く振った光の剣の先端が魔法装置の残骸に触れた。
 消滅――いや、蒸発と言うべきか。轟音も閃光もない。魔法装置は跡形もなくなった。
 剣を構えるキースから後退り、再び青い球体に姿を変えたドレン卿。
 次の瞬間、球体はまるで流れ星のように夜の空へと飛び去って行った。北を目指して。
 それを見届けたキース。光の剣とエンブレムが収束していき……、元の夜闇が戻ってきた。
 肉を裂く音が聞こえた。キースは背後を見やる。長身男は自害していた。
 床にへたりこみ、がくがくと震えている敵兵2人は無視し、キースは親友のもとへ向かった。

「バレグ……バレグ!!」
 急激に体温を奪われたバレグは危険な状態だった。スーチェが必死に彼の全身をさすっている。
 その様子を一瞥したキースがつぶやくように言う。
「“火の民”の慈しみの炎よ。我に力を貸したまえ」
 青い炎がバレグを包む。熱さのない……暖かい炎だった。
 みるみるうちにバレグの頬に赤みが戻った。
 キースはエマーユのそばへふらふらと歩み寄って行った。
「なんだか……全身がだるいよ」
「お疲れ様」
 エマーユは、キースの体をしっかりと抱きとめた。

            *      *      *

「ふん。人として生まれながら人を超え、闇に棲む者どもにさえ恐怖を与え続けた土蜘蛛の名も、今は昔……か。それにしてもブラウニーストーン――。せっかくの力を、使うどころか封印することばかり考えるとは、なんとも後ろ向きな連中だ」
 カーテンの隙間からわずかに差し込む光の中、アイスブルーの瞳と銀色の総髪が光を反射している。
 スカランジア王国の軍師、フィムブチュール・ドレン卿だ。
 手許の書類にペンを走らせつつ、声質そのものは暗いものの、どこか楽しげに独り言をつぶやいている。
「初めてだよ、こんな気分は。……この大陸に、この私をこうも楽しませてくれる人間がいたとはね。奴はマジックストーン・マスター……? いや、まだわからぬ。あの現象は何かの偶然ということも考えられる」
 手を止め、顔を上げる。
 ドレン卿のブラウンの右目が、ほんの一瞬だけ、義眼である左目と同じアイスブルーの光を灯したように見えた。
「次も遊んでくれるんだろう? 期待しているよ、アーカンドルの妾腹の王子殿」
 ふたたび書類の上にペンを走らせながら、いつまでも喉の奥でくくくと笑い続けた。

〜「炎のキース」 完〜



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( 2008/01/09 20:09 ) Category 炎のキース | TB(0) | CM(7)

炎のキース (14) 

「このくそゴーレムがああ!!」
 ベルヴェルクは目の前で2人目の仲間をやられてしまった。ブラウニーストーンを奪われたばかりに。自分の不注意で。
「ベルヴェルク殿、気にしてはならぬ! 我らは誇り高き土蜘蛛、戦いに際して命を惜しんだりはせぬ。それより、一旦ゴーレムから離れられよ!」
 仲間の一言でなんとか冷静さを取り戻したベルヴェルク。言われるまま距離をとった。
 内臓のほとんどを潰された仲間の屍反斬。
「自爆」
 ゴーレムの足の下が一瞬光る。光は飛び上がり、ゴーレムの腹に突き刺さった。
 光はそのままどんどん腹の中に埋まってゆく。
 数秒後、ゴーレムの体のあちこちに小さな穴があき、そこから光が漏れ出てくる。
 ――強烈な閃光!
 一瞬遅れて凄まじい大音響が轟いた。
 粉々に飛び散る岩の塊を避けつつ、人数を2人に減らしてしまった土蜘蛛たちは、ニディアが囚われている場所を目指す。

 ドレン卿が設定したタイムリミットまであと10分。

            *      *      *

「ドレン卿。ゴーレムが全滅しました。残る守りは土蜘蛛A班のみです。卿に万一のことがあってはなりませぬ。ここは我らにお任せを」
 眼帯男が提案した。
「意見は無用。同じことを2度言わすでない。……こんなに楽しいのだ。ベルヴェルクといい、新しい敵といい、な」
「し、しかし。奴らに黒幕を気取られてはこの先何かと厄介に……」
 眼帯男は引き下がらない。
「ほう。お主は奴らを生きて帰すつもりなのか?」
 眼帯男は失言を悔いた。
「も、申し訳ございませぬ……」
「貴様には立憲君主制のアーカンドルでの諜報活動は長すぎたか。あのいまいましい制度にかぶれたか? 良い意見なら構わぬが、後で詫びるくらいなら主(あるじ)に意見をするものではない」
 ドレン卿は言いつつ、片手をアイスブルーの左目の前にかざす。
 するとドレン卿の顔の前に魔法陣が浮かび上がった。菱形の紋様、中央に古代語。冷たい氷を連想させる青い光がドレン卿の顔に不気味な陰影を浮かび上がらせる。
 クリスタル・エンブレム。
「教えてやろう。このわしの左目は義眼。そして、この義眼こそが《氷結の魔石(フリズルーン)》なのだ」
 眼帯男はドレン卿の言葉を聞くことができなかった。彼は凍結していた。文字通り、氷の塊となってしまったのだ。
「ふん。貴様の相棒はブラウニーストーンにさわれるから飼っておく価値があるが、貴様ときたら意見ひとつまともにできぬ」
 ドレン卿がもと眼帯男だった氷の塊を指で弾く。
 次の瞬間、粉々に砕け散ってしまった。

