蒲公英 〜癒しと生命力の花〜

自作短編/長編小説を発表するブログです。たまに日本語のことを少しだけ考えてみたり、日記を書いたりします。

覇者の条件 (7) 

「いたぞ! こっちだ!」
 黒ずくめの一人が声を張り上げた。
 ――と、それに呼応するようにけたたましい笛の音が響く。憲兵隊が、犯人を見つけたときに本隊に知らせる笛だ。
 手に手に警棒を構え、人間バリケードと化した憲兵隊がヨッシーたちに西側から迫る黒ずくめをせき止める。
 ヨッシーは東に走った。
「はーっ!」
 呪文なしで、両手からマシンガンのように光の塊が連射される。
 時折大きな破裂音が混じる。マユだ。衝撃波が空気中に波紋の揺らぎを引き起こし、ヨッシーの背後を援護する。
 西は熟練の憲兵隊。東は始末屋ヨッシー。道は、見る間に黒い川と化していった。


 ――二時間後。

 憲兵隊本部の隊長室の応接ソファに、ヨッシーは座っていた。背もたれに肘をあずけ、脚を組んでリラックスしている。
 マヤは、隊長室のドア付近で気を付けの姿勢で無表情に立っている。
「今回は、協力を感謝しておこう。ナゴヤ、オーサカ両王国から、君に報奨金が出る」
 見るからに嫌そうに、ヨッシーの対面に座る隊長が右手を差し出す。ヨッシーはその手を握らず、
「協力はしたが、あんたらにじゃなくて、マヤにしただけさ」
 と答え、ドアの方をあごでしゃくる。
「はっ、まあいい。……黒ずくめのひとりがキアさんに言っていた、オーサカ王国での空き巣の件は、奴ら自身の仕業だったのだ。キアさんや、キアさんの店でペットを買った人が尾行されていたのは事実だ。……奴ら、どのペットがどの貴族の邸宅にいるのか確かめた上でペットに細工しようとしていたらしい。オーサカ王国でペットショップの全てのペットに細工した時は、はずれクジも多かったらしいからな」
「……」
「ところが、謎の人物に邪魔されて、ペットに個別に細工する作戦はうまくいかなかった。……そこで、キアさんに標的を絞ったわけだ」
「どんな細工だったんだ?」
 ヨッシーの質問に、
「うむ。奴ら、映像を記録し、それを遠隔地へ転送する魔法アイテムを持っていた。このナゴヤ王国ではまだ開発されていない奴だ。映像を記録する部品をペットの体のどこかに取り付け、それを遠隔地から操作する。そのおかげで、空き巣の実行犯は魔法アイテムの隠し場所と脱出経路をはじめ、様々な情報をあらかじめ知ることができる」
 隊長はそこで言葉を切ると、応接デスク上のグラスの水を飲み、さらに続けた。
「奴らはそのアイテムを、映像転送装置と呼んでいた。オーサカ王国では、このアイテムが作動した時にそれを感知する防犯用魔法アイテムが開発されたので、もうこの手は使えなくなったらしい。王宮では、友好関係にある他の王国に伝令をとばし、今回の犯罪の手口を警告する決定を下した」
「そうしてヤミのオークションに出品する魔法アイテムを集めていたのですね。……ところで、ストーカーも黒ずくめマフィアの仕業だったんですね?」
 聞いたのはマヤだ。
「うむ……。まずそう思って間違いないだろう。だが、被害届けにあった、おぞましい姿だの、強烈な光だのに当てはまる供述は、まだ引き出せていない」
「あのこっぱげヤローは犯人じゃねーのか?」
「勝手に人をこっぱげ……じゃなかった、犯人にしないでもらおう」
 隊長室の奥から突然消し炭が現れ、それがしゃべった。
「……」
 ヨッシーとマヤは、両手をめいっぱい開いて中指と薬指だけを力一杯握りしめ、目をまん丸にして消し炭を凝視した。対照的に、隊長はあくまでも冷静だ。
「変質」
 消し炭はさらにしゃべる。
 次の瞬間、消し炭はその輪郭を失い、液体状に変質した。どろどろになって床に広がると、ふたたびもこもことせりあがり――それはやがて、大きな黒猫の形になった。
「あ」
 短く声を出したのはマヤだ。見覚えがあった。
「なんだ、このオッサン。妖気を消しているが、妖怪捜査官なのか?」
「ヨッシーとやら。ご明察だ。……あんたの最後の魔法は効いたぞ。だがまあ、お互い正義のために戦ったということで、不問に付してやる」
「ご苦労様です、ネオ捜査官」
 隊長の丁寧な挨拶に、丁寧な会釈を返した黒猫は、マヤに向き直り、
「疑って悪かったな。あんたみたいな美人が憲兵なんて職業につくわけがないと思ってたんで、見かけた時から疑ってかかっていたんだ。オーサカの常識はナゴヤでは通用しないってことだな」
 まんざらでもなさそうな表情を浮かべるマヤ。
「俺はひとつ見落としていた。あんたが黒ずくめマフィアの仲間であるはずがない……なぜなら、下着の色が白いからだ!」
 その瞬間、ネオの首はマヤに踏まれていた。
「まあ、捜査官ったら……」
 などとにこやかに言いつつ、マヤは爪先をぐりぐりしたりする。
「なるほど、猫の視点からなら、スカートの中身が見えるわけだな。ふむ、さすがは捜査官。抜群の洞察力ですな」
 あくまで冷静に、隊長が言った。
「あんた、ええと、ネオか……。黒ずくめの連中をおいかけてたんだよなぁ」
 目の前のやりとりなど目に入らぬかのように、ヨッシーが言う。
「ぐえぇ、へ、変質……!」
 ヨッシーに話しかけられたネオは、人間の姿に変質してなんとかマヤの靴から逃れた。
「う、ごほん……、そうだが、どうかしたか?」
 ネオはまだ少し喉がつらそうだ。首筋が赤くなっている。
「尾けられてた女の前で変身したか?」
「うむ。女たちの中には、黒ずくめに尾けられていることに気付いて走り出すのが少なくとも四人はいた。そのとき転んでしまったのが三人いて、一人は昼間、二人は夜。猫のままでは助け起こすことができないので、この姿に変質した……」
 ネオは、そう言いながら軽く両手を広げてみせる。それに呼応して額がきらりと光る。
「……隊長、わかったぜ、被害届四件の犯人」
 ヨッシーはネオから目を逸らさずに言う。
「私にも今わかったよ。まあ、そういうことなら黒ずくめたちの罪に上乗せしておこう」
 最後まで冷静に言い放つ隊長であった。

