蒲公英 ~癒しと生命力の花~

日記ブログ。たまに短編小説を発表。長編小説(別サイト)連載時は更新通知ブログと化す。

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友達 

( 2007/11/29 20:42 ) Category 短編/お題 | CM(13)

「あのバカが。見送りにも来ねえで……」
 小さくなっていく飛行機を見えなくなるまで見送りながら、俺はひとりごちた。
 見送りが済んだら手持ち無沙汰になった。用が済んだのだからこれ以上空港にいる意味はない。
 だが、今日の俺はなんとなく別れの余韻に浸っていた。
 ――!!
 突然、首筋に冷たいものが押し当てられた。
 驚いて振り向いた俺の目の前に缶ビールを差し出し、そいつは話しかけてきた。
「らしくねえな」
 奴だ。来てたのか。
 缶ビールをひったくるようにして受け取りながら、俺は言ってやった。
「何やってんだ。遅刻かよ。もう飛行機は行っちまったぞ」
「悪い。……見送るのは苦手なんだ」
 ――はぁ?
「わけわかんねえ。なんだその言い訳は……ってか、なんでこの寒いのに缶ビールなんだよ! お前バカだろ」
「2度もバカって言いやがって……、まあいいや。どっかで呑みなおそうぜ」
 ――ずっといやがったのか。こそこそ隠れていやがって……。まあいいや――
「――まあいいや。缶ビールありがとな」
 奴は大げさに驚いた顔を向けてきた。
「熱でもあんのか?」
「うるせ。俺だって今日は呑みたかったんだよっ」
 そして俺たちは街中の飲み屋ではなく郊外へと向かった。
 奴は言った。
「なあ、せっかく俺が身を引いたってのに、なんで彼女を行かせちまったんだ?」
「ホントにバカだなお前は。彼女はお前に惚れてたんだよ」
「……3度目。俺にはお前のほうがバカだと思えるんだけどなあ」
 目的地に着いた。
 ここに来る道すがら購入した日本酒を惜しげもなくかけてやると、奴が言った。
「もうそのくらいでいいよ。お前が呑む分がなくなっちまう」
「俺たちの友情に乾杯!」
 そう言って俺は、奴が眠る墓石を見つめた。
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あとがき
FC2のコミュでお題として出されたものに投稿してみた。
短編、というか小説モドキを書くこと自体、ほぼ初体験。
やっぱり、読むのと書くのじゃ大違いだな。
▼追記(18歳未満閲覧危険……嘘ですよ♪)▼
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宝物 

( 2007/12/07 12:54 ) Category 短編/お題 | CM(12)

好きなものと宝物の区別もできなかった小さい頃、ビー玉やどんぐり、果ては変哲のない石ころまでもがコレクションの対象となり、部屋の片隅にはいつもゴミと見分けのつかないガラクタが鎮座していた。
しかし、2種類のコレクションが同時に鎮座することはなかった。
今思えば、興味の移ろいやすい子どもの隙をつき、母親がうまく片付けていたのだろう。

そんなある日、母親が言った。
「お父さんがお仕事する場所が変わったの。小学校に上がったら引っ越すわよ」
幼い僕にも、引っ越せば今までの友達とは一緒に遊べないという程度の理解はできた。

真っ先に頭に浮かんだのはミホちゃんの顔だった。
思いついたらすぐに実行に移せる行動力こそが幼児たる所以だ。
早速ミホちゃんに会いに行った。

「ミホちゃん、これ、あげる」
そう言って僕は、ミホちゃんにひとつのビー玉を手渡した。
どんなにコレクションが変わろうと、これだけは常に手の届く場所に置いておくほどのお気に入りだった。
――引っ越して、もう会えなくなるから……
という説明が、うまくできない。
「えっいいの? こないだちょうだいっていったときはダメだっていってたのに」
ミホちゃんはとまどいつつ、ためらいがちに受け取った。
「うれしいけど、おかえしにあげられるもの、いまはなにもないの。ごめんね」
同じ年齢なら女の子の方がずっと大人だ。小学校入学前にこんな受け答えのできる男の子なんて、まずいない。
もっとも今思い返してみれば、なかなかちゃっかりしていると言えなくもないが。

