キースと2体のレッドワイバーンには共通点があった。
高い攻撃力を誇るが、それ以上に鉄壁の防御力を持っていることだ。
2体のレッドに足止めを食らわせるだけでもキースの攻撃力は驚嘆に値するが、相手に致命的なダメージを与えるには至らない。
無傷というわけではない。キースは左腕を負傷しているし、ローエンを含むふたりのワイバーンライダーズは体のあちこちに火傷を負っている。キースが放つ炎の光弾のいくつかはワイバーンの結界をすりぬけるようになり、その数は時間が経つごとに微増しているのだ。
だが、やはり今のところは拮抗しているとしか言いようがない。
ローエンはともかく、予想外に長時間の戦闘機動を強いられた部下のレッドワイバーンは、明らかに動きが鈍り始めている。もちろん、演技の可能性も否定できないが。
(キース! 風の民の結界は予定通り準備できた! あなたの作戦を実行する時だ!)
唐突に届くチャーリーの意識。
「おおっ、チャーリー! カール兄貴、間に合ったか!!」
満面に笑みを湛え振り向いたキースは――、笑みを凍り付かせ、目を大きく見開いた。
そこにはカールしかいない。そして彼の額には青緑に光る角。
(まあ、そういうことだ。だが、作戦に支障はない)
チャーリーの意識が力強く語りかけてくる。今は悲しんでいる時ではない。
「よし! 作戦実行だ!」
打合せ通り、堪えきれなくなった体(てい)を装ってモノケロスたちが1頭、また1頭と地上へ降下していく。しかし、矢が前足や体に突き刺さっているか、そうでなくても敵ワイバーンの爪や嘴による怪我を全身に負っており、モノケロスたちは例外なく満身創痍の様相を呈している。
「すまない。無理をさせた」
3体の灰色ワイバーンは4頭のモノケロスチームを追って降下していく。1体のオレンジワイバーンはキースたちを標的にして、レッド2体の戦闘空域へ加勢に来た。
「行くぜ、カール、チャーリー!」
「おう!」
赤い光と青緑の光。縦横無尽に飛び回る2筋の光は素早く、時に交差し時に真逆に離れては3体のワイバーンを翻弄した。最早それなりに体力を消耗したワイバーンたちに対応できるスピードではなかった。
ほぼ防戦一方となったワイバーンライダーズは、強力な結界を維持するのが精一杯で、戦闘空域が徐々に地表に近付いていることに気付く余裕はない。
降下した3体の灰色ワイバーンたちを、結界を張り終えた19人の風の民が迎え撃った。ワイバーンライダーズは、それぞれ別の方向へと散開していくモノケロスたちを追う暇もない。気付いた時には風の民に“上”をとられていたライダーズは、自らの結界よりも武器攻撃を優先した。
マジックアイテムである“消える矢”による攻撃を、間一髪でかわし続ける風の民。しかし、全てをかわすことはできなかった。続けてふたり、腕や足を矢に貫通された。怯まず、風の民も反撃を加える。
「ぐわあ!」
弓に矢をつがえた敵の騎手が、風の民に剣で斬られて落ちていく。残るふたりの騎手たちは、あわてて乗獣に結界を張り直させる。
(来たぞ! カールたちだ!)
上空からレッド2体とオレンジ1体を伴い、キースとカールが急降下してくる。
やがて、戦闘空域が重なった。
「どうも嫌な感じだ……。奴ら、何か企んでいるに違いない」
“嫌な感じ”の正体は具体的に掴めないが、ローエンは敏感に危険を感じ取っていた。このまま戦闘空域が重なるのはまずい――しかし、周囲を飛び回るキースとカールに阻まれ、乗獣を意のままに飛ばすことができずにいた。
「散開しろ!」
乗獣に散開を指示する咆吼をあげさせるローエン。しかし、タイミングを逸した。
キースや風の民がそれぞれ絶妙な空域に陣取っている。いつの間にか、迂闊に散開したら各個撃破も有り得る戦力差となってしまっていた。
止むを得ず、ローエンは命令キャンセルの咆吼をあげさせたが、それはいたずらにライダーズの混乱を招く結果となってしまった。
1体だけ孤立したオレンジワイバーン。すかさず風の民が集中攻撃を浴びせる。
結界を破られ、オレンジの騎手は矢を放つ。が、風の民は一斉に離脱していく。
風の民が離脱した瞬間、カールの角から雷撃が迸る。それが合図となった。
(今だ! 雷撃!!)