 夕暮れ時、憲兵隊本部の建物の外で、主人を待つ三つの人影。そのひとつが他のふたつに話しかけた。
「ナゴヤ王国だけではなく、オーサカ王国からも、マスターへの報奨金が出るんだってさ。……あと一週間なんて言わずに、もう少しいたらどうだ? ダイ……。マスターの仕事、ますます増えるぜ。もうアルバイトしなくっても、食う物に困る生活はしなくて済みそうだし」
「知ってたのか、エス。俺の契約期間も、アルバイトしてたことも……」
 ダイと呼ばれた影が意外そうに答えると、別の影も意外そうに声を出した。
「え? あたし、知らなかった。みんな、食べ物に困ってたの?」
「あ。つい口がすべった……。しょうがない、この際教えてしまおう。一番食べ物を我慢していたのはマスターなんだ。彼はああ見えて、なかなか我々に感謝しているんだぜ」
 ダイの脳裏に、唐揚げを奪ったヨッシーの姿が浮かぶ。
「じゃあ、俺から唐揚げを奪ったのは……。言ってくれれば半分くらい提供したのに」
「あー、まあそれはマスターの趣味だと思うが」
 ダイの殊勝な意見に対し、エスは苦笑混じりに答えた。
 憲兵隊の建物に、明かりが灯った。それに照らされ、犬・ハムスター・コウモリの三匹が夕闇にその姿を浮かび上がらせる。さっきまでは三つとも人影だったのだが……。
「黙っててくれよな。マスターって結構照れ屋だから……。それと、ダイのアルバイト先のパン屋な。結構繁盛してるだろ」
「え? まさか……」
 ダイの言葉を制し、エスがさらに続ける。
「魔法は使ってないよ。マスターが口コミの火付け役として、マヤさんに協力してもらったらしい」
「道理でよくパンが売れると思った。そういや、やけに憲兵やその家族の客が多かったし。……なんだ、俺の魅力じゃなかったのか」
 ダイは、店の売り上げに貢献しているのは自分だ、と密かに自負していたようだ。
「そういえば、エス。おまえ、契約期間は……?」
「ふっ……、とっくに忘れたよ、そんなもの」
「あたしもー!」
 元気な声が同調すると、三匹の会話は終わった。
 太陽が地平線に完全にその姿を隠し、ナゴヤ王国のとある一日がつつがなく終わりを告げた。

〜「覇者の条件」 完〜



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( 2008/05/24 00:31 ) Category 覇者の条件 | TB(0) | CM(6)

覇者の条件 (6) 

 俺は憲兵隊の手に余る事件をいくつか解決してきた。それらはいずれも王宮からの正式な依頼によるものだ。
 そんな実績のためか、平民からの手紙による依頼の場合、いつしかこんな接頭辞がつけられるようになった。『偉大なる始末屋ヨッシー様』と……。しかしそれに続く内容から、未だに『うちの猫を探してください』だの『主人の浮気を暴いてください』だのといったものが減らないのはなぜだろう。……まあ、俺は確かになんでも屋なのだが。
 王宮からは実績を買われ、王宮内か王城のそばに、それなりの地位とともに邸宅を提供してくれるような話もあったが、俺はそれを固辞しつづけている。
 王宮魔導師のじじいどもとそりが合わないからだ。連中は、魔法アイテムの作成やら机上の研究だけを熱心に行うネクラ集団だ。奴らにとっては、俺の攻撃的な魔法は忌避すべき黒魔術だ、という扱いになるらしい。そんな連中に近づけば、俺の魔法のキレも鈍ろうというものだ。
 とりあえず、こう言って断っておいた。
「俺が『始末屋』として期待されているのは妖怪退治の能力です。連中を見つけだすには地を這うような低い視点が必要です。王宮に近い、高い場所から俯瞰したのでは、やつらは物陰に隠れて容易には探せない――それこそ、憲兵隊がこの種の仕事を苦手とする理由です」
 俺のこの台詞はなぜか有名になってしまい、憲兵隊などは『無能とそしられた』と思い込んでいるらしい。そのせいで、俺は憲兵隊と仲が悪い。……もっとも、お互いに立場があるので、衝突したことはないが。
 マヤは、知り合いの憲兵だ。仲の悪い憲兵隊における、唯一の協力者。憲兵隊の情報は、彼女からもらっている。かわりに、俺は彼女の仕事を手伝っているのだ。

