蒲公英 〜癒しと生命力の花〜

自作短編/長編小説を発表するブログです。たまに日本語のことを少しだけ考えてみたり、日記を書いたりします。

風の向くまま (8) 

 俺はギムレイたちを追い越し、まずは5台の荷馬車隊を空から探した。
 サーマツ王国を出発するころには昼をずいぶん回っていたが、リュックの中身のほとんどはローラにとって必要な物だ。中身が風圧で潰れないようにゆっくり飛んだ。それでも1時間とかからずに追いついた。
 サーマツ王による身柄引渡命令書の効果はてきめんで、団長は腰を90度に折り曲げて俺に詫びた。この団長、素性の知れない人物からフェアリーを買ったのは事実であり、俺はそのことに関して腹を立てていた。しかし、こうも馬鹿丁寧に謝られると、怒りも薄れてくる。こんなに反省するなら、最初から買わなきゃいいのに。
 俺は内容を確かめていないが、身柄引渡命令書には団長にとってとんでもないことが書かれていたのかもしれない。
 いつまでも顔を上げない団長に、後で仲間を連れて合流するからアーカンドルまで荷馬車に乗せて欲しいと頼み、快諾を得ることでようやく頭を上げてもらった。仲間が追いつくまでここで待つことも約束してくれた。

 マミナはすぐに見つかった。元気そうな様子だ。
 マッチョマンは既に荷馬車隊に追いついていたのだ。夜中に強行軍をしたのだろう。彼は見かけに違わず勇気のある男だ。
 俺は兜をかぶり、髪の毛と顔の半分が隠れている。ワイバーンとの戦闘でぼろぼろになった服を捨て、サーマツ王城での治療の後、上等な服に着替えさせてもらっている。さらに、マミナはこちらに背を向けているのだ。彼女はまだ、俺に気付く様子はない。
 現在マミナが閉じ込められているのは鳥籠ではない。猛獣用の檻の中だ。鉄格子だけでなく目の細かい金網がかけられており、マミナでさえ通り抜けることはできない。檻の中でマミナは虎の首の上に座り、虎に餌を与えている女性の団員と談笑している。
「よお、新入り! 追いついたのか」
 マミナの様子をうかがう俺に、マッチョマンが声を掛けてきた。マッチョマンは、兜の隙間から少し覗く青い髪に気付いたようだ。
「お前、風の民だったのか」
 すかさず団長に頭をはたかれ、マッチョマンは押し黙った。事情の説明もなくはたかれるとは……、このおっさん、普段どんな扱いを受けているのだろう。ちょっと気の毒に思った。
「騙して悪かったなおっさん、俺は入団なんかしてねえよ」
 団長は猫なで声でマミナに呼びかけ、檻の鍵を開けた。
 檻から飛び出したマミナは俺に――。
「あっ、カール……!」
 マミナは俺に、飛び蹴りを食らわした。
「この役立たずっ! なに寝てたのよお! おかげでいっぱい怖い思いしたのよー!」
「しゅ……しゅびばしぇーん」
 兜の隙間からきれいにアゴに決まったので口を開きにくい。
 しまった。兜を脱いでおけば、あのとき横で気絶していたのが俺だと気付かれずに済んだのに、と後悔した。まあ、どっちみちすぐにばれることだが。
「変わった再会の挨拶だなあ」
 マッチョマンはうんうんと、妙に感心していた。
 俺は、さっきマミナと談笑していた女性団員――多分猛獣使いだと思うが――に話しかけた。
「なあ、あんたがマミナの世話係?」
「ええ、世話というより友達ね。マミナちゃん、うちのバートたち――ああ、猛獣の名前よ――と、すぐ仲良くなってくれて。これならすぐにあたしの担当する猛獣ショーのアシスタント兼マスコットとして人気者になれるわね、って話していたのよ」
 俺は半目になってマミナを見た。ほお。“いっぱい怖い思いした”のか。ほほー。
「な、なによ……」
「なんでもねえよ」
 俺は、マミナを無視してもう一度女性団員に話しかけた。
「お姉さん――」
「パティよ」
「パティ、あんたさえよければこのままマミナを預けていくけど?」
 再びマミナからの跳び蹴りを食らった。逆側のアゴに。予想はしていたが強烈に効いた。
 なんだか蹴られ損のような気がするんだけど、気のせいだろうか。
 マッチョマンはにやにやしている。おっさん、俺のこと同類だと思ってねえか?

 サーカス一座からの別れ際、マミナとの別れを一番惜しんでいたのはパティのようだった。
「マミナちゃん、さよなら。あたしはサーカスの衣装、マミナちゃんに似合っててかわいいと思うんだけどね」
「そう? あたしはローラが作ってくれる服が一番好きだな。……でも、マッチョマンに着替えさせられたわけじゃなくてよかった♪」
 マミナがサーカスの衣装を返そうとすると、パティが言った。
「持ち帰って。どうせマミナちゃんしか着られないし。あたしとお揃いの衣装なんだから、たまには着てね」
「じゃあ、アーカンドルでの興業の時にこれ着て飛び入り参加しよっか?」
「決まりね。団長に話しておくわ」
「バイト代、イロつけるように言っといてね」
「あったりまえじゃない♪」
 もう、好きにしてくれ。しかしそうなると、アーカンドルに最低でも1か月は滞在することになるな。サーマツの王様からもらった路銀だけでは心許ない。マミナのバイト代をローラの宿泊費用に充ててやろう。
 実は王様から手形も預かっているので、普通の宿への宿泊費用は1年分程度ならサーマツ王国のツケにできる。でもそんなことマミナには教えてやらない。ざまーみろ。
 俺は彼女たちの話が一段落するのを待ち、話題を変えた。
「ところでギムレイの奴、物凄く気にしていたぜ」
「大丈夫よ、あたしの気持ちは全然変わらないから。ギムレイとの間に言葉なんか必要ないもん」
 マミナの気持ちが変わらないのなら何の問題もない。俺は心配するのをやめた。

 サーマツ王国方面へ飛んで戻ると、40分ほどでギムレイ達と合流できた。
 夜までにサーカスの荷馬車隊に合流するためにはひとりずつかかえて飛ばなければならない。ローラは見るからに軽そうだからいいが、ギムレイは……、仕方がない、がんばろう。
「ギムレイ! ローラ! やっほー!」
 ウォーガは涙腺を持たないが、ギムレイは特別だ。彼は涙を流していた。彼のその毛むくじゃらの顔にマミナが飛び付く。俺に対する態度とはえらい違いだ。
 ローラが俺に呼びかけてきた。頬が濡れている。
「カール! 無事でよかった」
 ローラの涙に俺はどきっとしながら、包帯がすべて服に隠れていてよかった、と思った。マミナやギムレイの他にも、俺を心配してくれる人がいる。とても嬉しかった。
「心配してくれてありがとな」