 残り9分。それはニディアの命のタイムリミットと同時に、魔法装置によって次の攻撃を行う準備が整うことをも意味していた。

            *      *      *

「“真の土蜘蛛衆”め。よくもこんな歩きにくい地形を選んだものだ……」
 ぼやくケン。年下のリュウが少しだけからかう。
「まさか、足腰がキツイとか言いませんよね? でも、それだけ隠れやすいということになりますからね。油断は禁物ですよね」
 リュウは気を遣い、後半は真面目なことを言ってみた。
「じゃ、この透視眼鏡で……」
 バレグはリュウの言葉を聞き、持ってきたマジックアイテムの中から奇妙な眼鏡を取り出して“装着”した。双眼鏡のように長いレンズが付いているので、“かける”というより“装着”という方がしっくりする。
 その途端――
「うわ!! メリクさん、敵です! 敵が土の中を移動していますっ!」
 バレグは地面をぐるぐる見回している。
「殿下! 岩固め!」
 キースは無言で印を切った。キース一行が歩いている地面を中心に大きなブラウニー・エンブレムが出現する。
 バレグが報告する。
「敵4人、動きが止まりました。残り……5、6、7人! まだ7人、エンブレムの外側を移動しています!」
 眼鏡をかけたバレグは、地面をあちこちぐるぐると見回している。
「ぐえ……目が回るよぅ……」
「バレグ、弱音を吐くな! 安心しろ、あとで逆回しにぐるぐる回してやるっ!」
 スーチェの妙な励ましを受けつつ、バレグの監視は続く。
「7人のうち3人が、あっちに遠ざかっていきます!」
 バレグの指さす方角は東。まだ視認できる距離ではないが、ちょうどその方角からベルヴェルクたちも接近しつつあった。

 微かな音をエマーユの耳がとらえた。さきほどの轟音で多少耳鳴りがしてはいたが、それでもこの7人の中で誰よりも聴力に優れているのは彼女だ。
「東! 100メートルっ! 敵3人、地上に出ました」
「空中浮揚!」
 メリクは現代語で呪文を唱える。効果は短いが、キース一行の全員が宙に浮く。
「殿下! 岩崩し」
 エンブレムの範囲内の地面が揺れる。
 空中浮揚の効果が切れ、全員着地。
 バレグの顔面が蒼白になる。
「……ぐえ……。動きのとまってた4人……、潰れました……お……おえっ」
「わかったもう見るなしっかりしろっ!」
 スーチェはすかさずバレグの背中をさすってやる。
「だ……大丈夫。……の、残り4人、東に移動しました!」
 バレグの報告を受け、エマーユも耳で敵を探る。
「同じ場所から4人、地上に出ますっ!」
「円陣!」
 メリクの掛け声に、7人が肩を組み円陣を作る。
 メリクの取り出した呪符で瞬間移動した。わずか100メートルの移動。
 移動完了とともに、再びメリクが指示を出す。
「蜘蛛糸っ!」
 3剣士が呪符を投げる。ひとり確保。
「後ろかっ!」
 こいつらが敵の土蜘蛛の本体なのだろう。動きが速い。
 3剣士は、振り向きざま敵を袈裟切りにする。
 ケンとリュウがひとりずつ斃した。
 スーチェの剣は……止められている。
 しかし、敵の土蜘蛛も動きが止まっている。
 ケンとリュウは、左右から敵の胴体を串刺しにした。
 転がる木片。
「! 変わり身っ」
 スーチェは勘を頼りに振り向きざま、剣を横に一閃。
 今度こそ斃した。
(くそ……。生身の敵を斬るのは初めてだ。つい遠慮してしまった)
 ここからなら目で追える。スーチェは気を取り直して叫んだ。
「敵3人。地上を東に移動しています」
 ――轟音!
 さっき確保したひとりが自爆したのだ。
 立て続けに轟音を聞いたせいで、耳鳴りがひどい。誰かの悲鳴が聞こえたような気がする。
「みんな無事かっ!?」
 キースが叫ぶ。
「しっかりしろー!!」
 スーチェが叫ぶ。
「バレグー!!」
 スーチェの膝に頭を乗せ、バレグが額から血を流してぐったりとしていた。

 メリクが声を張り上げる。
「ケン、リュウ! 敵を追え」
 怒りのオーラを剥き出しにして敵を追う警護隊のふたり。
「エマーユ、ヒーリング!」
 メリクが叫んだときは、彼女はすでに治療を開始していた。
「う……ううん、目が回ったぁ……」
 バレグはいつもの間の抜けた声を出した。
「く……こ、の、くそバレグっ!!!」
 目の端を光らせながらスーチェが毒づいた。
「……でもよかった……」
 スーチェの目の端から落ちた滴がバレグの頬を濡らす。
「よかった」
 エマーユも胸をなで下ろす。

「殿下! あそこっ!!」
 メリクの声に全員が振り向く。
 視線の先には、クリスタル・エンブレムを光らせたドレン卿の姿があった。
「なななんかやばいっ!」
 元気になったバレグがスーチェを突き飛ばす。
 バレグの全身が凍結――氷の塊になってしまった。
 それだけではない。
 スーチェ以外の全員が、腰から下が凍結してしまった。

 タイムリミットは残り3分。

(15)に続く



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( 2008/01/09 12:21 ) Category 炎のキース | TB(0) | CM(0)

炎のキース (13) 