彼女とはその後、高校で再会した。
彼女の家も引っ越し、同じ高校に通うことになったのだ。
しかし高校に通うあいだ、彼女とはつきあうどころかろくに話もしないまま卒業してしまった。
幼い頃は知っていても、小学・中学のことはお互いに知らない。照れがあったのだろう。

今なぜこんなことを思い出しているかと言うと、社会人になってからの同窓会の真っ最中で、ほぼ正面に彼女が座っているのだ。
高校を出て、割とすぐに結婚した彼女は、成人式のころには母親になっていたという。
お子さんは家に預けてきたそうだ。
「理解のある旦那さんなんだね」
僕も、そのくらいのことは言える年齢になったということか。
「旦那の親と同居なのよ。理解があるのは義父母のほうね」
やや旦那をけなしているように聞こえなくもなかったが、幸せそうなその表情は、もう僕の知っているミホちゃんではなかった。
「あ、そうそう。これ――」
そういって彼女は、カバンの中からビー玉をとりだした。
「あのときの……!」
驚いた。僕があげたビー玉。まだ……。
「ずっと宝物だったのよ。まだ持ってていい?」
そう言い終えたとき、ほんの一瞬だけミホちゃんの表情に戻っていた。
「もちろんだよ――」
語尾を飲み込むかどうか迷い、結局言葉に出していた。
「――ミホちゃん♪」
軽くつねられた。

僕は、いつ結婚できるだろうか。
その時が来るまでは、彼女のこの笑顔を宝物として胸にしまっておこう。


あとがき
FC2コミュで出されたお題への投稿、第2弾。
これ、1260文字くらいあるんだよね。
字数制限は1000文字だから、ニュアンスを変えない程度に260字削らないとね。
文章を短くするのって、思いの外難しい……。


エキサイトブログ公開時に頂いたコメント
Commented by 東南大門 at 2007-12-10 20:56
おぉ・・・!!!
なんかええ話ですな!!
これが文才ってヤツですかね・・・
正直羨ましいです

こちらからもリンク貼らせて頂きました~
これからもよろしくお願いします

Commented by kstation2 at 2007-12-11 12:03
東南大門さん、早速どもです!^^
いえいえ東南大門さんの文章もなかなかどうして、キラリと光るギャグセンスをお持ちではないですか♪
▼追記(18歳未満閲覧危険……嘘ですよ♪)▼
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夢 

( 2008/01/10 22:23 ) Category 短編/お題 | CM(10)

全てにおいて完璧なものをすでに持っている人は、夢など見るのだろうか。
「夢」の対義語が、もし「現実」なのだとしたら……。
夢のような現実の中に暮らす人にとって、最早夢など必要ないということか。

何も持っていない俺は、そりゃ夢はあるけれども。
「夢」の対義語、本当は「絶望」なのだとしたら……。
俺にとっては「現実」≒「絶望」ってことか?

やめたやめた。こんなこと考えだしたら寝られねえ。

クラスの中に、頭脳明晰(成績優秀)・スポーツ万能・容姿端麗、しかも親は金持ちという非のうちどころのない奴がいる。
当然なのだろうけれども、誰からも好かれる。
妬ましいんだけど、こんな卑屈な俺でさえ、奴のことは嫌いになれない。
奴には、夢などあるのだろうか? 見る必要などないようにさえ思える。

ある日、奴が俺に言った。
「そろそろ、起きようかと思うんだ。いつまでも夢の中にいるわけにはいかないし」
なぜか、背中がヒヤリとした。
「突然なにを言い出すんだ」
わけもわからず、俺はあわてた。
「それじゃ。楽しかったよ」
まてよ。
「あーあ。よく寝た。ツライ現実が待ってるけど、起きるとするか」
ついに、奴は起きてしまう。
そして、奴の夢の住人でしかなかい俺は