 俺は全員にアーカンドルでの予定を説明しはじめた。その途中から、奇妙な違和感に襲われ出した。それを気にしながら、ひととおり説明を終えた。
「それじゃ、ローラ、ギムレイの順に荷馬車隊に運ぶからな。ところでギムレイ、何か感じないか?」
 答えがない。
 いつの間にか、世界が静止していた。
「な……に!?」
 直感が俺に敵の存在を告げた。反射的にゲイラ・エンブレムを発動した。
 もしかしたら、これは敵の催眠術の一種かもしれない。敵は、こうやってワイバーンを操っていたのかもしれない。
「俺は操られたりはしないぞ。姿を見せたらどうだ!」
「ほほう、見事だ。レッドワイバーンを倒したのは、どうやらまぐれじゃなさそうだな。いやー、それにしてもあれをひとりでやっつけるとは度肝を抜かれたよ、カール・セイブくん」
 こいつが敵か……。
 身長は俺と同じ180センチ。白髪だが、若いのかそうでないのかよくわからない。目の色は黒だ。白いタキシードを着こなした貴族然とした出で立ちだが、旅装束として着るにはおかしな格好だ。
「申し遅れた。私の名前はバイラス・ダイラー。以後お見知り置きを。レッドワイバーンにはもう少し言うことを聞いて欲しかったんだがね。建物ももう少し壊して、あとそうだな、数10人程度でいいから殺戮して」
 この野郎……。何が数10人だ。殺戮がそんなに楽しいか!
 怒りの感情がゲイラ・エンブレムをゆがめていく。

(目を覚ませ、お前、いつものカールじゃない!)

 ギムレイに言われた言葉が脳裏によみがえる。
 まずい、バイラスは俺をゆさぶっているのだ。エンブレムを安定させなければ。
 俺は冷静になった。
「合格だ。なかなか見所のある青年だよ、きみは。どうだね、私のもとで働かないか? サーマツ王国の王国軍指揮官の話を蹴ったと聞いているから、期待しているんだが」
 ぱちぱちぱち、と妙に芝居がかったゆっくりとした拍手が鼻につく。こんな奴とは死んでも絶対に友達になれない。それに、何が“聞いている”だ。おおかた、自分自身でスパイでもしていたんだろう。
「実はワイバーンはあれ一頭だけじゃなくてね。あいつは本当に私の言うことを聞かなくて参ったよ。君には特に迷惑をかけて済まなかったね。本国には、もっと扱いやすいのを揃えてあるのさ」
「貴様……! いったい何頭のワイバーンの封印を解いたんだ。ワイバーン部隊でも作って大陸中を蹂躙するつもりか!?」
「ふふ。今回の件は、ほんの挨拶がわりだよ」
 バイラスは変わらない笑顔を顔に貼り付けたまま、目だけが冷たい光を帯びた。
「ところで、きみの受け答えを聞く限り、あくまでも我々に逆らうものと判断してよさそうだね。それならそれで、良い好敵手として期待しているよ。挨拶は済んだので、今日の所は退散しよう。……さて、邪魔したね」
 静止していた世界が元通りに動き出そうとしている。バイラスは喋り続ける。
「アーカンドル王国に行くんだろ? オッドアイのわが主がよろしくと言っていたのでな、お手数だが、かの国の妾腹の王子殿に伝えておいてはもらえないか?」
「何のことだ?」
「言った通りだ。一字一句その通り正確に伝えてもらえば、王子殿にはわかってもらえるよ」
「待て! 本国ってのはどこだ!?」
「それも、彼に言えばわかる」
 消えた。何の前触れもなく――そう、呪文を詠唱するでもなく。
 奴はただ者じゃない。見た目では判断しづらいが、もしかすると闇の民なのかもしれない。
 悔しいが、今の俺では奴に太刀打ちできない。身長こそ変わらないが、圧倒的な威圧感があった。俺は会話している間中ずっと、恐怖感を抑えつけるのに必死だった。
 ゲイラ・エンブレムを消した。なかなか動悸が治まらない。
「くそったれ」
 あの野郎……。ワイバーンはあれ一頭ではないと言っていた。
 世界を破壊するつもりなのか、奴は。

「ねえカールう! ねえったら」
「……」
「聞いてんのっ!? そろそろ行かないと、夜までに荷馬車隊に追いつけないよっ!」
 マミナの声が耳に飛び込んできた。
「ん? ああ! ……飛ぶのは平気かい? お嬢さん」
 俺はローラの方を向き、笑顔を作って言った。
「なーにが“平気かい?”よ、ドジカールが気取っちゃって。ローラを落としたりしたらギムレイに頼んでギッタギタに切り刻んでもらうからねっ!」
「うっ。なんだよそのギッタギタって」
 未知の敵と会話したばかりの俺の不安に、ギムレイだけが気付いた。今は何も聞かないでくれ……もっとも、奴の正体は俺も知らないが。俺はギムレイに目配せをした。
 俺はローラを抱き上げた。
「行くぞ、ローラ!」
「うん! ずっと、空に連れてって欲しかったのよ!」
 ローラについては、マミナからは病弱だと聞かされていたが、ギムレイにおぶさることなく健気にも自分の足でここまで歩いてきた。それなのに、初めて見た時より確実に元気になっている。そう、逞しささえ感じられる。
 俺はローラの健康的な笑顔をまぶしく感じた。

 飛び上がると、穏やかな南風が俺たちを包んだ。マミナも光の筋を曳き、俺たちの周りを飛び回る。
 風に任せ、ゆっくりと飛ぶ。ラージアン大陸を吹き抜ける南風。アーカンドルへと流れていく。

〜「風の向くまま」 完〜



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( 2008/01/21 12:23 ) Category 風の向くまま | TB(0) | CM(10)

風の向くまま (7) 

 夢の中でドラゴンと会話した。それだけは覚えている。
 何か、イメージを覚えておけと言われたような気がする。もどかしいことに、それが何だったのか思い出せない。
 しかし、ゆっくり思い出してなどいられない。

 今、俺とワイバーンの距離は急速に縮まりつつある。
 ワイバーンが体の正面をこちらに向けた。嘴の両端から煙が立ち上る。
 右旋回。停止。垂直上昇。
 しまった、びびってアクションを起こすのが早すぎた。
 まだ距離があるのだ。ワイバーンは俺の動きに食らいついている。

 ――来る!