 ダイのケツを叩くように調査に行かせた後、俺も出かけようとして扉に手をかけた。この町でストーカー行為を働きそうな妖怪は何体か知っている。まず、連中を締めあげるつもりだった。扉を開けた……。
 ――刹那!
 視界が黒一色だ。本能的に、扉の脇に転がるようにしてよけると、目の前を黒い服の男がふっとんでいく。男は椅子にぶつかって止まった。そのまま前のめりに倒れて気絶。……思い出したように、椅子の脚が折れる。
「……」
 俺は無言で請求書を書き、少し思案した。
「うりゃっ!」
 自らテーブルの脚を蹴っとばして、折る。
 請求書に書き加えて、気絶した男のポケットにねじこむ。
「書の精霊よ、ヨッシーの名においてこの者の右手に宿れ! ……あとでサインしといてね」
 本人の意思に関係なく術者が念じたものを書いてしまう、自動書記の魔法だ。これで欲しかったテーブルセットが手に入る。
 外から大きな声が聞こえてくる。昼間っから酔っぱらいの喧嘩か? などと思いつつ外に出てみると……。
「まだやる気? 公務執行妨害でブタ箱ぶちこむわよ」
 勇ましい言葉で男たちを油断なくにらみつけるマヤが目に入った。二人の男に前後をはさまれている格好だ。ひとり地面に転がっている。みんな黒ずくめだ。……四人組か。マヤを憲兵隊の事務官か何かと勘違いしたのだろう。気の毒な連中だ。……騒ぎを聞きつけて、遠巻きに人垣ができつつあった。
「……だとくらぁ! 女だと思って手加減してやればつけあがりやがって」
 黒ずくめ二人が同時に短剣を抜く。……たく、面倒くせえ。弱いくせに引っ込みつかねーようだ。
「あら?」
 マヤと男たちの声がそろう。二人が抜き放ったはずの短剣は、花束になっていた。
「妖しの花よ、踊れ」
 それぞれの花束の中から茎が一本ずつ伸びると、地面につきささる。束の中の花が合体し、ぐんぐん巨大化し、人間の顔の四倍くらいありそうな赤い花が見上げるような高い位置までのびていく。葉がのびて、男たちをぐるぐる巻きにした。……マヤの前後に、突然巨大な食肉植物が二体出現したのだ。野次馬の人垣から、歓声があがる。ここいらの住人はみな、植物が俺の魔法の産物であることに気付いている。慣れっこになっているのだ。
 俺はマヤに一応聞いてみた。
「余計な手出しだったか? マヤ」
「助かったわ。面倒だし、虫の居所が悪くて。あたしが続けてたら手加減できなかったかも」
 ……だとさ。感謝しな、黒ずくめども。
 俺は黒ずくめどもに視線を向けたが、あまり感謝しているようには感じられない。恩知らずどもだ。
「こいつら何者?」
「知らないわよ。いきなり『あの黒猫、どこに隠した?』なんて言われても。……そういえばついさっき、大きな黒猫にガンつけられたけど、初対面よ」
 初対面……ねえ。猫と。
「で、どーする? こいつら」
 聞くのも面倒くさかったし、仕事があるのだが……。マヤがここにいるということは俺を訪ねてきたのに違いないので、放っておくわけにもいかない。
「こいつら、黒ずくめマフィアの関係者かしら? でも、そうね、あたしは別件で動いているから……。四人ともこの植物さんたちに憲兵隊本部まで連れて行ってもらえるかしら?」
 俺はマヤの言うとおりに食肉植物に命じた。憲兵隊本部に着いたら魔法が解け、もとの短剣に戻るように追加で呪文をかけた。それからふと思い出し、植物どもへの命令を付け加えた。
「食うなよ」
 歩いている間に、植物たちが男たちを食べてしまいそうな気がしたのだ。
 植物たちは、俺の言葉に不満そうに花の顔を向けた。何を思ったか、葉が一枚のびてくると、マヤのスカートをめくった。
「いきなり、なにすんのよっ!」
 そこへ、通信石にエスからの連絡が入った。
「わりぃ、エス、取り込み中だ。……なに!? く……。よし、レベル六は解除だ! 派手に暴れても構わん!」
 通信を切って、植物に向き直り、
「あーわかったわかった、食ってもいいからっ。……今から食っても憲兵隊本部に着くまでに、消化されることはねーだろ」
「た、たすけ……」
 黒ずくめどもが何か言いかけたようだが、無視♪
 今度はマヤに向き直って言った。
「……白か。いつもと違うぞ」
 俺の視界にマヤの満面の笑顔。しかしすぐ次の瞬間、いくつもの瞬く星が視界を埋めつくす。
 マヤは俺をげんこつで殴ったのだ。そうだった、さっき“虫の居所が悪い”と言っていたっけ。

*      *      *



 マヤは、ストーカーの捜査を単独で行っており、俺の所へ協力を依頼しに来たのだった。俺はキアの件に関係がある可能性を感じ、結局マヤに協力することになった。
 ストーカー退治の依頼があったことをマヤに告げると、まずキアのところへ行こう、という話になったのだ。
 そして今、俺たちの目の前には怪しいこっぱげが立ちはだかっている。俺は一応確認してみた。
「あいつか? マヤ」
「そうね。よくわかんないけど、有罪・無罪に関係なく引っ張って締め上げて、後で確認すればいいことよ。……あの黒い奴、文句なく怪しいし」
 マヤはこっぱげ男にむけてびしいっと指を伸ばした。
「最近のマフィアは、憲兵の制服さえも手に入れられるのか?」
 マヤに指を指されたこっぱげヤローが、訳のわからんことを言っている。――とりあえず、無視。
「やい、こっぱげ。てめえか、女ばっかり襲う変質者ってのは!」
「はぁ?」
「けっ、話をするつもりもねーってことか。それは素直に罪を認めたってことだな! 許せん、このヨッシー様が直々に叩きのめしてやるっ。そこへなおれ、成敗してくれるわ!」
 俺は先刻の呪文で左手に防御用の盾を発生させている。――龍の鱗だ。
「我が右手に宿れ! 龍の牙っ!」
 俺の右手に、まばゆい光とともに一本の矛が出現した。――龍の牙だ。
 最強の盾と、最強の矛の両方を持った俺に、今まで勝った奴はいない。俺が負けるとしたら、それはまさしく矛盾というものだ。
「クリーンビーム」
 こっぱげの額から、光線が飛んできた。――けっ、そんなもん!
「なにいっ!」
 光線を受けた龍の鱗に、あろうことか亀裂が走る。
「させるかー!」
 俺は右手の矛で敵の額を突いた。
「うおっ!」
 またしても、あろうことか矛が真ん中からきれいにまっぷたつに折れてしまった。相手の額には傷ひとつ付いていない。
「くそう。……こっぱげ、おそるべし」
 俺は生まれて初めて恐怖を味わっている。額に浮いた脂汗を自覚した。
「ぐふふふふ。青二才よのう。世の中、矛盾だらけなのだよ。そんなことも知らんガキには、わしは倒せんよ。それから、わしの名はネオ。こっぱげなんかじゃ……」
「煉獄を灼く贖罪の業火よっ! 紅蓮の渦となりて我が眼前に尖塔を築け!」
 こっぱげの足下を底面にして、円錐型の灼熱空間が出現した。
「ハラホロヒレハレ……」
 消し炭状態のこっぱげは、今度こそさすがに沈黙した。
 しかし、最強の盾と最強の矛を持っているからと言っても必ず勝てるとは限らないようだ。今回は奴の油断につけこみ、辛勝したに過ぎない。
 奴の言うとおり、俺は青二才だ。経験不足ってところか……いや、勉強になったよ♪
「いたぞ! こっちだ!」
 悪役丸出しの声が聞こえてきた。西からも東からも。そろって黒ずくめ……こっぱげの仲間か。……いくらでも来やがれ!