あとがき
これも、FC2のコミュニティに投稿した奴です。
他のメンバーさんからのご指摘があったとおり、「俺」こそが現実世界における俺。
夢から覚めることで消えてしまうのは、実は「奴」の方なんです。
ま、だからどーしたって感じですよね……。。。


エキサイトブログ公開時に頂いたコメント
Commented by のだた at 2008-01-11 17:36
睡眠時に脳内で見る「夢」の対義語は現実。
自身がなりたいものややりたいこと、言わば理想を指す「夢」の対義語は絶望。

「夢」という一つの単語も、場合により意味するところが変わります。
故にそれの対義語も、必然的に意味するところが変わってきます。
上に書いたのも有力な意見なだけで、本当のところは私には分かりません。

それにしても不思議な文ですねぇw
現実世界から「奴」が消えるということは、「奴」にはまた別の世界があるのでしょうか・・・?

ぅぅむw
こういうのは読んでて楽しいです!

Commented by kstation2 at 2008-01-11 18:43
深く考えてはいけません。
なぜなら何も考えずに書いておりますゆえwww
よりよい現実を目指して奴を追いかけているのに、奴は奴で別の世界を目指している……
みたいな。ただ単に消滅するのとはまたちょっとニュアンスが違ったり……
でも実はそこまで考えていなかったりwww

Commented by 寝不足 at 2008-01-12 10:20
夢…読みました~。
読み終えて思ったのですが、
夢の中の住人を主人公にした小説っていうのも面白いかもしれませんねえ。
長編も頑張っておられるようで…。
小説書くのって楽しいですよね!
(自分はまったく書かなくなってしまいましたが:汗)

Commented by kstation2 at 2008-01-15 12:42
寝不足さん>>
ご高覧いただき恐縮です。
いつかまた、寝不足さんの新作も読めたらなぁ~、なんて(笑)
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食事 

( 2008/04/08 12:07 ) Category 短編/お題 | CM(19)

 1LDKで家賃5万5千円。築20年という古さが微妙だが、大家がしっかりした人なのできちんと改装済みの物件だ。首都圏と較べれば安いのは間違いない。
 彼女と相談し、お互いの職場にも近いという立地条件の良さが決め手となって契約した。
 先月まで、狭いと感じていたこの部屋。
 今月からは、広い。
 そして、寒い。
 もうすぐ初夏を迎えるというのに、まるで冬に逆戻りしたようだ。
 ここが落ち着かない広さを感じる部屋となってしまってから2週間経つが、まだ慣れない。
「なんだか古典的というか。置き手紙残して居なくなるなんて」
 一方的だな。否、違う。一方的だったのは……悪いのは俺の方だ。
 彼女は、何度もサインを送ってきたというのに。俺は気付かなかった。
「そうじゃない……な。気付かない振りをしたんだ」

“あたしは空気じゃないんだよ!”

 なぜしっかり話し合わなかったのか。振り返ってみると、彼女の楽しそうな顔はあまり思い浮かばない。泣きそうな顔や、怒っている顔ばかりだ。
 彼女のサインを受け取らなかったのは、俺が鈍かったから?
 いや、記憶を美化しても虚しいだけだ。俺が狡かったのだ。泣かせたのも俺。怒らせたのも俺だ。
 俺は会社から任されたプレゼンに成功して成約する確率が上がった。そのたびに打ち上げと称して飲み会に行った。そうでなくてさえ顧客の接待で帰りが遅くなる日が続いていたというのに。
 最初は彼女も祝ってくれた。彼女が用意してくれた食事が無駄になっても、その日の内に帰れば彼女は笑顔さえ見せてくれていたのだ。
 そのうち、連絡もなく俺の帰りが遅くなるのは当然のことのようになり、彼女の笑顔は消えた。
 結局、甘えてしまったのだ。俺は、彼女に。