 急降下。左旋回。
 ファイヤーブレスが俺の脇腹を掠める。一直線に飛んでいたらやられる。小刻みに旋回。
 ワイバーンもじっとしていない。奴も急降下してくる。
 スピード勝負。上等だ。
 普通に考えれば、ワイバーンの弱点は爪と嘴の届かない背中。そして翼の付け根、なるべく胴体に近い部分。
 奴もそれはわきまえている。なるべく俺に腹を向けてくる。
 宙返り。縦ロール。
 奴は左へ進路を変える。
 このワイバーン、言葉を話せなくても、知能が低いわけではない。
 警戒している。俺の力量を探っている。
 なかなか背後に回り込めない。焦ってはだめだ、冷静になれ。
 背中にさえ回り込めば……いや待て。ギムレイは奴の尻尾にやられたんだ。
 尻尾も危険だ。尻尾なら背中の敵も攻撃できる。
 くそ、死角の少ない奴だ。

 サーマツ王国の兵士たちが拳を突き上げているのが見える。俺を応援してくれている。
 よし、試してみよう。
 矢の届きそうな高度まで降り、地面と平行に旋回飛行。
 ワイバーンが咆哮を轟かせ、降下してくる。
 よし来い。もっと近付け。
 フェイクをかける。俺は一旦高度を上げるふりをする。
 背を見せまいとワイバーンも上昇。
 急降下。俺は一旦王城の塀の上に着地。
 ワイバーンもこちらへ急降下してくる。
 それを見計らい、王国軍の指揮官が号令。複数の矢がワイバーンの顔を襲う。
 感謝! 優秀な指揮官だ。俺の思惑通りに動いてくれた。
 ワイバーンは首をそむけ、進路を変える。そして上昇。
 なるほど、目も弱点だ。
「貸してくれ」
 俺は傍らの兵士から剣を受け取った。
 急上昇。
 背後に回り込めなければ、正面から責めるのみ。

 芝居を打った。
 剣を重そうに両手で抱え、スタミナ切れを起こしたふりをしてゆっくり飛んだ。
 何度か奴の様子を見て確信を持った。
 他のレッドワイバーンはどうか知らないが、目の前の個体はファイヤーブレスを吐くためには相当スピードを殺さなければならない。
 奴は悠然と俺の正面に回り込んでくる。口の両端から煙を立ち上らせる。

 ――かかった!

 急加速。
 奴の顔に突っ込む刹那、腰溜めに構えた剣を前方に突き出した。
 手応え! グボッという音を聞き、やつの首を蹴って急上昇。
 剣は奴の左目に奥まで突き刺さっていた。
「くっ!」
 油断した。左の脛を奴の尻尾の先端が掠めた。
 心配ない、こいつは毒を持っていない。
 奴は首をめぐらせ、真上にいる俺に向かってファイヤーブレスを吐いた。
 旋回しつつ、急降下。

 再び王城の敷地内へ。
 猛り狂った咆哮と共に、ワイバーンも急降下してくる。
 指揮官の号令。矢が放たれる。
 俺は再び別の兵士から剣を受け取り、急上昇。
 奴の視界にはかなりの制限ができた。心なしか、奴のスピードも落ちている。
 奴の左目側に回り込む。狙うは翼の付け根だ。
 しかし、手負いのワイバーンの凶暴さは今までとは段違いだった。
 奴は口の中に炎をためこまず、小さな炎を連続してがむしゃらに吐いてきた。
 早い。ボボボボボ、という連射音が長く続く。
 くそ。距離をとればとるほど避けにくい。
 距離を取るより、懐に入った方が有利だ。
 炎のひとつを兜が弾く。しかし――
「うっ!」
 右肩に被弾。剣を落としてしまった。
 左の腿に被弾。ようやく連射が途切れた。
 問題ない、被弾した箇所は軽い火傷だ。
 正面に尻尾!
 胸当てがそれを弾く。
「うおっと」
 しかしその衝撃で奴に背を向けてしまった。
「ぐああ!」
 俺の背を奴の爪が浅く抉る。
 背中の痛みを無視して旋回、距離を取る。
 思うように近寄れない。また連射されたら厄介だ。
 その時、奴の嘴から漏れる煙が渦を巻いているように見えた。

 渦!
「そうか!」
 思い出した。
 俺は空中に静止した。
 怒り狂ったワイバーンが俺の正面に回りこむ。嘴から煙が立ち上る。
「ゲイラ・エンブレム発動」
 渦巻く楕円が目に見える紋章を形作り、俺の目の前に拡がる。
 それは青緑色に輝きつつ空中に浮かび上がった。
 俺の体中の血がたぎる。タイゲイラの魔力が開放される。
 奴のファイヤーブレスが来る。
 その炎の全てを、風が吹き散らす。
 さらに真空の壁。炎も熱も通さない。
 俺は突進した。
 正面から尻尾が襲ってくる。
 俺は尻尾を抱え込み、奴の翼の付け根に突き刺した。
 苦痛にもがくワイバーンの爪が、俺の左脇腹を浅く抉る。
 こちらの傷は浅い。
 甘く見たが、一拍遅れて声も出せないほどの激痛が俺を襲う。
 歯を食いしばる。
 自力で尻尾を抜き、徐々に高度を下げていくワイバーン。
 奴のぎらつく眼光は、まだ何かを狙っている。
 もう、お前には何もさせない。
 俺は竜巻を奴にぶつけた。
 渦巻く空気の内側で、ワイバーンは無理矢理炎を吐いた。
 ワイバーンの身体が自分の炎に包まれる。
 しかし、奴の苦しげな呻きは竜巻に呑み込まれる。
 俺は竜巻を消した。

「これで最後だ!」
 真空の刃。俺が腕を振り下ろした瞬間、ワイバーンの首が胴体から離れた。
 断末魔の叫びが途切れ、空気が漏れる音と共に切断面から夥しい量の血液が噴き出した。
 轟音と共に、ワイバーンの死骸が王城前に落下。
 地上でしばらくのたうっていた奴の尻尾にも、俺は真空の刃を投げつけ輪切りにした。
 とっくに絶命しているようだが、それでもワイバーンの生命力を軽視する気にはならない。たとえ臆病者と言われようと。

「うおー!!」
 兵士たちの歓喜の雄叫びが耳に届く。もう、そのくらいまで高度が下がっていた。
 俺の身体の落下速度が加速し始めた。
 気が遠くなりそうだったが、気力を振り絞って落下速度を緩める。
 その俺の体を、複数の王国軍兵士たちが受け止めてくれた。

            *      *      *

 浅いと思っていた傷は戦闘が終わってみると想像以上の深傷で、まっすぐ歩くことができなかった。
 王城の人達は親切で、清潔な包帯でやや過剰と思えるほどに俺をぐるぐる巻きにした。
 人間の薬も捨てたもんじゃない。俺は王城の医療スタッフにされるがままにした。
 処置が終わるとサーマツ王に呼ばれ、謁見の間へ通された。
 王様は大変な喜びようで、俺を王国軍指揮官待遇で迎え入れたいと言った。
 俺は風の民。兵隊など柄じゃない。俺は王様のせっかくの申し出を固辞し、仲間のフェアリーが罠に嵌められサーカスに売られたことを訴えた。
 また、グリズ様から借りた鎧をユージュ山へ返しに行きたいことも伝えた。
 俺はこういう場合の礼儀を知らない。
 申し出を固辞したのは失敗だったかと思ったが、王様は気を悪くすることなく、俺に親切にしてくれた。