予め散開していた4体のモノケロスが雷撃を放つ。
「なんだ!? どこに雷撃を撃っている!?」
いち早く異変に気付いたローエンは、隙をついて戦闘空域から離脱し、少し離れた空域まで移動していた。が、残り5体のワイバーンは戦闘空域に留まったままだ。
「あれは……! 五芒星!」
等間隔に5箇所の空域に散開したモノケロスとカール。彼らの雷撃は、サーマツ王国の夕空に見事な五芒星の魔法陣を作り出していた。
五芒星の中心に、キースが飛び込んだ。
魔法陣を通り抜けたキースの瞳は金色に輝き、全身を白い光が包み込んでいる。
「た、退避! 退避ー!!」
ワイバーンライダーズは誰からともなく叫び声を上げ、上から迫るキースから逃れようと地上すれすれまで急降下していく。
「かかった! ――今だ!」
地上で結界を張る手伝いをしていた風の民たちが、一斉に結界に魔力を注ぎ込む。エマーユとパーミラも協力している。
風の民と森の民の魔力を受け、膨張を始めた結界は、勢いをつけ上空へと膨れ上がっていく。
「まずい! 方向転換! か、回避ー!」
ワイバーンライダーズの叫びは、もはや悲鳴や絶叫へと変わっていた。
結界に捕らえられ、身動きのとれなくなった5体。
キースが両腕を振ると、その手には巨大な雷撃剣が出現していた。同時に、雷撃で作られたサスパーダ・エンブレムはモノケロスたちの角を離れ、結界目がけて移動していった。
五芒星のそれぞれの頂点が、正確にワイバーンたちをおさえつける。
「覚悟!」
キースは結界目がけ、雷撃剣を投げつけた。
ひときわ目映い輝きが王城を包む。
輝きがおさまると、結界とエンブレムが消失し――騎手ともども、ワイバーンたちも消滅していた。
いつの間にやらサーマツ王国上空の黒雲は風に吹き散らされ、午後の日差しが王城に降り注ぐ。
「や、やられた」
呆然と呟くローエンの視線のかなたで、5体ものワイバーンが一瞬にして蒸発した。
「なんてことだ……」
12体ものワイバーンが、わずか数時間で斃された。いかに認めたくはなくとも、それが己が目で見た事実である。
表情を失ったままのローエンは、それ以上為す術もなく撤退していった。
地上に降り立ったキースたちは、まず怪我の治療を受けた。4頭のモノケロスの怪我は特に酷かったが、致命傷というほどではなく、すぐに回復した。
カールの角に輝く青緑の角が収束していく。
(眠くなった。休ませてもらう)
「お疲れ、チャーリー! すぐにまた呼ぶからな」
(カール。私はあなたの中で眠る。もう、はっきりと会話できるほど意識を保ってはいられない。だが、私の力はあなたのものだ)
愕然としたカールは収束を続ける角に抵抗するように全身を青緑に光らせ続けている。
「だめだ! 何のためにお前をとりこんだのか――」
(カール、聞いてくれ。私の命はあなたのものになったのだ。私がそれをどれほど幸せに感じているか、理解してくれ。だから、ぐっすりと休ませてもらう)
ついに、角が消えた。もう、チャーリーの声も聞こえない。
両膝をつき、項垂れるカール。
エマーユは、そっとパーミラの背中を押した。
「……」
かける言葉もないまま、パーミラはカールの肩に手を置き、背に抱きついた。
* * *
地上の戦線も、今や押せ押せの連合軍に対し、為す術もなく撤退していくスカランジア軍。勝敗は決した。もはやスカランジア軍の白旗を待つばかり――スカランジア軍の攻城戦指揮官でさえもがそう思い、降伏のタイミングをはかっていた。
突然の閃光と轟音――
落雷、火山、地震……。その場の誰もが、何らかの天災だと思い、地面に伏せた。