「報告します! 土蜘蛛B班、全滅しました。まもなくゴーレムBが目標に接触します」
 ひざまずき、報告をしている男は眼帯男――酒場の外でベルヴェルクと戦った男の片割れだった。
「ふうん、やるねえ。でも素直に協力していれば、この先ずっと旨いものを食べて優雅に生活できたものを」
 答えた男はフィムブチュール・ドレン卿。銀色の髪を総髪にし、いかにも貴族然とした片眼鏡をかけている。裸眼の右目はブラウンだ。表向きはスカランジア王国の国王ユック・ダクの軍師ということになっている。しかし56歳のユック王は、実は31歳のドレン卿の傀儡に過ぎないというのが公然の秘密であった。
「ドレン卿。すでに娘に用はないかと」
「この私に意見しなくてよろしい。ゴーレムのようなおもちゃでは彼を足止めできまい。ベルヴェルクは必ずここまでやってくる。再会させてから、仲良く一緒に殺してさしあげようじゃないか」
 にこりともせずに言い放つドレン卿。眼帯男は黙礼し、退出した。
「全滅ね……ふん。所詮カネに目が眩む土蜘蛛など、モドキに過ぎんということか」
 ドレン卿の傍らには、木材と金具で構成された巨大な構造物がある。その天辺で薄紅色に光る石は、ベルヴェルクの娘ニディアが身につけていたペンダント――ブラウニーストーンであった。この構造物こそが魔法装置。ブラウニーストーンの力を使い、遠隔地に大きな地震を引き起こすことができるのだ。
 装置の側面には操作盤とおぼしき器具がついており、兵士が2人椅子を並べて座っている。
 黒髪の娘ニディアは、魔法装置の正面に、その細い手足を大の字に括り付けられた状態で眠っていた。
「報告します!」
 長身男――眼帯男の相棒がドレン卿の正面にひざまずいた。
「ゴーレムAが想定外の敵と接触した模様です」
「ほほう。敵さんは元気だねえ。元気な敵は大好きだよ。潰し甲斐がある。ああそうだ、弓射手と、それからゴーレムCも新しい敵さんと遊ばせてあげなさい」
 ドレン卿は長身男に命令した後、今度は笑いながらつぶやいた。
「うむ。ベルヴェルクがここに到達するまでの所要時間は、多めに見積もって30分というところか。しかし彼は予想以上に骨のある男だからねえ。では、タイマーを25分に設定しようじゃないか。間に合わないと娘は魔法装置の中に押し込められ、潰れるよ。間に合えば縄を解くのはあっという間にできるだろうね。見事娘を救出できた暁には、敬意を表しブラウニーストーンでとどめを刺してしんぜよう」
 その底冷えのする声に、長身男は背筋を凍らせた。
「まだ何か用かね? 報告が済んだのなら退出したまえ」
「は……ははっ」
 ドレン卿は片眼鏡を外した。オッドアイ――アイスブルーの左目が不気味な光を放った。

            *      *      *

「なななななになにこの巨大土人形はーっ!!?? 4メートルはあるよぅ!!」
 闇の中にバレグの甲高い叫び声が響く。彼らはゴーレムと遭遇したのだ。
 ケン、リュウ、スーチェの3剣士がバレグを囲み、呪文を唱える。
 すると、ピラミッド形の光がバレグをとり囲んだ。
「んじゃバレグ。こん中にいれば安全だから、しばらくじっとしててな♪」
 キースが声をかけ、ゴーレムへと駆け出す。
 メリクが指示を飛ばす。
「エマーユ! 草結び!」
「はいっ!」
 ゴーレムの足元に太い草の蔓が大量に発生した。ゴーレムは歩こうとして蔓にからまってしまう。
「放水!」
 メリクはバレグが持って来たマジックアイテム“雨降らし”を使った。地面とゴーレムの体が湿り、蔓がさらにきつく絡まる。ゴーレムはついに尻餅をついた。
「殿下! 蟻地獄です!!」
 ゴーレムが倒れる轟音に負けじとメリクが声を張り上げた。
「りょうかいっ」
 キースが両手で印を結ぶ。同心円と放射線で構成された、光る魔法陣がキースの腹の直前に浮かび上がる。この魔法陣こそがブラウニー・エンブレム。キースの腹に眠るブラウニーストーンの力を開放した瞬間である。
 地面が、ゴーレムを中心に陥没を始める。
 登ろうともがくゴーレムの手は軟らかくなった地面にむなしく埋まり、手掛かりを掴むことができない。
「封印っ!」
 素早く正確なメリクの指示。
「ていっ」
 再びキースが印を結ぶ。ゴーレムが埋まった地面の上に、大きなブラウニー・エンブレムが描かれる。
「土に還れ」
 轟音が収束し、地面が固まる。ゴーレムの封印に成功したのだ。
「来るぞっ!」
 メリクの警告より早く、3剣士が反応していた。長剣を振り回す3剣士の周囲に、2つに折れた矢が山を築いてゆく。
「まずい。ゴーレムがもう一体来るぞ……」
 地響きを立て、2体目のゴーレムが闇の向こうに現れた。
 矢を避けながらゴーレムと相対するのはとんでもなく難度が高い。
「ちっ」
「キース!!」
 エマーユの叫びに全員がちらとキースを見る。彼は左肩に刺さった矢を自力で抜いたところだった。
「おあああああ!!!」
 キースの肩から噴き出す血潮が中空に文様を描く。
 ふたつの円形に囲まれた内側に古代語の文字。炎のように揺らめいて……。
「あれはまさか! フレイム・エンブレム!!」
「メリクさん!」
 冷静なメリクが炎の紋章に見とれている。エマーユは慌てて結界を張り、メリクを飛来する矢から守った。
「すまん」
 轟音。
 一瞬、その場の全員の聴力が麻痺した。
 次いで、真昼のように視界が開ける。目を疑った。敵の弓の射手が全員燃え上がっている。
 肩を押さえつつキースが叫ぶ。
「よし! これで矢の心配はない! メリク、指示を頼む」
「……承知!」
 メリクはほんの一瞬ほうけていた。頭を振り、2体目のゴーレムへの対処を始めた。
「エマーユ、木巻き!」
「はいっ!」
 木巻きとは、森の民が使う攻撃的な結界魔法である。
 光の筋が縦横無尽にゴーレムに襲いかかり、まるで宿り木が寄生するかのように次々に巻き付いていく。ゴーレムの歩みが止まった。
「剣士殿! ピラミッド!」
「はっ!」
 やや疑問を感じたが、このパーティのリーダーはメリク。スーチェと警護隊の2人は、先ほどバレグを囲んだのと同じ結界の巨大版でゴーレムを囲む。
「エマーユ、圧縮!」
「! はいっ!」
 メリクの意図を悟ったエマーユは自身の最大級に近い魔力を開放した。
 木巻きの光の筋がどんどんゴーレムの体に食い込んでいく。
 次の瞬間、ゴーレムの体は大爆発を起こした。ピラミッド結界の内側は砂の嵐である。