 サーカスの次の興業先は王室の誰もが知っていた。娯楽が少ないだけに、王室の人間は例外なくサーカスを見ているようだ。次はやはりアーカンドル王国だった。
 王様は、サーカス一座の団長に対するマミナの身柄引渡命令書と、ユージュ山に行くついでのお遣いとしてアーカンドル国王に向けた親書を俺に託した。それってついでにするようなことか? というか、そんな大事な物をなんで俺なんかに託すんだ?
 王様はさらに、サーマツ国内におけるフェアリー捕獲禁止令の発令を約束し、マミナを捕まえた者の捜査も緊急手配した。
 それだけでなく、俺が携行できるだけの食糧や路銀の他、サーマツ王家の紋章入り手形などを支給し送り出してくれた。それらは俺とギムレイには必要なくても、ローラのためには必要なものだ。その代わり、まるで登山装備のように大きなリュックを背負って飛ぶはめになってしまった。
 王様は、それでも俺に対する礼としては物足りないと言った。そこで俺は、残りの全ては風の民の長老あてに贈ってもらうように頼んだ。
 一刻も早くマミナを助けに行きたい。
 だからこそ、御者付で馬車を手配しようとする王様の申し出を固辞し、リュックを背負ってまで飛んで行くことにしたのだ。
 俺は王様に丁寧に礼を言うとサーマツ王国を後にした。

(8)に続く



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( 2008/01/20 03:04 ) Category 風の向くまま | TB(0) | CM(0)

風の向くまま (6) 

 カールの薬草についての知識は、もうおいらと変わらないようだ。おいらの体はだいぶ思い通りに動くようになった。
 カールは、おいらにここで待っているように言った。でも、いつまで待っていても仕方がない。
 人間たちは、自分たちの家に入ったようだ。今なら、サーカスの宿営地まで誰にも見とがめられずに行けるかもしれない。
「……よし。おいら、行くぞ」
 歩き始めた。道はわからないが、多分迷う心配はない。なぜならこの王国は家がまばらで、道と呼べるほどのものはほとんどないからだ。
 突然現れたワイバーンには、おいらも驚いた。
 カールはどうやら知っていたみたいだ。人間の軍隊の対応があそこまで早かったのは、きっとカールがお城に知らせたからだろうな。
 でも、去り際のワイバーンの意識、とても気になる。
 あの様子は、マミナを握り潰しかけた時のおいらに似ている。催眠術か、それに近いもので誰かに操られていたような気がする。
 この王国が新型兵器を作った時、確か“実戦投入試験”というのをやっていたが、誰かがワイバーンを兵器として利用しようとしているのだとしたら、さっきのはその試験だったということも考えられる。そう考えると、さっきは被害らしい被害を受けずに済んだのも納得できる。
 まだ、気を緩めてはいけない。

 それにしても、自分が不甲斐ない。
 魔力をほとんど持たず、腕力が弱いので武器に頼らないと戦えないのが人間だ。たとえ武器があっても、おいらとまともに戦える人間はほんの一握りだろう。
 人間がすぐそばまで近付いて来れば、おいらはその意識を感じることができる。でも罠を仕掛け、おいらの感知圏外で様子を窺っていたら……。それが人間のやり方だ。だから罠の回避の仕方はカールから何度も教わった。そのおいらが、あっさりと罠におちた。
 おいらは、マミナとカールにとっての用心棒だと自負していた。でも、そのおいらが大事な仲間を……。

 足を止めた。おいらは、仲間のそばにいない方がいいのかもしれない。
「でも」
 カールはひとりでマミナを助けに行ったのだ。カールは、早く飛べること以外は人間と同じだ。しかも彼は持ち前の優しさのせいで、他人を傷つけるのが苦手だ。
 いや、今日のカールは不思議な力に包まれていた。あの力を開放したら、大抵の敵には負けないかもしれない。だけど。
 だけど、あの力を、怒りにまかせて使うカールなんて見たくない。
 ……やっぱり、おいらも助けに行こう。
 もう一度歩き出す。でも気のせいか、さっきより足取りが重い。

 さっきから、どこかの家の家畜が騒がしい。あれは昼間、マミナが遊びに行っていた家だ。
 マミナから何度も聞いたことのある、ローラという名の女の子が家の外に出ている。戒厳令の解除を知らせに来た騎兵が帰っていくのを見送っている。あたりに身を隠す物がないので、おいらが彼女を観察できている以上は、彼女からもおいらの姿が見えているかもしれない。でもこの暗さと距離だ、多分おいらがウォーガだとは思っていないだろう。

 突然、おいらの心に強烈な空腹感と破壊衝動が流れ込んでくる。
 耳をつんざく咆吼!
 これは、夕方聞いたばかりのワイバーンのものだ。戻ってきたのか!?
「危ない!!」
 体長7メートルの化け物が着地した。ローラの家の上に。
 崩れ落ちる家の瓦礫を蹴散らし、ワイバーンは畜舎目がけて尻尾をぶつける。畜舎の壁が壊れ、その隙間から家畜が逃げ出す。
 哀れな家畜たちは、残らずワイバーンの残忍な嘴に捕らえられ、平らげられてしまった。
 ローラはその場に崩れ落ちた。
 もう、おいらの姿を誰に見られようと構ってはいられない。ローラに駆け寄った。彼女は涙を流して気絶している。
 ローラを抱き起こそうとしたその瞬間、おいらは激痛に襲われ、思わず叫んだ。
「うわあああ!!」
 油断した。ワイバーンの尻尾の先端がおいらの左腕に刺さっている。右手で引き抜いたが、ワイバーンはそれっきりおいらに関心を示さない。奴は満腹で満足している。ワイバーンという種族は、相手に特に敵意や脅威を感じなくても、近寄る奴はとりあえず攻撃するのだろう。
 奴に刺されたのは麻酔をぶちこまれた後カールに薬草を塗り込んでもらった箇所だ。麻酔を打たれてからまだ半日しか経っていない。痛みを感じるということは、カールが煎じた薬草は見事に麻酔を中和してくれたのだろう。
 ワイバーンの尻尾の先端には猛毒があるというが、レッドワイバーンは炎を吐ける分、毒が弱いかもしれない。事実、おいらの意識はまだハッキリしているし、刺された痛みはあるものの左手はちゃんと動く。
 ローラを放っておくわけにはいかない。何としてもカールのところまで、ローラを連れて行こう。おいらは彼女を抱き上げて走り出した。