(7)に続く



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( 2008/05/23 12:04 ) Category 覇者の条件 | TB(0) | CM(4)

覇者の条件 (5) 

 俺は焦っていた。猫一匹が相手なのに、俺の突きも蹴りも全て見切られている。逆にこちらが路地の隅に追い詰められているのだ。
 少しはならしたこのダイ様の体術をいともたやすくかわす相手に、外で出くわすのは初めてだ。エスとは、まあ互角だ。ヨッシーの奴とは、魔法さえなければやっぱり互角だろう。ところが目の前の相手は……。
「グフフフフ。冥土の土産に、俺の本当の姿をみせてやろう……」
 これ以上ないってくらい、悪役の似合う猫だ。まったくもって、ただものではない。
「……遠慮しとくぜっ!」
 瞬時にコウモリに変身した俺は、わたわたと羽ばたきつつ叫んだ。
「一旦出直させてもらうよ。――チャオ!」

 ――かっ!

 突然の閃光……。目が眩んだ俺は、飛ぶことができず地面に叩きつけられた。視力はしばらく回復しそうもない。しかし、目の前におぼろげに見える影は、……猫ではなく、人の姿をしていた。
「残念だったな。てめえらみたいなマフィアは、このネオ様が退治してくれるわ」
「ちょ、待て……、マフィアだと――!?」
「問答無用。クリーンビーム!」
 視力を奪われたものの、おぼろげに人の形をした影が見える。そして、その頭部とおぼしき場所から光を発射する様子がかろうじてわかる。
「なんのっ!」
 光線を紙一重でよけた俺は、再び人間に変身した。
 立ち上がった俺の襟首に、ネオとやらが掴みかかった。
「……っ!」
 浮揚感。……俺は投げ飛ばされている!
 俺は本能的に、両腕を自分の腰よりも後方へ振った。
 自分の両腕が地面を叩いた。すかさず上体を起こすが、ちょうど尻餅をついたような格好だ。
「ほう。受け身をとれるとは……。貴様、かなりの手練れだな」
 相手の位置が正確に視認できないのは厳しい。俺は防戦一方だ。
 再び浮揚感! どう掴まれて、どう投げられたのかさっぱりだ。奴の格闘術の熟練度は俺のそれをはるかに凌駕している。――それを認識するが早いか、俺は空中でコウモリに変身し、めくらめっぽう羽ばたいた。
 人型の影が光線を放つ。視覚は不自由だが、それが逆によかったのかもしれない。余計な物は見えず、危険な光線だけははっきりと確認できるのだ。
 二度、三度と光線をよけつつ、さらには建物の壁をもかわして、俺は危なっかしい飛行を続けた。
「ふん。目が見えないくせによく粘る……」
 ほめられてもちっとも嬉しくない。……早くあきらめてくれ。
 そういえば、いまだに視力が回復しないのに、なぜか障害物の位置がよくわかる。
「そーか。俺、コウモリだった!」
 超音波だ。これなら、逃げ切れる。
「チャオ」
「ぐぬぅ。逃げ足の早い奴め……」
 ネオがくやしがる姿を直接見られないのは残念だったが、俺はなんとか危機を脱したようだ。圧倒的な敵と闘って、無傷で済んだのは僥倖と言える。
「ダイ――!」
 む。マユの声……!
「いかん、来るな! ここには……」
 俺はあわててマユの声めがけて降下していった。――それが致命的な隙を作った。
「いてえええ……!」
 再び地面に叩きつけられながら、俺は何が起きたかを理解した。ネオの奴が石を投げてきたのだ。自慢の光線技ではなく、石……。
「なる……ほ……ど」
 奴は俺をマフィアか何かと勘違いしている。その俺がマユたちに近づこうとしたら、石を使ったのだ。つまり、彼女たちが光線技の被害に巻き込まれぬよう、自制したのだ。
 薄れていく意識の中、俺は声を振り絞ってマユに伝えようとした。
「やつは、て……き……じゃ…………」
 ないんだ。ばたっ。