「キース!」
「大丈夫?」
 ひとまずの勝利。まずキースに駆け寄ろうとしたエマーユ。しかし、彼女よりキースに若干近い位置にいたスーチェが割り込んだ。
「スーチェ」
「はい! なに?」
 キースに呼びかけられ、あからさまにうれしそうな顔をするスーチェ。
「バレグを出してやってくれ」
「ぶー」
 そんなのわたしじゃなくてもいいじゃないか、と言おうとして振り向いたスーチェは、剣を研いでいる警護隊を視界に捉えてはっとした。そして自分の未熟さを思い知った。剣は、さきほど矢を叩き落としたことで刃こぼれをおこしている。警護隊の戦士たちは時間を無駄にせず、自らの武器をメンテナンスしているのだ。
 (戦闘技術は人並み以上のつもりだが、わたしには戦場での経験が全然ない……。5人の足を引っ張るわけにはいかない、か)
 仕方なく、スーチェはこのパーティ一番のお荷物であるところの“荷物持ち”バレグを結界から開放してやり、自分の剣を研ぎ始める。
 エマーユはキースの肩の手当をした。貫通したのだから相当な出血のはずだった。しかし、かすり傷程度の出血に過ぎない。不思議に思いつつ、ヒーリングの呪文で治療をした。
「メリク」
 肩の治療をエマーユに任せつつ、キースはメリクに話しかけた。
「何でしょう」
「フレイム・エンブレムってなんだ?」
「精霊フレーミィが創った《炎熱の魔石(グラウバーナ)》の魔力を開放することで発動する魔法陣です。殿下の体内にはグラウバーナも埋まっているのでしょうか? ……でもまさかそんなことが……。私にはそれ以上わかりません」
「んー、そっか。ま、いいや」

            *      *      *

「ほ、報告します!!」
 長身男が蒼白な顔をしてドレン卿の前にひざまずいた。
「なんだ騒々しい。そんな大声出さなくても聞こえるよ」
「想定外の敵に差し向けたゴーレム2体と弓射手が……」
 長身男の汗が床に滴り落ちた。
「ぜ、全滅しました……」
「……」
 ドレン卿はしばらくじっとしていたが……。
「く、はははははは。あーははははは!!」
 長身男はびくっとして、2〜3歩後退った。
「面白い! 面白いぞ! もっともっとこの私を楽しませてくれ……」

(14)に続く



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( 2008/01/08 21:50 ) Category 炎のキース | TB(0) | CM(2)

炎のキース (12) 

 唐突な横揺れが夜闇を引き裂いた。
 久しく聞いた事のない地鳴りに続く激震がアーカンドル王国を襲ったのだ。
 多くの人々にとっては寝入りばなの時間帯だった。
 ユージュ山は死火山だ。地震に不慣れな人々は軽いパニックを起こしかけたが、その後は軽い余震がひとつきり。屋外に飛び出た人々は夜闇に包まれた周囲を見回した。どうやら崩れた建物もなければ怪我人もいないようで、人々はすぐに落ち着きを取り戻した。
 そんな中、念のため広い講堂兼屋内運動施設を持つ王立リンベール学園へ避難する人々も少なくなかった。
 地震に際して学園を閉鎖するわけにはいかない。警護隊の面々はキースの行方に気をもみつつ、しばらくは避難者たちの誘導に当たるしかなくなってしまった。

 学園内の職員宿泊室で寝ていたカーム先生は突然の地震に飛び起き、揺れが収まるのを待ってまずバレグの部屋へ駆けつけた。
「バレグくん! 無事か……ん!?」
 バレグの部屋の扉には貼り紙があった。真っ白な、何も書かれていない紙だ。
 カームは紙に向かい、ごく短い古代語で呪文を詠唱した。
「シダリブ・ア!」
 間もなく、真っ白だった紙に文字が浮き上がった。

 ――カーム先生。学園内に怪しい者が侵入しており、身の危険を感じたのでバレグを連れて脱出します。先生にもお伝えすべきところなのですが、先生のお部屋に続く通路のどこかに怪しい者が潜伏している模様なので、大変申し訳ありませんがまずバレグの安全を優先します。可能であれば警護隊に保護を求めます。この文章をご覧になったら先生も――