 ワイバーンが1度だけ翼をばたつかせた。追ってくるのかと思い、おいらは緊張した。
 振り返らずに走っていると、おいらの心に倦怠感のようなものが流れ込んできた。ワイバーンのものだ。奴は眠ってしまった。
 今のワイバーンには、夕方のような、誰かに強制されているような意識が感じられなかった。純粋に自分の意志で空腹を満たしに来たのだろう。

 途中、何度も人に見られたような気がするが、おいらは誰にも止められなかった。どこをどう走ってきたか、よく覚えていない。それでも、サーカスの宿営地だった場所になんとかたどり着いた。焼け焦げてはいるが燃え残った荷馬車が一台、馬のいない状態で打ち棄てられている。おいらは荷馬車に駆け寄った。
「マミナ! カール! 無事か!?」
 馬車の中に誰かの意識が感じられる。とりあえず、誰かひとりは生きていて、荷馬車の中にいる。安定した意識……寝ているようだ。
 おいらの大声で、ローラが起きたようだ。ひとまず寝たふりをしているが、意外にもおいらのことを怖がっていない。
 荷馬車を覗くと、中にカールがいた。
「おお、カール! 無事だったか」
 おいらの声に気付いたようだ。カールが目を開けた。
「ギムレイ……。マミナを炎から守ることはできたよ。でも、連れて行かれた。すまん」
「無事ならいいんだ。探して、迎えに行こう」
 おいらはローラを荷馬車の中にそっとおろした。彼女は涙に濡れる目を開けた。おいらを真っ直ぐに見詰めてくる。
「ありがとう……助けてくれて」
「おいらが、怖くないのか?」
「マミナの友達よね? なら、怖くない」
 次いで、ローラはおそるおそる聞いてきた。
「あの……おじいちゃんと、おばあちゃんは?」
 おいらは、黙って首を振るしかなかった。
「そう……」
 呟いたきり、ローラは声を殺して泣き続けた。
 おいらはカールの意識を感じた。気遣い、憐憫。
 ――しばらくそっとしておこう。
 カールの意識がそう告げているのだろう。おいらとカールは荷馬車から少しだけ離れる。
 マミナを取り戻すために、できることは全てしておかなくてはならない。まずは治療だ。
「カール。おいら、ワイバーンに左腕の後ろを刺された。自分では治療できない」
「見せてみろ」
 カールはおいらの左腕を、肩から指先まで調べてくれた。
「毒を注入された形跡はないな。思い通り動かせるか?」
 おいらは左腕を振り回した。普通の刺し傷以外の痛みはない。
「じゃ、この薬草でいいな」
 カールは手際よく治療してくれた。ローラは荷馬車から降り、左足を引きずりながら歩み寄ると、治療の様子をじっと見ていた。ローラの意識から、彼女の左足の怪我は割と新しい怪我だということがわかった。
「私もマミナを助けにいきたい」
 おいらたちの会話で事情を察したのだろう。ローラは泣き腫らした目の中に決意の光を宿している。
「おいらは、構わない」
 あとは、カールの気持ちひとつだ。
「行くとこ、ないんだろ? じゃ、俺たちと一緒にマミナを迎えに行こう」
「それじゃ、ローラの左足も治しておこう」
 おいらはローラの名前も怪我のことも知っている。ローラは少しだけ驚いた顔をしたが、すぐ笑ってうなずいた。マミナから病弱と聞いていたが、身体とはうらはらにとても強い心の持ち主だ。

 夜を徹しての強行軍は危険だ。強力な魔除けか結界がなければ、闇の民に襲われることがあるからだ。
 しかし、荷馬車5〜6台のサーカス一座が、それだけの規模をカバーする魔除けを用意しているとは考えにくい。簡易結界を張って野営しながら昼間に移動するのが一般的だ。
 だから、おいらたちも今の内に休んでおき、早朝に出発することにした。これから先、ベッドのない生活がローラの体にどれほどの負担をかけるのか、それだけが気がかりだ。

            *      *      *

「我らが守り神よ。我が血肉をなす風よ。今こそ我を導きたまえ」
 早朝、日の出前の薄暗い時間。両手を天に向けた俺の体から、青く淡い光が上空へと昇っていく。青い光はマミナが飛ぶときに発する白色や黄色の細かい光の粒に姿を変え、北東へと流れていって霧散した。
「綺麗……」
 ローラが荷馬車から降りてきた。早起きな娘だ。
「占いみたいなものさ。100%信じられるわけじゃなけど、マミナたちは北東へ行ったんじゃないかな。あの方角なら、ひとまずアーカンドル王国に絞って探せばいい」
 サルトー・カン王国とサルトー・リラ王国も同じ方角だが、アーカンドルよりさらに北だ。サーカス一座の大型の荷馬車隊では山道を通れないので、占いが示す方角が正しければ途中で必ずアーカンドルに立ち寄ることになる。
「何も手掛かりがないんでしょ? 占いだけでも心強いわ」
 この町には、まだワイバーンがいる。ワイバーンは一般的に睡眠時間が長い。奴のことはサーマツ王国軍に任せて、俺たちは奴が起きる前にさっさと出発したいところだ。
「ただ、な。もしかしたらまだ、ギムレイに麻酔薬をしこたまぶちこんだ奴がこの町にいるかもしれない。そいつを締め上げて知ってることを吐かせた方が早いかもしれない」
「カール。個人的な感情は捨てる。今度あいつに会ったらタダでは済まさない。でも、もしあいつがうまく見つかったとして、締め上げてもしゃべるとは思えない。しゃべっても本当のことを言うかどうか怪しい。今は何よりもマミナが最優先だ」
 ギムレイも起きていた。
「ギムレイ、お前がそう言うなら」
 そうだ。この町に居座るワイバーンは、ローラの祖父母の仇だ。倒す手段がないので仕方なく逃げるように出かけるしかない。俺たちだけ、自分たちの感情に拘っているわけにはいくまい。
 問題は移動手段だ。残念ながら、今のところ徒歩以外の方法が思いつかない。
「歩けるか? ローラ」
「ええ、全然問題ないわ」
 俺たちは、フォブロルの傷跡を消せる薬草を持っている。彼女の左足はきれいに治っていた。
 行くしかない。いざとなれば、ローラはギムレイに担いで行ってもらおう。
「まて」
 ギムレイが何かを感じたようだ。
「カール、やばいぞ。昨日のワイバーンだ。どうやらお前を探している。ワイバーンを操ろうとしている者の意識も微かに感じる。そいつの命令を聞くふりをして城を攻めているようだが、ワイバーン自身はドラゴンの鎧を着た奴――つまりお前を探している」
 なんてこった。これでは魔除けじゃなくて魔寄せだ。
「きっと100年前、その鎧を着た者か、あるいは本物のドラゴンと戦って負けた個体なんだと思う。奴の思念は憎悪でたぎっている」
 遠くから昨日と同じ雄叫びが聞こえてきた。
「なあ、この鎧を脱いだら俺だってことに気付かれずに済むかな?」
「無理だろうな。奴はもうカールのにおいを覚えている。多分おいらもローラもな」
 俺たちが今いる場所から王城が視認できる。レッドワイバーンはそこにいた。奴は今、尻尾で王城を攻撃している。
 王城の壁が何か所か崩れている。あの様子では死傷者もたくさん出ていることだろう。
 どうやら、新型兵器の出し入れ口を塞がれてしまったようだ。このままでは、王国ごと奴に蹂躙されてしまう。
 味方の矢に刺し貫かれた人々、燃え上がった飲み屋。そして、ローラの祖父母。
 ワイバーンは今も暴れている。このままではもっとたくさんの人が死ぬ。
「ギムレイ、ローラ……。俺、怖いよ」
 ギムレイは俺の気分を感知している。次に俺が何を言おうとしているか判っているので無言でうなずく。
 俺の言葉を額面通りに受け取ったローラが提案する。
「逃げましょう!」
「俺には全然似合わないけど、グリズ様が――、ドラゴンが俺を選んだ以上は!」
 飛び上がり、王城の上空を旋回するワイバーン。俺は決然と顔を上げ、奴を睨む。目が合った。
「ふたりは先に出掛けてくれ。俺は後から飛んでいく。あのワイバーンは俺に用があるんだ」
 ドラゴンの鎧が白銀に輝く。俺はワイバーン目掛けて一直線に飛んだ。