*      *      *



 あたしの自慢は聴力。意識を失う間際の、ダイの言葉ははっきりと聞こえた。“奴は、敵じゃ!”と。
 わかったわ、ダイ。任せて! マユの衝撃波、まだまだ撃てる!
 あたしがキアさんの腕から飛び降りると、キアさんはかわりにダイを抱き上げた。
 あたしは、ダイを襲った敵をきっ、と睨み据えた。……奴は黒マントで全身を覆っている。あたしたちを追いかけてくる連中の仲間に違いない。――挟み撃ちなんか、させない!
「きゅーっ!」
 ばりばりばりっ!
 あたしは、目を疑った。命中したはずの衝撃波が、はねかえされたのだ。というより、軌道を変えられた、といった方が正確かも知れない。敵の胴体へ突き刺さるはずだった衝撃波は、一旦敵の頭部に命中し、その後地面に吸い込まれていった。
 敵はところどころ裂け目のできたマントを脱ぎ捨てた。舞台俳優のようなポーズと共に。マントの下からあらわれたのもやはり黒い服だった。
「…………さむっ」
 あたしとキアさんの声がそろった。――さらに半秒後、
「……こ……こっぱげぇ!」
 強烈! おでこがまぶしすぎるわぁ〜!
 あまりのまぶしさに視界が霞む……あたしたちは、最大のピンチを迎えたのかもしれない。
 ――その時!
「我が左手を鎧え! 龍の鱗!」
 マスターだあ! 頼もしい声が強烈な呪文を唱えながら近づいてきた。
「マスター! こいつに、こいつらに、エスとダイが……!」
「そうか。エス……。ダイ……。てめえらの死をのりこえて、俺だけ幸せになってやるからな。安心してくたばってくれ」
「ダイは気絶してるだけですってば。……エ……エスは、わかんないですけど……」
 ……エスをやったの、あたしだったっけ。やば、あたしの衝撃波、モロに入っちゃったし。
 あれ? ぶーぶー。なんであの女憲兵といっしょなのよー。こっちが苦労してる間、マスターとあのひと、いちゃついたりなんかしてたわけぇ? むかむか……。
「あいつか? マヤ」
「そうね。よくわかんないけど、有罪・無罪に関係なく引っ張って締め上げて、後で確認すればいいことよ。……あの黒い奴、文句なく怪しいし」
 あたしの矢のような視線に気付くことなく、女憲兵はこっぱげ男にむけてびしいっと指を伸ばした。

(6)に続く



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( 2008/05/23 00:01 ) Category 覇者の条件 | TB(0) | CM(2)

覇者の条件 (4) 

 突然耳をぴんと立てて、前方に全神経を集中させたあたしの様子に、キアさんがうろたえたように声をかけた。
「なあに?」
 その声はあくまでもやさしいが、緊張も色濃く混じっている。キアさんはストーカーに狙われる身であり、あたしの仕事はキアさんのガードなのだ。
 あたしはマユ。今、キアさんの腕の中にいる。キアさんの腕は華奢な割になめらかで、ついさっきまでまどろむような心地よい気分に浸っていた。が、早くも本来の任務に目覚める時間がきた。
 あたしには聞こえた。最初に女の人の悲鳴。次いで、聞き知った声が知らない男の声と何か会話をしているようだ。とても刺々しい響きをこめて。
「ダイ……!」
 それが、聞き知った方の声の主だ。早くもキアさんをつけねらうストーカーと対決しているのかもしれない。――加勢しようか? 一瞬迷ってから、キアさんに告げた。やはり、この場合は依頼者の安全が最優先だ。
「あたしの仲間が戦ってます。ストーカーかも……、逃げましょう!」
「……!」
 意に反して、キアさんは前方をきっと睨むといきなり駆けだした。逃げるどころか近づいていく。ハムスターの姿で警告しても緊張感に乏しいのが悔やまれる。
「キアさん? キアさん!」
「あっちには、あたしのペットショップがあるのよ。ペットたちが戦いに巻き込まれるかもしれないのに、黙ってみていられない!」
 ――どうしよう。迷いながらも、あたしはキアさんに抱かれたままで臨戦態勢をとった。
 迂闊だった。この時、あたしはキアさんの背後には何の注意も払っていなかったのだ。