 メリクの字だ。夕べ受けとったレポートそのままのきっちりとした筆跡だが、最後の2行ほどは走り書きのように崩れている。
 カームは学園内の警護隊臨時詰所に駆けつけたが、隊員達は地震で避難してきた人々に対する避難誘導のために出払っており、誰も居なかった。
「……メリクくん。バレグくんのことを頼んだぞ。くれぐれも無茶しないでくれ」
 どうやらカーム先生はメリクのメッセージを文面通りに受け取ってはいない。だが、今の彼にできることは、助手と教え子の無事を祈ること以外には何もなかった。


「カーム先生、不肖の助手の嘘をお許しください。キース殿下をお救いしたいという、可愛いけど出来の悪い生徒の熱意を無駄にしたくないのです……」
「……」
 メリクのつぶやきを渋面を作りながら聞いていたバレグ。彼には返す言葉もない。
「メリクさんって、クールだけどさりげなく毒舌吐く方なんですね♪」
 スーチェが楽しげに言う。
「……ところで、突然の地震、おっどろきましたねー!」
 バレグは話題を変えたくて仕方がないようだ。

 地震が起きる直前のことだ。警護隊に見つからぬよう、学園からの抜け道――いや、道と呼ぶのは憚られるが――を通り、垣根くぐりやフェンス越えを繰り返していたバレグとスーチェ。
「なあ、あてになるのか、そのマジックアイテム」
 スーチェが苛立ち混じりに声をかける。
 バレグが操作しているのは、長さの違う2本の棒を持ち、探し人のことを念じると棒が方向を教えてくれるというマジックアイテム。
 しかしさっきから、学園から離れては近づくことを繰り返しているとしか思えない。
 暗がりで足場の見通しが悪く、手探りで進んでいた時に、突然地震に襲われた。焦るふたりを空中浮揚の魔法で救ったのはメリクだった。
 まだ学園からさほど離れていない。学園に連れ戻されることを覚悟したふたりに、メリクは意外にも協力を申し出たのだった。

「この地震で、警護隊の方々はキース殿下の件に専念することができない。陛下も次の手を考える余裕がおありになるとは、正直思えない。ここは我々が頑張るしかあるまい」
「はい! 仰る通りですっ!」
 両手を組み合わせてメリクに返事をするスーチェを見て、「なんだこいつ、女の子みたいだ」という感想を持ったバレグだったが、もちろんそれを声に出すことはしない。
 メリクは、今日の調査で入手した水晶を持ち出してきていた。
「カーム先生には嘘をついたが、きみたちには正直に話しておこう。我々はこれからキース殿下と合流し、ベルヴェルクさんの娘さんを救出に向かう」
 『……え?』
 驚くふたりの耳に、聞き慣れた声が飛び込んできた。
「おーまーたーせー!!!!」
 突然、バレグたちの目の前の空間にキースとエマーユ、そしてケンとリュウ――発掘調査隊に同行していた王室警護隊員――が現れた。
 『キース!?』
 名を呼ぶ以外に言葉が出てこないからでもあるが、またしてもぴったりと声をハモらせるバレグとスーチェだった。


 キースは説明を一通り終え、最後にこう言った。
「オヤジ……、いや、陛下に報告に行ってたから遅くなっちゃった。ニディアがさらわれた上に、ベルヴェルクのおっちゃんも行方不明だ。おっちゃんの行方は黒ずくめ3人衆が捜してる。俺たちはニディアだ。ぐずぐずしてはいられないぜ」
「殿下! バレグくんと隊長のお嬢さんには帰ってもらったほうがいいのでは?」
 警護隊員の年嵩の戦士、ケンが提案した。
「バレグは貴重な荷物持ち♪ それにスーチェは学生だけど、ケンさんも知っての通り凄腕の剣士だぜ? シグフェズルのおっちゃんにも許可もらってるし、絶対に足手まといにはならないって。俺が保証する」
「はっ! 殿下がそう仰るなら」
 隊長の名前を出されては、ケンには抗弁する余地がない。
「堅いよケンさん。俺たちは全員対等なパーティだ。強いて言えば、リーダーはメリク。あ、礼を言ってなかったな。7歳の時、俺を運んでくれてありがとな、メリク」
「礼には及びません。むしろ、我々のブラウニーストーンのせいでご迷惑をおかけして申し訳なく思っております」
 メリク・カンター。ドロシーの孫である彼は、心の底から詫びているようだった。
「気にしない♪ そのおかげでこうして俺は生きてんだ。……さあ話は終わりだ、行くぜ!」

             *      *      *

 ベルヴェルクは焦っていた。おそらく敵は、魔法裝置を完成させたのだ。
 指定した時間ちょうどにアーカンドル王国に地震を起こして見せたのが何よりの証拠だ。
 魔法裝置は、古代魔法文明の時代には様々な用途で利用されていた。エンジン部分に魔石をセットすることで天候をコントロールしたり造成工事を行ったりしていたという。
 “真の土蜘蛛衆”の背後には巨大な敵がいる。そいつらは魔法裝置を軍用兵器として利用するつもりなのだ。ベルヴェルクの想像は、既に確信に変わりつつある。
 モノケロスに砕かれたブラウニーストーン。それを娘と分けて持つことで、万が一未知の敵に奪われることがあっても被害を最小限に済ませるのが狙いだったのに。
 半分……いや、3分の1の大きさのブラウニーストーンの欠片で、この激震。
 軍用兵器として魔法裝置を完成させるほどの敵となると……。
 奴ら“真の土蜘蛛衆”のバックにいるのは北の大国、スカランジアか?
 国の名前を意識した瞬間、ベルヴェルクは後悔した。
 周辺の諸国を併呑し、大陸中最大の国土を誇る軍事大国。その冷酷非情な国王ユック・ダクの名は、遠く南の諸国からも恐れられていた。