(7)に続く



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( 2008/01/19 12:07 ) Category 風の向くまま | TB(0) | CM(0)

風の向くまま (5) 

 今まで聞いたこともないような獣の咆吼。空から聞こえてきた。
「鳥?」
 なんだか外が騒がしい。
「皆の者、屋内へ入れえぇー!! 外に出てはならぬうぅー!!」
 騎馬の蹄の音が響き、男の人の大声が聞こえてきた。
「戒厳令、発令いぃー!!」
 程なく、祖父母が家に飛び込んできた。
「ローラや、ローラ! なるべく部屋の真ん中に!」
 祖父があわてて叫ぶ。祖母もなんだか怯えている様子だ。
「どうしたの、なにがあったの!?」
「ワ、ワイバーンじゃ! お城の方へワイバーンが飛んでいったのじゃ!」
「な……!」
 信じられない。100年前、大陸中を荒らし回ったあのワイバーンが。
 卵に封印され、ユージュの大木に括り付けられたはずの、あのワイバーンが!
 畜舎が騒がしい。家畜が怯えている。
「家畜たちがっ!」
「だめじゃ、外に出てはだめじゃ! 今は家畜のことなど心配している場合ではない」
 随分遠いとは言え、2度、3度とワイバーンの咆吼が聞こえてくる。
 ドン、ドンという重い音も伝わってくる。
 まるで戦争……。でも、この国が巻き込まれた一番最近の戦争は、既に20年以上も前。私が生まれる前のことだ。全然現実感がないけれど、体ががたがたと震えてくる。
 祖母が私をしっかりと抱きしめてくれた。
「ローラ、安心おし。この家から逃げなきゃならないときは、あたしがおんぶしてあげるからね」
 高齢の祖母にそんなことさせられるわけがない。
「大丈夫よ! フォブロルに刺されてから、ずっとここで休んでたのよ。ひとりで走れるわ」
 何かしゃべっていないと不安だった。祖父が言った。
「王様はわしらの税を使って新型兵器を作っておられたからの! きっとワイバーンを追い払ってくださることだろうて」
 気休めに過ぎないことは、言った祖父自身がよくわかっているのだろう。その言葉には祖母も私も返事をすることができなかった。


 落ち着かない時間が過ぎていった。すっかり日が落ちるころ、外の騒ぎも鎮静化したようだった。
「ワイバーン、いなくなったのかしら?」
 私の疑問に答えるように、再び騎馬の蹄の音が響いてきた。
「戒厳令、解除おぉー!!」
 私は痛む左足をひきずって外に出た。
 騎馬が私の家の前で止まる。ここは国境の端にあたる場所で、これより先には民家がないのだ。
 家畜が騒がしい。多分、騎馬のいななきに反応しているのだろう。
 私はお辞儀をし、騎兵に話しかけた。
「騎兵様、お務めご苦労様です。ワイバーンが襲ってきたのですか?」
「実は、私も詳しくは知らぬ。だが、ワイバーンに襲われたのは事実だ。私が見たところ、我が方の新型兵器に恐れをなして逃げ去ったように見受けた」
 祖父の言った通りになった。
「新型兵器……ですか?」
 私が聞くと、なぜか騎兵は得意そうに説明してくれた。
「火薬の力で鉄球を飛ばすのだ。石弓や投石機を遙かに凌ぐ破壊力を誇る」
「ありがとうございます。これからも私ども国民をお守りくださいませ」
 私はこういう場合の定型句を口にした。
「おう! 任せておけ。……娘、もう遅い。早く家に入りなさい」
 そう言って馬首をお城の方へめぐらす騎兵に向け、私は商人のような営業スマイルを返した。騎兵は馬に鞭を入れ、来た道を戻っていった。
 この時は騎兵も私も知らなかった。今日の騒ぎが悪夢の始まりに過ぎなかったことを。
「マミナ……。明日も来てくれるかな?」

            *      *      *

 強い風の音。ごうごうと唸っている。
 ここはどこだろう。あたしはたしかギムレイに掴まれて……。
 目が覚めた。まず、全身を確かめた。なんだか、服が随分小さくなっている。服だけ消化された?
「ここギムレイの胃袋の中? ……有り得ない」
 声に出してみてばかばかしくなった。食べられたのなら意識があるわけがない。
 周りを見回す。あたしは鉄格子に囲まれている。どうやら、鳥籠の中に閉じ込められているようだ。でもこの鳥籠、横に倒れている。
 出口は……あった。いやだ、鍵が付いている。
「誰か……! 誰か、開けて!」
 鳥籠の横に人間が倒れている。銀色の変な兜と、同じ色の胸当てを着けている。向こうを向いているし、兜のせいで髪の毛も見えない。なんだかカールに似ているような……まさかね。
「ちょっとそこの人! 起きて、起きなさいよっ! あたしをここから出して!」
「うるせえ、黙ってろ!」
 間髪を入れず、背後から野太い声が聞こえたかと思うと、突然鳥籠ごと持ち上げられた。あたしは転び、鳥籠の底で頭を打った。
「いったーい……。乱暴ね! 持ち上げるんならそう言ってよ!」
 背後を見ると、筋肉ムキムキのマッチョマンが鳥籠を持って立っている。マッチョマンはあたしの文句を無視して兜男に声を掛けた。
「おい新入り! 生きてるか? 1分だけ待つ。それまでに起きなかったらフェアリーだけ連れて行く。団長にとって価値があるのは間違いなくこっちだからな」
 え? 団長……団長って言ったの、このマッチョマン? じゃ、こいつらは……。
「サーカス一座。あたし、売られた……」
 なるほど。だからこんな露出の多い衣装……。
 げ! 誰があたしを着替えさせたの!?
 まさか……。あたしは鳥籠の底にげっそりと座り込みながら、マッチョマンを見上げた。
「新入り! 1分経ったぜ。俺は字が書けねえから書き置きできねえ。もし体が動かねえだけで俺の言うことが聞こえているなら覚えとけ。次の興業先は○○○○○○王国だ。体が動くようになったら追っかけて来るがいいさ。縁があったらまた会おう。あばよ」
 聞こえているのかいないのか、兜男は動かない。マッチョマンは鳥籠ごとあたしを抱え直すと歩き出した。