*      *      *



 迂闊だった。依頼者は『妖怪のストーカー』と言っていたので、私は先入観にとらわれていた。妖怪への警戒のみに心を奪われ、人間には一切の注意を払っていなかったのだ。
 しかし今、突然駆けだしたキアを追って、数人の男たちが走り出したのだ。追っているのは全員黒ずくめ。目立つことこの上ないのだが、それにもかかわらず彼らを怪しまなかった自分が情けない。彼らを音もなく追いかけながら、私は舌打ちした。
「マスター!」
 小さめの声ながら、私は首にかけてある通信石に噛みつくように呼びかけた。
「わりぃ、エス、取り込み中だ」
 通信石からは、間髪をおかずにいらえがあった。だが、マスターは今にも通信を切りそうな気配だ。私はあわてて、さらに呼びかけた。
「キアたちは、人間に追われています!」
「なに!? く……。よし、レベル六は解除だ! 派手に暴れても構わん!」
 マスターは早口に怒鳴ると通信を一方的に終えた。
 全力疾走!
 キアは意外に俊足で、追いかける男たちの表情にあせりが生じていた。二、三、……その数五人。
 必死に走っている連中には悪いが、私は今、犬である。さらに俊足なのだ。彼我の距離はぐんぐん縮まっていく。
「たあっ!」
 裂帛の気合い――もとい、鋭い吠え声。
「わんっ!」
 やはり、犬の声帯では、いざという時には吠え声になってしまう。
 私は男たちの先頭の一人とキアの背中の間に割って入り、ジャンプ一番男めがけて拳をうち下ろす。
 ――空振り。くそっ、二発、三発! ぶんぶんぶん……。
 気付くと、男は私の頭に手をのせ、涼しい顔をしている。犬ではリーチが短いのだ。その格好をはたからみると、まるで飼い犬が陸の上で犬かきの練習を飼い主につきあってもらっているように見えたに違いない。ついでに尻尾でも振っていようものなら完璧だっただろう。ほほえましい犬と飼い主の情景……。
「……失せな」
 不覚にも、私は男の無造作な蹴りをまともに腹に食らい、ふっとばされた。地面に背中をしたたかに打ちつけられた。
「きゃうーん……」
 運悪く、私はキアの前方に無様にも仰向けに転がった。起きあがろうともがくところへキアの靴が迫る。――踏まれる!
「エ……ス?」
 マユの声だ。キアは、驚異的な反射神経を発揮して、私の体を飛び越えたようだ。振り向くと、キアの周囲にあのオーラ――怒気――が立ちこめているのが見える。
「ペットに乱暴するなんて……最低!」
 彼女は状況に気付いていないようだ。相手が自分を追いかけてきた男とも知らずに、本気で抗議しているのだ。
 男は抗議を意にも介さず、腕組みをすると静かに口を開いた。
「突然襲いかかってきた野良犬をどうしようと俺の勝手だ。……それより、俺たちゃあんたに用があるんだよ、おじょうさん……。あんた、キアさんだよな」
 そこまで言ったとき、男の左右に半歩ほど下がって、残りの追跡者が肩を並べた。五人ともそろって黒ずくめ。黒い帽子、黒のサングラス、黒いスーツ、スーツからのぞくシャツまで黒い。かてて加えて全員が先頭の男にならって腕組みをしたりなんかする。
 キアの周囲に立ちこめているオーラが色を変えた。怒気はかわらず、そこに緊張の色が加わったのだ。
「あんたたちが……ここのところあたしをつけ回していた、妖怪?」
「どぅわぁーれが、妖怪じゃ、こらぁ!」
 黒ずくめの一人が激昂するのを、先頭の男が手で制する。先頭の男は静かな口調のまま、話を続けた。
「親御さんから聞いてないのか? 俺たちはあんたの親に依頼されて、サクゾー財団から派遣されてきたんだよ。あんたと……あんたが売っているペットを保護するためにね」
「保護ってなによ?」
 キアは思いっきり疑わしそうに半目で聞き返す。
「親御さんのペットショップが狙われたんだ。上流階級に売られていくペットに、妖怪が細工をしやがった。その妖怪の目的は、貴族の多くの家が家宝として保管している、魔法アイテムだったんだ。妖怪の奴はペットを介して貴族の邸宅に隠されている魔法アイテムの位置をつきとめ、空き巣に入ってはアイテムを集めているんだ」
 貴族の邸宅には、魔法を使った攻撃を無効化する防犯用の魔法アイテムが常識的に装備されている。普通の手口では、たとえ妖怪といえどもそんな邸宅に空き巣に入ることはまず不可能だ。
「だからって、ペットを犯罪に利用するなんて――!」
 キアのオーラは、見る間に怒り一色に染め上げられていった。まだ見ぬ妖怪に対する怒りだ。
「奴はオーサカ王国で、かなりの数のアイテムを集めたようだ。それに味を占め、同じ手口で荒稼ぎするために支店であるおじょうさんの店を狙ってこのナゴヤ王国に来ている。急がないと、奴は一国の軍隊でさえ楽にあしらうほどの魔法アイテムを手に入れてしまうだろう。だから、俺たちは脚の速い馬を選んでここにとんできたんだ。……一日半で」
 普通に馬で旅をすれば、オーサカ王国からここまでは三日三晩の距離だ。キアの親からの知らせがまだ届いていない理由としては、不自然ではなかろう。
 しかし、不自然な要素はまだ消えない。確かに、妖怪の中には、自分の能力を高めたり補ったりする魔法アイテムに興味を示す輩もいくらかはいるだろう。だが、特定の種類のアイテムがひとつふたつあれば十分なはずだ。人間のように貪欲に、あらゆるジャンルのアイテムを集めたがる妖怪は皆無といってもいい。そう、集めたがるのは……人間ではないか? ヤミのオークションなどで換金したがるような、いかがわしい種類の人間の組織ではないか?
「サクゾー財団って、もともとは動物保護の団体よね。あんたたちがサクゾー財団の人だっていう証拠は?」
 目の前の黒ずくめは、およそ動物保護という言葉が似つかわしくない人種に見える。動物保護団体の人間が、いくら非常事態といえども馬を不眠不休で走らせるなどという真似ができるだろうか? さっきだって私を蹴っ飛ばしたではないか。もっとも、私の方から仕掛けたのだが。
「疑われて当然だ。俺たちゃ雇われの肉体労働班だからな。……ほら、身分証だ」
 先頭の男が懐からとりだしたのは……ダーツだった!
 ダーツの針の先端は、凶悪に光を反射し、男たちの職業を雄弁に物語っていた。
 ヒュッ! 男はダーツを取りだしたそのままの姿勢で、流れるような動きでそれをキアに投げつけた。正確な投擲だ。プロだ。きっと針の先端には、毒か筋肉弛緩薬かなんかが塗ってあるに違いない。
 ――刹那、マユのオーラが鮮やかに立ちのぼる!
「きゅーっ!!」
 空気が破裂するかのような大音響! マユたちと黒ずくめどもを隔てる空間が、小石を投じた水面のように同心円状に歪む。男が投げたダーツは歪みを超えることなく地面に叩き落とされた。マユの特技、衝撃波が炸裂したのだ。
「なに……っ!」
 ただのペットだと思っていたのだろう。マユにダーツを叩き落とされて、男は額に脂汗を浮かべていた。
 再度、マユのオーラ!
「きゅーっ!」
「手下バリアー!」
 先頭の男は、右手にいた黒ずくめの仲間の首根っこを掴むと、マユめがけて放り投げた。
 ――すごい力と反射神経だ。いや、それ以前にすげえ卑劣だ。
 ばりばりばり! 大音響と共に、カウンターぎみに黒ずくめに衝撃波が命中する。
 哀れな手下の黒ずくめは、地面にくずおれると痙攣し、やがて気絶した。
「はっはっは! バリアーはあと三枚。そのちっこい体で、いつまで体力がもつかな?」
 マユもキアも、目が点になっている。勝手にバリアーにされた男たちも、目が点になっている。
 そのときには、私は人間に変身していた。瞬時に先頭の男との間合いをつめる。
「さっきの礼だ!」
 私の左膝は先頭の男の腹にめりこんだ。確かな手応え。うめいて前のめりになった男の背中に左の肘を叩き込む。
 休まず右の男に肘鉄。鳩尾に入った。……残り二人。
「きゅーっ!! ……あ」
 ――ばりばりばりどしゃーん!
 マユとのコンビネーションに問題があったようだ。彼女の全力を込めた衝撃波は、私と残りの黒ずくめにクリーンヒットした。
 うぅ。きょーれつぅぅ……。薄れる意識の中、視界の端にダイのオーラの色を見た。あとはよろしくぅ。がくっ。