「くそ! 何としても私の持つブラウニーストーンまで敵に渡すわけにはいかん! 娘の命も!」
 彼は娘の命と引き換えにブラウニーストーンを要求されていたのだ。そのことを誰にも告げず、取引に応じるふりをして一人で救出に向かっていた。

「待たれよ! ベルヴェルク殿!」
 ベルヴェルクは、自分と同じ能力を持つ3人の男に行く手を遮られた。
「通してくれ! 私は娘を人質にとられているんだっ!!」
 彼ら土蜘蛛衆に隠し事は無意味。ベルヴェルクは正直に言い、懇願した。
「落ち着いてお聞き下され! ニディア殿は若長とキース殿にお任せするのです! 我らは少し離れた位置から若長をサポートします。我らにご協力をっ!!」
 それなら安心だ――ベルヴェルクが緊張を解いたその時!
「……!!」
 黒ずくめのひとりが、体を縦に真っ二つに切り裂かれていた。声ひとつたてる暇もなく絶命する、昔の仲間。
 即座に動作をシンクロさせた残りの黒ずくめとベルヴェルクは夜闇へ溶け込んだ。

「ふふふふふ。行かせないよ、ベルちゃん。あんたはあたしたちに逆らう道を選んだんだ。墓場に持ち込まれる前に持ち主を殺せば、ブラウニーストーンはこっちのもの。残り3人とも、ここで死んでもらうよ」
 不気味な女の声が闇に響く。しかしあちこちに反響し、場所が特定できない。
 すでに、そこかしこで金属のぶつかりあう甲高い音が響き、時折火花が飛び散る。
「だまれ未熟者め。貴様ごときに殺られる我らではないわ!」
「みっともない負け惜しみね。すでにひとり死んでるじゃないの」
 時折、恐ろしく高い位置できらめく白刃。
 膠着状態とも思える戦況は、彼我の土蜘蛛たちの実力が伯仲していることを意味するのだろうか。
 しかし、次の瞬間――!
 ぐりゅ、ぐりゅという軟らかい音が聞こえる。
「ま……さ……か……」
 ぐりゅ、ぐりゅ――それは、自らの内蔵を抉る刃の音。次いで襲ってきた感触。それは、すでに“痛み”などという領域を超越していた。土蜘蛛の女は苦しげに呻いた。
「き……さ……ま……」
「屍反斬」
 屍反斬。死して後、一定時間行動ができる土蜘蛛忍法の究極技。
 体半分になった黒ずくめが、土蜘蛛の女の背中に短剣を叩き込んだのだ。
「どうやら少しはできるようになったな。が、修行半ばにして去った分、無知」
 半分になった口で紡いだ言葉は、死体本人以外には聞き取れなかった。行動時間の切れた死体は燃え上がった。
 敵に敗れても戦場に骨以外は残さぬ――それが土蜘蛛の掟である。
 終わってみると、敵はさきほど倒れた女を除いても9人いたが、その9人はベルヴェルクたち3人の敵ではなかった。わずか数分で決着。
「ふん。何が“真の土蜘蛛衆”だ。掟も忘れたか」
 黒ずくめのひとりが、もと仲間だった土蜘蛛の女に呪符を投げると、女の死体は瞬時に燃え上がった。

「敵はニディアのペンダントがブラウニーストーンだと気付いているに違いない。さっきの地震は奴らが指定した時間通りに起きたのだ。真正面から近づいては、キース殿下も若長もただでは済まぬ。我らも急ごう!」
 ベルヴェルクの言葉に、ふたりの黒ずくめは声を立てずに頷いた。
 しかし、彼ら3人を新たな敵が襲った。
「ぐふっ!」
 闇の中、何か重い物に肉をつぶされる音が響く。
「ゴ……ゴーレム!!」
 土人形ゴーレム。身長4メートルに達する、土というより岩の塊でできた人型のマジックアイテム。
 そいつの足の下に、仲間の黒ずくめのうちのひとりが潰されていた。
「ぅおおおのれえぇぇ!!」

(13)に続く



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( 2008/01/08 18:20 ) Category 炎のキース | TB(0) | CM(0)

炎のキース (11) 

 王立リンベール学園は週に一度の休日の他、真夏と春を待つ季節に1か月ずつの休みがある。今は後者、ひとつの学年が終わって間もない頃だった。王立学園は全寮制を採用しており、特別な理由がない限り全生徒が寮生活を送る。ただし、年2回の長期休暇中は当然ながら自宅に帰るのが規則だ。
 今、リンベール学園寮は閑散としている。ただ一部屋の例外を除いて。特別な理由がある者は、申請が許可されれば長期休暇中にも寮を使用することができる。ただし、休暇中は給食がないので自分で用意する必要があるのだが。
 バレグ・ストンハグには、この休暇中に寮を使うべき特別な理由があった。自宅を火事で焼失したのだ。高価な家具や調度品の一部も一緒に焼失したが、家族は無傷で現金などの財産も無事。現在新居を建築中だ。進級ギリギリの成績だったバレグは、調査隊への参加や休暇中の補習のついでに、散らかった仮住まいで新学年を迎えるよりもこのまま寮で生活するよう親に言われたのだった。