            *      *      *

「こうして君に語りかけるのは2度目だ」

 聞き覚えがある。頭の中に直接響く声。ドラゴンだ。

「覚えていてくれたようだね、カール」

 あなたが言った、“力を授ける”というのはグリズ様が貸してくださった鎧のことか?

「当たらずといえども遠からず、というところだ。それは単なる魔除け。君自身がもともと持つ力を引き出すためのきっかけにはなったことと思うが。……しかし今は、そんなことよりもっと気になることがあるのだろう?」

 そうだ。頼みがある。あなたなら……神と呼ばれるあなたなら、マミナを救えるはずだ。俺はどうやら失敗したようだ。マミナを救ってやってくれ。

「残念だが、私のエネルギーは肥大しすぎた。私が直接動くと、世界は崩壊してしまうよ。それに私は神ではない。なにもかも承知しているわけではないのだからね」

 どうすれば、マミナを救える?

「力を使いなさい。自分のためじゃない、他人のために使うのだ。先に、“力を授ける”などと偉そうなことを言ったが、君たちが信じる神のように力を与えたり奪ったりなど……。少なくとも私にはできない。君自身が生まれつき持っている力を使うだけのこと」

 ……。そんなこと言われてもよくわからない。

「君の血液の色は赤いが、実は青緑に輝く ≪疾風の魔石(タイゲイラ)≫ が溶けたもの。それが、君が風の民の中でも特に風に好かれている理由なのだよ」

 まだ、よくわからない。その力を使えば、マミナを救えるのか?

「保証はできない。だが、当初君が望んだように、何の力もなく挑むよりはずっと心強いはずだ。それに、似たような力を持つ者は世界に何人か存在する。その中には君が味方すべき者や、敵対するしかない者もいる。君自身が選ぶのだ。それが、力を持つ者の宿命だ」

 わかった。では、力の使い方をレクチャーしてくれるのか?

「教えても、君がこの夢を細部まで覚えていることは、多分できない。何か、イメージだけでも覚えておくがよかろう」

 渦巻く楕円。初めてドラゴンに会った瞬間から、何度となく感じてきたイメージ。

「そう、そのイメージ。君の、力の源だ」

 力の源。そうだ、紋章を発動させれば力が開放される。
 ゲイラ・エンブレム。タイゲイラの魔力を開放するための鍵。

(6)に続く



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( 2008/01/18 21:21 ) Category 風の向くまま | TB(0) | CM(0)

風の向くまま (4) 

 なんだ、このスピードは。これは、俺が今までに出した最高速度をはるかに上回っている。
 アーカンドル王国を飛び立った俺は、一直線にサルーサ山の中腹、グライド族の集落を目指していた。予想した所要時間は9時間。
 しかし、飛び始めてから1時間半を超えたあたりで、もうサルーサ山が見えてきた。
「この分だと2時間で着くぞ……」
 常識を超えた速度だ。これではいかに風の民と言えど、普通なら息もできないし、風圧で体がひしゃげてもおかしくない。
「グリズ様には何も聞いてこなかったけど、これもドラゴンの鎧の力なのか?」
 こんな凄いものを俺に与えて、グリズ様には一体どんなメリットがあるというのか……。
 これはますます、お返ししないわけにはいかない。
 その時、頭の中に直接声が響いてきた。
(カール、どこにいる? マミナを、マミナを助けてくれ……)
「ギムレイか? どうした、どこにいる?」
 それっきりギムレイの意識が途切れた。なんだか気絶したみたいだ。
 こんなことは初めてだ。根拠はないけれど、緊急事態に直面したギムレイが、その精神共感能力を強く発動し、彼の意識が俺に届いたのかも知れない。胸騒ぎがする。
 まだ加速できそうだ。俺は限界まで加速し、グライド族の集落ではなくギムレイの意識の方向に向かった。


 ギムレイの意識を感じてから飛ぶこと15分。ギムレイはすぐに見つかった。
「ギムレイ、しっかりしろっ!!」
 ギムレイの体の周囲に太い注射器が5つ転がっている。
「これは……。猛獣用の麻酔か!」
 注意深く周囲を調べると、注射針を上にして注射器のシリンダーを地中に埋め、葉で巧妙に隠したトラップが数か所設置されている。ギムレイの足の裏を調べると、折れた注射針が刺さっていた。
 俺は、ギムレイから教わった薬草を、常に何種類か携行している。毒を中和する薬草はあっても、さすがに麻酔薬を中和する薬草はないが……。
 懐を探り、毒に効力のある薬草を何種類か煎じてギムレイの足の裏に塗り込んでやる。
 ギムレイの体を調べる――ギムレイは腰巻きしか身に着けていない――と、足の裏の他に背中や腕などに5個所の太い注射針の傷跡があった。そこにも塗り込んでやる。
 ギムレイは6本分に近い麻酔薬を体内にブチ込まれたことになる。大陸南端の草原に住む、虎など中型の猛獣なら即死していてもおかしくない量だ。
 他の動物がトラップにかかったら気の毒だ。トラップを全て掘り起こし、注射器のシリンダーを全て割っておいた。
「カール……か……」
 もう起きた。薬草が効いたのか?
「マミナを助けてくれ……って言ったよな。マミナはどうしたんだ?」
「う、うう。つ、連れて行かれた。サーカ……スだ……」
「無理するな。寝たままで話せ」
「男が、催眠術を使う男が連れて行った。おいら、催眠術……かけられた。マミナを気絶させたのは……おいらだ」
「……んだと!」
 耳の奥に聞こえてきた。……何かが切れる音が。
 渦巻く楕円。なぜか、あの錯覚がまた俺を襲う。
「このやさしいギムレイを利用する人間は……いや、人間じゃねえ、人間の皮をかぶった闇の民だ!!」
 許さねえ!
「いけない。今のカール、恐ろしく強い力、感じる。その力、怒りにまかせて使ってはいけない……。目を覚ませ、お前、いつものカールじゃない!」
 立ち上がったギムレイが俺の両肩に手を置いた。ギムレイが力を入れているのはわかるが、その手からはマミナが俺の肩に座っている程度の頼りない感触しか伝わって来ない。
「わかった、冷静になるよ……」
 とても冷静になどなれそうになかった。だがギムレイが心配している。こんなに弱っているギムレイが。俺は無理矢理にでも冷静にならなければ。
「サーマツ王国でサーカスと言えば、居所は決まっている。もう夕方だ、この国から出ることはあるまい。マミナには悪いが、先に用事を済ませてくる。ギムレイはここで待っててくれ」