(5)に続く



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( 2008/05/22 12:13 ) Category 覇者の条件 | TB(0) | CM(2)

覇者の条件 (3) 

 ナゴヤ王国の平民が経営する商店が林立する街道の一角に、王国憲兵隊の詰所のひとつがある。憲兵隊の本隊は王宮のそばに置かれている。ここは第十七分隊なのだ。その詰所から憲兵隊員のひとりが出てきた。これからパトロールをしようか、という風情である。
 紺の制帽、紺のブレザー。下士官だが、その制服はケチなチンピラを威圧するには充分だ。ブレザーの肩と胸には階級章が光り、腰に下げた警棒には剣や魔法に対抗する呪文が封じ込められているのだ。『たとえ妖怪といえども、この警棒に触れるだけで行動不能に陥ること必至』とは、王宮魔導師たちの弁である。彼ら、王宮魔導師たちがこの警棒を作ったのだ。
 その憲兵は、タイトミニをはいているので、遠目にも女性と知れた。王国は、制服に男女差を設定していないが、制帽とブレザー以外は個人の自由とされていた。見事な脚線は威圧的な制服とミスマッチの感があるが、だからといって憲兵の威厳が損なわれるほどではない。
 その女性憲兵――マヤは眉目のきりりと整った美女だ。その美女が、目の端を吊り上げ、口を真一文字に引き結んで足早に歩く様は、鬼気迫るものがある。ほとんど凄惨と言ってもいい。彼女は怒っていた。最近、通り魔だかストーカーだかわからないが、いずれの事件も共通して犯人の変質ぶりを思わせる内容の被害届が四件も報告されているのだ。うち三件は今月に入ってから。
 被害者は全て女性。それなのに、王宮で執務に携わる老人どもからの通達は耳を疑うものだった。曰く、『報告書の被害内容に関する記述が曖昧なので、憲兵隊は組織だった動きを控えよ』とのこと。
 問題の被害内容を列挙すると……。数日間にわたって後をつけ回されたが、直接の接触はなかったのが一件。待ち伏せされ、おぞましい姿(詳細は不明)を見せつけられたのが一件。暗闇で強烈な光に照らされ、一時的に視力障害を引き起こしたのが二件。いずれも暴行の形跡・後遺症ともにないが、女性にとっては耐え難い被害ばかりだ。
 それを王宮の老人どもは、『新興の我がナゴヤ王国の醜聞が他国に伝わらないように最大限の配慮を』などと訳のわからないことを抜かし、結局被害者のほとぼりが冷めるまで放置するつもりなのだ。老人どもが心配する王国の醜聞とは一体何か――王国領土内に変質者がいる、という事実?
「だとしたら、なおさら憲兵隊の実力で犯人を挙げて再発防止するのが筋よ!」
 隊の内部では、彼女と同意見の者が大勢を占めている。だが、王宮からの正式な通達が、この一連の事件に人手を割くことを許さなかった。
 折しも、国境の接点を持たぬオーサカ王国からの伝令官が、ある犯罪組織の情報を携えてこのナゴヤ王国へ入国していた。『黒ずくめマフィア』なる組織の一部が、オーサカ王国憲兵隊を翻弄した犯罪を、このナゴヤ王国でも実践するために移動してきている、というのだ。隊長は、憲兵隊のほぼ全力を『黒ずくめマフィア』にふり向けるべく王宮に申請し、承認を取り付けてしまった。
「だからって、な・ん・で・あたしなのよ!」
 マヤが変質者事件の捜査担当に選ばれた理由は、別に自主的な志願ではない。結局、隊長から『単独で変質者と対決しろ』と聞かされた瞬間に誰もが譲り合ったため、くじ引きが行われたのだ。くじの不幸な当選者はマヤ――そのことも、彼女の怒りに拍車をかけた。
 マヤは脇目も振らずに歩いていく。そして、ある建物の前で立ち止まった。木造の、ぼろっちい建物だ。入り口のすぐ上に申し訳程度の小さな看板がある。マヤはちらりと看板に一瞥をくれた。看板に書きなぐられた、実に無愛想な文字が建物の主を示している。文字は『魔術師ヨッシー』と読めた。釘一本で壁に引っかかっているそれは、マヤの双眸に射すくめられて所在なげに揺れた。
 女性憲兵は、胸を張り、両手をそれぞれ腰の両側に当てて、脚を肩幅に開いて仁王立ちした。キナ臭く不穏な怒りのオーラを振り撒きながら。