 ユージュ山から下山したのはつい数時間前のことだ。調査隊一行を出迎えたのはアーカンドル王室警護隊の隊長、シグフェズル・サンダースだった。
「お疲れ様でした、リンベール学園の皆様」
 2メートルの長身と広い肩幅の巨漢、浅黒い肌をしておりスキンヘッドで四角ばった輪郭の顔にごつごつとした大作りな印象の目鼻立ち。48歳という実年齢より10歳くらい若く見える。彼は野太い声で一行をねぎらった。
「ケン、リュウ。お前たちもご苦労だった」
「はっ!」
 シグフェズル隊長はカーム先生の正面に立ち、話しかけた。
「カーム殿、陛下への迅速なご報告、感謝します。しかし、このことが国内外に知れ渡ると何かと厄介です。今回の件、今しばらくは他言無用にお願いいたします」
「はい。わかっております」
 シグフェズル隊長は次にバレグに向かい、穏やかな声で言った。
「バレグくん。君はこの休み中、寮泊まりだったね。食事はしばらく我々警護隊が提供するよ。そのかわりと言ってはなんだが、許可が出るまでは寮から出るのを我慢してほしい」
 万が一にも情報が漏れるのを防ごうということなのだろう。そのくらいのことはバレグにもわかる。
「ええ、ええ、どのみちレポートや補習がたっぷりありますから……出たくても出られませんよ」

 寮の自分の部屋の前に戻ったバレグは小首をかしげた。中から物音がする。
「あれえ? ティムの奴、確か自宅に帰ったはずなのになあ」
 帽子を脱いだバレグは少し癖のある赤毛をかくと、ルームメイトの名を呼びつつ自室の扉を開けた。
「ティム? 忘れ物でも取りに来たのかい?」
「遅かったな、バレグ。もうすっかり夜だぞ。……調査隊、お疲れさん」
 部屋の中にいたのは意外な人物だった。
「スーチェ! 隊長が食事を提供するって言ってたけど、まさか君が持ってくるとは!」
 スーチェ・サンダース、17歳。シグフェズル隊長の娘にしてバレグと同い年のリンベール学園生だ。バレグより10センチ高い170センチという身長だ。長めの黒髪をポニーテールに結い上げ、黒い瞳は理知的な光をたたえている。浅黒い肌は見る者に活動的な印象を与え、そのためか整った顔立ちをしているが美少女というより美少年といった雰囲気の少女だ。スーチェはバレグとともにキースの幼馴染みであり、幼い頃からよく遊んだ仲である。
「ここは男子寮だよ? あとで隊長に怒られるんじゃないの?」
「父が怒る? 人畜無害なお前の部屋に来ることをか? あはははは!!」
 バレグは鼻で笑われてしまった。
「父はな、逆にお前の無事を心配してたぞ。わたしに手を出して、返り討ちに遭うんじゃないかってな!」
「はぁ? 君に手を出す!? 有り得ない! ……そんな恐ろしいこと」
「うふふふふ」
 第三の声……女の子の声に驚いて、バレグは振り向いた。そして、部屋の奥に笑い声の主を見つけて今度こそ仰天した。
「んなー!?」
 アゴが外れたかも知れない。バレグは限界まで口を広げてしまった。
 右手を頭の上、左手をアゴの下に当ててなんとか口を閉じたバレグは、どもりながら言った。
「ふふふぁふぁ……ファリヤ殿下!! 王女様がこんなむさ苦しい場所に……。ははははしたな……いや、ももももったいのう……えと、なんだっけ」
 ファリヤ・アーカンドル、15歳。キースの妹だ。150センチ、金髪碧眼。バレグに輪をかけて大きな愛らしい瞳の持ち主で、学園内……いや、国民の人気も非常に高い王女だ。
「こ、こんな夜中にお城を抜け出してきたら、大騒ぎになるんじゃないですか!?」
 バレグは気が気でない。
「大丈夫よ。一旦寝たふりをすれば、誰もあたしの部屋に近付かないわ。それに今日はなんだかお父様も侍従たちも忙しくてピリピリしてて、妙な雰囲気だったのよ」
 ファリヤはバレグの部屋を見回し、言葉を続けた。
「バレグ先輩のお部屋、全然むさ苦しくなんかないわよ。男の人にしては珍しいくらい、きちんと整理整頓してあるじゃない。……あ、そうそう、大人のいないところでは、殿下も敬語も必要ないわ。ファリヤと呼んで、先輩」
「……わかった。でも王女様に“先輩”なんて言われたら恐縮しちゃうよ。こっちも呼び捨てで頼む、ファリヤ」
 にっこりと微笑み、こくんと頷くファリヤ。
 ファリヤとバレグの話が終わるのを見届けてから、スーチェが口を開いた。
「ファリヤはな、夜になっても帰らないキースのことを心配してんだ。陛下は“急用で外泊”って仰ったそうなのだが、今年学園を卒業したばかりのキースに一体どんな急用があるってんだ?」
 バレグはさっき口止めされたばかりだ。首を傾げて見せた。
「父に聞いてみたんだがな、教えてくれなかったんだ。でもありゃあ、何か知ってる顔だったぜ」
「何か怪しいのよ。キース兄様からは“今日はヒマだからエマーユに会ってくる”って聞いていたのに……!」
 スーチェに続いて口を開いたファリヤは、スーチェの眉がぴくりと動くのを見て語尾を呑み込んだ。スーチェは心なしか不機嫌に眉根を寄せている……そう、ファリヤが“エマーユ”という固有名詞を告げた瞬間から。
「キースの急用って、エマーユと一緒にどっか遊びに行くことだったりして〜♪」
 ファリヤは、バレグのこの不用意な冗談にはらはらした。
 (お願い、空気読んで〜!)
 ――ギロリ!
 スーチェの鋭い眼光に正面から見据えられ、さすがのバレグも自らの失言に気付いた。
「き、急用ね。さ……さあ、知らないな、僕も。今日はキースに会っていないし」
「ふうん」
 半目でうなずくスーチェ。
「とととにかく、ハラ減ったな。悪いけど、メシもらうよ」
「昔っから隠し事下手くそだな、バレグは。……まあいい、晩飯食いながら、ゆーっくりと話を聞こうか」
 その時初めてバレグは気付いた。夕飯の用意が3人分あることに。
「な……なあ、なんで3人分あるんだ?」
 おそるおそる聞くバレグに、スーチェは快活に答えた。
「ああ、父がな、今夜は忙しいそうなんだ。うち、父ひとり子ひとりだろ? 一人で食うのも味気ないんで、“バレグと一緒に寮で食う”と言ったら、“その方が安心だ”って言ってたぜ♪」
「な……なんだよその語尾の“♪”は……」
 ファリヤも言葉を挟む。
「あたしも、今夜は胸焼けがすると嘘をついて、お城では夕食をいただいてないの♪」
「あああファリヤまで……なんてこった」
 バレグは逃げ道を失ったことを悟って脱力した。隠し事をしていることはほぼ確実に見抜かれている。そんなバレグの心中を知ってか知らずか、女の子ふたりははしゃぎはじめる。
「わたし、ニンジンだけは苦手だ」
「あたしが食べてあげる〜♪」
 その様子をまぶしそうに眺めていたバレグは、つい数秒前の自分の気分を忘れてつぶやいた。
「でもキースといいファリヤといい、変わってるよな。アーカシ・サン王国の王女様なんか、大陸中の上等な食材を集めては毎晩のように王室の食卓を豪華に飾り立て、自分自身は少しだけ口をつけては食材の辛口評価をしているってのに」
「何言ってるの。国民あっての王室じゃない。ぜいたくは敵よ。お父様もお母様もいつもそう仰るわ」
 アーカンドル王室の人間――中でもとくにキースとファリヤは、幼い頃から一般家庭に上がり込んでは夕食を共にすることが頻繁にあった。もっとも、未だにガサツさが抜けず、バレグと気兼ねなくつきあえるキースと較べ、目の前にいるファリヤは言葉の端々、物腰のそこここに王室の人間としての気品と上品さが身に付いてきているが……。