「もう帰ったのか?」
 呆れ顔で問うグライド族の長老に対し、身に着けた鎧の隙間に挟まっていたグリズ様の葉っぱを見せてワイバーンの脅威を警告した。
「人間にも知らせてきます」
「少し待っておれ」
 長老は何やら作業をしたかと思うと俺に書簡を持たせた。
「人間は、こういう物がないとなかなか信用しないのでな」
 なるほど、これなら衛兵に門前払いされる心配がない。
「わかりました」
 俺は書簡をサーマツ王城の衛兵に届けた。

 サーマツ王への謁見はあっさりと許された。
「風の民の若者よ。グライド族の長老殿の署名を確認した。そちの申すことを信じよう」
 サーマツ王は、側近に王国内への戒厳令の発令を命じた。
 俺たちの長老は、人間にも一目置かれているらしい。恥ずかしいことに、毎日遊んで暮らしていた俺はそんなことなど全然知らなかった。
 サーマツ王の対応は素早く、戒厳令を知らせる騎兵隊が王国中を走り回るために出発したのはそれからわずか1時間後のことだった。


 マミナが連れて行かれた場所の心当たりは2個所。サーカスの興行用の宿営地か、団長が行きつけの飲み屋だ。
 戒厳令はまだ王都近辺にしか周知されておらず、どちらの場所にもマミナがいる可能性がある。
 まずはここから近い方の飲み屋へ。
 その時だった。

 ――グォルルルオーッ!

 夕暮れ間近、サーマツ王国の空に、世にも恐ろしい咆吼が轟いた。
 戒厳令の発令を知らせる騎兵隊も俺も、その時外にいた者は全員が空を見上げた。
 ワイバーン。
 確かめるまでもない。雄叫びの主は全長7メートルに達する翼を持つ竜。真っ赤な体をしており、鋭い嘴の先からは時折炎がちらついて見える。
 やばい、レッドワイバーンだ。こいつはおそらくファイヤーブレスを吐くことができる!
 ぎらつく眼差しが、獲物を求めて地上に注がれている。この町を攻撃するつもりだ。
「くそっ、こんな時に! マミナ、待ってろおぉーっ!!」

 ふと見ると、王城の横に正規軍が整列している。その後ろには魔法部隊も展開しているようだ。
 攻城用の投石機を複雑にしたような形の新型兵器も城内から引っ張り出されているところだった。
 ワイバーンの注意は、今や完全に人間の軍隊へと向けられている。
 俺はワイバーンの注意を引かないよう、地表すれすれを飛んだ。

 飲み屋に辿り着いた。中にいたと思われる人間は、全員が外に出ている。
 当然だ、あれほどの雄叫びを聞いて、のんびり酒を呑んでいられる人間などいるわけがない。
 俺は一応飲み屋の中を覗き込み、人っ子ひとりいないのを確認した。よし、サーカスの宿営地へと急ごう。

 迫り来る熱波の予感!
 俺は急上昇した。理屈じゃない、とにかくやばいと思った。
 破裂音に驚いて下を見ると、もぬけの殻となっていた飲み屋が燃えている。
「!」
 息を呑んだ。
 空中に静止した俺の正面、視線の高さにワイバーンがいる。距離は15メートル。
 嘴の両脇から煙が立ち上っている。
 まさか、奴のファイヤーブレスが俺を狙ったとでも言うのか……。
「やばっ!」
 俺は急降下した。夕日を反射する金属のきらめきをワイバーンの背後に認めたからだ。
 人間の軍隊が放つ矢がワイバーン目がけて飛んでくる。
「ばかやろう、まだ民間人がたくさんいるのに!!」
 矢ごときではワイバーンの体に傷さえつけられまい。むしろ、罪の無い民間人が矢のせいで命を落とすかもしれない。
 恐怖に駆られた兵隊が命令を待たずに矢を射かけたのに違いない。それを合図に次々に……。まあ、臆病な点では俺も他人のことは言えないが。
「みんな、手近な家の中に逃げ込め! 仲間の矢にやられるぞっ!」
 俺の声は届かない。人々はパニックを起こして思い思いの方向へと走り出す。しかし、家に逃げ込んだところで同じだ。ワイバーンのファイヤーブレスにやられるかもしれないのだから。
 ワイバーンは、ひとまず標的を背後の敵に変えたようだ。王城の方向へと飛び去っていく。

 何本かの矢は俺の体を掠めたが、怪我はせずに済んだ。だが、何人かの哀れな民間人は、空から飛来した自国の正規軍の矢に刺し貫かれて絶命した者もいれば大怪我を負った者もいる。
 しかし、構ってなどいられない。俺はサーカスの宿営地を目指した。
 宿営地が見えてきた。サーカスの連中はテントをたたみ、手際よく荷馬車に積み込んでいる。ワイバーンを目撃したので、なるべく遠くへ避難しようということなのだろう。
 今なら間に合う。
 全部で6台か。くそ、多いな。
 1台目。……いない。
「マミナ! マミナー!!」
 2台目。……いない。
 重い地響きと共にドン、ドンと断続的に大きな音が聞こえてきた。王城の方向だ。
 3台目。……いない。
 ワイバーンの咆吼。あんな化け物を相手にしているにも関わらず、人間の軍隊は善戦していると言うべきなのだろう。
 4台目。……いない。
 思わず振り返って、愕然とした。
 ワイバーンが、無傷のワイバーンがこちらに猛スピードで向かってくる!
「くそ!」
 5台目。……いない。
 俺は6台目の荷馬車に飛び込んだ。
「誰だお前っ!」
「新入りだっ!」
 筋骨逞しい団員に問いかけられ、俺は適当な答えを返すと荷馬車の中を見回す。
 鳥かごがある。……いた、マミナだ! 鳥かごの中で眠っている。
 服装が違う。綱渡りや空中ブランコを披露する女性のものと似たような、胸と腰だけを小さな布切れで隠す衣装だ。

 ――グォルルルオーッ!

 間近にワイバーンの咆吼。しまった、もう間に合わない!
 次の瞬間、俺とマミナの乗る荷馬車はワイバーンのファイヤーブレスに包まれた。

(5)に続く



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( 2008/01/18 12:52 ) Category 風の向くまま | TB(0) | CM(0)
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