 その背を見つめる怪しい影。――影は、顔まで覆う黒いマントを着ていた。実に怪しい。巡回中の憲兵に『職務質問してくれ』と言っているような格好である。
 影は次第にマヤの背中に近づいてきた。手を伸ばせば彼女の肩に触れる位の距離まで――。
「だれっ?」
 マヤは、背後に気配を感じ、背中をぞくりとふるわせて振り返った。
 ――にゃあ。なー。ねお。
 振り返ったマヤが見下ろす視線の先に、彼女を見上げる動物の姿があった。妙に大きい。そこいらの野良犬に、体格で勝ること請け合いだ。――猫だ、と気付くまでにたっぷり三秒かかった。怪しい黒マントの人物の影は、すでにない。
「ぶっさいくな黒猫ねえ。――しっ、しっ!」
 不細工な黒猫は、のそのそと立ち去っていく。再びヨッシーの事務所に向き直ったマヤは、耳の隅に残ったかすかな声に怪訝そうに首を傾げる。
「あの猫がいたあたりから確かに声が聞こえたのよね。そう、『変質』って」
 あの猫、ただものではないな、と根拠なく感じたマヤであった。

*      *      *



 サクゾー財団ねえ。さて、どーやって調べてくれようか……。
 俺はダイ。ヨッシーによってこの世界に召喚された。一応奴のことを『マスター』と呼んでやってはいるが、契約期間が切れたら即おさらばだ。そのときはかっこよくこう言ってやる。……チャオ!
 それまで、あと少しの辛抱だ。だってのに、契約期限ぎりぎりまでこき使いやがって……、ちくしょう。まあ、それもあと一週間。
 俺の特技は、テーブルやイスのような無機物にも変身できることだ。でも、長時間じっとしているのが苦手なので、無機物には滅多に変身しない。普段は人間の姿で行動している。だって、そうしないとキレイなねーちゃんに声をかけられないではないか。
 おっと、余計なことばかり考えていないで、調査を少しでも早く終わらせようっと。

 俺は人間の姿からこうもりの姿に変身すると、真っ先にキアの自宅へ向かった。名前と容貌がわかっているので、俺にはキアの自宅の見当がついた。マスターに呼ばれない限り、俺はいつも人間の姿で遊び回っているのだ。ヨッシー事務所のスタッフの中では、俺が一番この町に詳しい。
 ほどなくキアの自宅についた。かなり広い。それもそのはず、キアの自宅はペットショップで、檻の中で新しい飼い主を待つペット達のために相当大きめの敷地を確保しているのだ。
 再び人間の姿に変身し、近所の雑貨屋など数か所で聞き込みをした。この店の主は、先月この町にオーサカ王国から転入してきたばかりだ。この町では近年ペットの需要が高まっている上、その主な顧客は貴族などの上流階級であり、キアの店は転入早々繁盛しているらしい。
 店名は『ペットショップ・キア』で、店主はキア――依頼者本人だ。キアの親が経営するオーサカ王国内の本店には跡継ぎがいるらしい。キアは支店ともいうべきこの店を住居として兼用しているが、独り暮らしだ。
 ここまでの情報は簡単に手に入ったものの、誰もサクゾー財団のことは知らなかった。
「さて、じゃ一応中に入ってみるか」
 ひどく気が進まない。
 キアは、今頃マユと共に歩いているはずだ。つまり、中にはペット以外いないことになる。俺の五感は、他の使い魔――エスやマユとは違って、ほぼ人間並みである。だから、建物の中の様子を探るには、直接侵入する以外にないのだ。そのかわり、俺の特殊能力――無機物にも変身できる能力を使えば、建物の中のペット達にも気付かれずに中の様子を探ることができる。
 しかし。
 サクゾー財団というのはオーサカ王国だけで活動している健全な財団だったとしたら? キアが財団の名前だけを単純に知っているだけで、この店もキア本人も財団と無関係だったとしたら? この俺こそが独り暮らしの女の子の部屋に忍び込んだストーカー野郎になってしまうではないか。……別の手がかりを探すか? しかしオーサカ王国にはコネも何もないし……。俺はキアの店を前にして、大いに迷ってしまった。

「きゃああああっ!」
 突然、女の叫び声が響いた。近い。すぐ裏の路地だ。
 俺は仕事そっちのけで声のもとへと走った。
「どうした――!」
 路地から、黒ずくめの男が走り去っていく。不審に思ったが、悲鳴の方が気になる。ほとんど飛び込むように、路地に駆け込んだ。
「ふぎゃああおぉっ!」
「おわあっ!」
 なんだ、猫か。おどかしやがって。しかし、やけにでかい黒猫だ。
 俺は路地の奥で尻餅をついている女を見つけた。
 女にかけよる途中で、黒猫とすれちがう。
「!」
 ――悪寒! 俺はおもわず振り向いた。しかし、今すれちがったばかりの猫がもういない。
「大丈夫か?」
 気を取り直して、尻餅をついたままの女性に声をかけた。
「え……えへへ。猫なんかに驚くなんて、どうかしてるわね、私。もう大丈夫です。ありがとう」
 ちぇっ。――取り乱した女が俺に抱きついてくる。役得。そんな俺のイメージがもろくも崩れ去る。
 彼女は、うさぎを抱いていた。この町でペットを飼っている人間は、金持ちだけだ。美形だけど、思ったほど若くはないか……。主婦かな? 有閑マダムとか……などと思いつつ、申し訳ていどに声をかけた。
「怪我はしてない? よかったら、おくって行こうか」
 案の定、あっさりと断って去っていく彼女の後ろ姿を見送りながら、俺は未練がましく舌打ちした。
 そのとき、俺は声をかけられた。
「……おい、おまえ」
 男の声だ。さっきまで気配もなかったのに……。
 再び悪寒を感じつつ振り向くと、さっきの黒猫がそこにいた。
「てめ……! ただの猫じゃねーな」
 相手の力量にただならぬものを感じて、俺は腰を落として重心を爪先にのせた。臨戦態勢だ。

(4)に続く



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( 2008/05/22 01:09 ) Category 覇者の条件 | TB(0) | CM(8)
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