 しばらく、にぎやかに食事をする3人。
 紅茶を飲み終えたスーチェがにやりと笑う。
「さあ……、そろそろ答えてもらおうか」
「ぼ……僕知らないよ。キースとエマーユが一緒に土蜘蛛だか土蜘蛛もどきだか知らないけど変な連中に連れて行かれたことなんて……!」
 うっかり口を滑らせたバレグは、スーチェの仕掛けた罠にようやく気付いた。
「お……お前この紅茶! お酒を混ぜやがったな!」
 悪ふざけの大好きなキースやスーチェと違い、アルコールに不慣れなバレグは普段以上に饒舌になっていたようだ。
「匂いで気付くと思ったわ」
 ファリヤは苦笑しながら言いつつ、スーチェの様子が気になった。スーチェは眉をぴくぴくと上下させているのだ。そう、バレグが“キースとエマーユが一緒に”と発言したあたりから。
「やっぱり、普通の外泊じゃなかったのね。でも……」
 “エマーユが一緒なら安心ね”という言葉を呑み込み、ファリヤは別のことを言った。
「私たちで兄様達を助けに行きましょう!」
 『ダメ!!』
 強い調子で反対するバレグとスーチェの声がハモった。ファリヤは一瞬気圧されつつ、ふたりの説得を試みた。
「タイムリミットは明け方まで。それで見つからなければ、おとなしくお城で待つわ」
「あの……ね、ファリヤ」
 不得手な説得を始めようとしたバレグを遮り、スーチェが諭す。
「コトがコトだ。父も警護隊もピリピリしている理由がこれでうなずける。この上王女様まで行方不明となれば、陛下のことだ。正規軍を動かしかねない!」
 バレグもすかさず言葉を継いだ。
「心配しないで。僕だけなら、ここを抜け出すのはわけない。警護隊の人たちが知らない抜け道は、そこら中にあるしね。あと、僕ん家の焼け跡には、父さんが集めたマジックアイテムの中でまだ使えるものが結構残ってたんだ。火事の知らせをうけて一時父さんたちと仮住まいにいた時、そのうちのいくつかを掘り出してこっそりここに持ち込んでおいたんだ。これ、きっと役に立つ」
 スーチェは眉の痙攣を止め、バレグをまじまじと見つめていた。
「な……なんだよ」
「いや……、見直したぜ。お前、さてはひとりでキースを探しに行くつもりだったな? 水臭いぜ、わたしだってキースの親友のつもりだ。一緒に行くぞ!」
 (あら、このふたり……、実はわりといい雰囲気なのかしら)
 場違いな感想を引っ込め、ファリヤはつぶやくように言った。
「わかったわ。ふたりにお任せします。兄様のことは心配だけど、バレグもスーチェもどうか絶対に無理しないでね?」

 数分前、ちょうどバレグの部屋の前を通りかかったメリクは、場所にそぐわぬ女の子の声につい足を止め、盗み聞きしてしまった。
「ふむ。親友か……。このレポートをカーム先生に届ければ、私の仕事は終わりだ。微力ながら、私も力を貸すとするか。……それにしても、今日は忙しい日だ」
 つぶやきながら歩き去るメリク。しかし、彼の足音は全くしなかった。

(12)に続く



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( 2008/01/07 20:02 ) Category 炎のキース | TB(0) | CM(2)
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