スカランジア軍が国境まで撤退したところで、大爆発が起きたのだ。次いで、地面から突き出す槍がスカランジア兵の命を次々に奪っていく。天災では有り得ない。
呆然とする連合軍が見守る目の前で、全てのスカランジア兵が――ただひとりの生き残りさえもなく、文字通り全滅した。
バイラスによる“後片付け”のための仕掛けだったのだが、スカランジア軍が自滅したという証拠は残らず、この事件は後に疑惑として遺恨を残すこととなった。大陸の世論に少なからぬ影響を与え、スカランジア軍はそれなりに結束を固める結果となる。
報告を受けたジーク・サーマツ王は苦虫を噛み潰したような顔をして吐き捨てた。
「これは人間同士の戦争ではない! 闇の民が売ってきた喧嘩だ! ……バイラスめ、はじめから敵味方関係なく人間の数減らしをしたかったというわけか」
「バイラスについては、ここに向かう途中でカールと戦闘になり、これを斃したと聞いております」
執務室でジーク王と同席していたキースが言う。
「もっとも、相手は闇の民。強力な個体であれば、たとえ肉の身を失っても、すぐにはこの世界から去らぬ者もいると聞き及んでおりますゆえ、油断は禁物かと存じますが」
キースの言葉を聞いたジーク王は、口調を柔らかくして話題を変えた。
「左様か……。まあ、先のことを心配しても詮無きこと。キース殿下にはピート殿下ともどもしばしご逗留いただきたい。ささやかながら戦勝を祝賀する宴を催しますゆえ」
「お心遣い、心より感謝いたします。ですが、現在アーカンドルは《バーサーカー》に攻め込まれ、予想以上に苦戦している旨、今し方連絡が届きました」
「なんと!」
「今から向かえば午後8時過ぎには向こうに戻れます。慌ただしくて申し訳ないが、これにて御免」
「待て――お待ちください、キース……殿下!」
同席しつつもずっと黙り込んでいたカールが、突然大きな声を出した。
「現在時刻は午後5時です。殿下のスピードではアーカンドル到着は9時頃になるでしょう。私なら7時です。何と言っても、殿下は瀕死の私を蘇生するために力を使い、ワイバーン5体を斃すためにも力を使ったばかり。ここは私にお任せを!」
「何言ってる、カール兄貴! 力を使ったのはお互い様だろう」
ジーク王の目の前だということを忘れ、カールはタメ口に戻る。
「お前は俺に力を分け与えすぎたんだよ、キース! 今は休んで、俺に任せとけ」
キースはカールの瞳を真っ直ぐに見詰める。ほんの一瞬、カールの瞳の中にチャーリーの深みのある黒目が映ったような気がした。
(カールには私がついている。心配無用だ、キース)
「わかった、任せる! まだ《バーサーカー》どもがうろうろしているようなら、遠慮無く一掃してくれ」
《バーサーカー》は、もとはグレッグと同じ一兵卒。カールは、キースの言葉の裏にある葛藤を充分に理解している。
「……任せろ!」
戦いは最終局面に入った。もっともアーカンドルでの戦闘は“戦争”として歴史に残ることはない。
「みんな、無事でいろ! 今から行く!」
全身に青緑の光を纏い、多重にゲイラ・エンブレムを発動させて等身大の矢となったカールが飛んでいく。
しばらく見送っていたキースだったが――
「申し訳ありません、陛下。やはり我が国で起きている騒動ですので――」
「わかっておりますよ、殿下。どうぞ、お行きなさい。可能であればピート殿下もお戻りになりたいところでしょうけれどもね。キース殿下とカールが揃えばヴァルファズル陛下もさぞご安心なさることでしょう。私はピート殿下と祝い酒を酌み交わすことにします」
キースはジーク王に丁寧に挨拶し、赤い弾丸となってカールの後を追った。
(39)に続く