 それにしても、休日は手持ち無沙汰だ。
 槇原敬之を聴いてみた。そして、すぐにやめた。失恋の気分に余計に深く浸ってどうする。俺はバカか。
「というか……。100%バカだけどな」
 救いのない独り言が増えた。意識して独り言を我慢しないと、マイナスの気分が募っていく。
 さて、昼飯でも作るか。
 冷蔵庫を漁った俺は、またしても独り言を呟く。
「げ。牛乳の賞味期限、先週で切れてるし。……そういえば買い物してないし」
 仕方ない。またカップラーメンか菓子パンでも買ってくるか。
 そういえば、もう昼だというのにまだパジャマを着たままだ。着替え、財布を持ち、玄関に向かった時――。
 呼び鈴が鳴った。
 何かの勧誘だったら面倒臭いが、ちょうど出掛けるところだ。セールスマンなら適当にあしらってやる。

 ドアを開けると、目の前にスーパーの袋があった。中身がいっぱいで、相手の顔が見えない。だが……。
「あ……!」
「これからカップラーメンでも買いに行くつもりだった? どうせ、ちゃんと食べてないんでしょ」
 ええと。こういう時、なんて言えばいいんだろう。
 俺が絶句していると、相手がもう一度話しかけてきた。
「……ただいま」
「……おかえり……」
 俺はドアを大きく開け、彼女を迎え入れた。
「これからは、たまには俺も作るよ」
「ん?」
 俺と君の、二人のための食事を。


あとがき
またまた、FC2のコミュで出されたお題に投稿してみました。
えーと。ベタな展開ですみませんです。


エキサイトブログ公開時に頂いたコメント
Commented by ギン at 2008-04-08 21:10
( ;∀;)イイハナシダナー
失って初めて気付くっていうのがよく分かりますね~。
逆に言えば失うまで気付かない、と。
これは良い教訓となりますねw

Commented by kstation2 at 2008-04-08 21:25
えへへ。
これを教訓に、ギンさんは恋人を大切にするイイ男になりますように♪

注:フィクションです。私の体験談ではない……はず……だ…orz
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金魚すくい 

( 2008/07/15 00:01 ) Category 短編/お題 | CM(9)

 去年の夏、金魚すくいで手に入れた金魚を水槽に入れ、出窓に置いた。
 全部で六匹いた金魚は全部死んでしまったが、中三になった俺は、今年は夏祭りに行くつもりはない。
 塾で志望校への合格診断をしたところ、俺は合格ボーダーラインなのだ。みんなが遊んでいる時間こそ、自分の勉強時間に充てないと志望校に合格できない。

 金魚すくいでゲットした金魚は全部で六匹だ。金魚を飼うにあたっては、水槽の底に敷く砂利やプラスチック製の水草、アクアポンプまで用意して、小指の先ほどの大きさの金魚たちがどこまで大きくなるのか楽しみにしながら、最初のうちは毎日観察していたものだ。
 その後、エサは毎日欠かさずやっていたが、いつ頃からか水を換えるのが面倒になり、週に一度だったのが二週間に一度、一か月に一度と、どんどん間隔が長くなっていった。

 汚い水の中で、最初の一匹が死んだ時には反省した。
 死んだ金魚を庭の土に埋め、それからしばらくは週に二度、水槽の水を交換した。
 しかしそれも長くは続かず、気付くと水を交換する頻度は再び月に一度に戻っていた。

 やがて半年が過ぎ、金魚は三匹に減っていた。
 だんだん、水槽を眺めることがなくなり、そこに金魚がいることを意識する時間がどんどん減っていった。

 先月、最後の一匹を土に埋めた。
 三匹目までは埋めた後に手を合わせていたような気がする。
 最後の一匹は、埋めるのさえ面倒に感じていた。

 歳の離れた弟と妹が一人ずついるが、小学生の彼らは夏祭りに行きたがるし、帰ってきてからも興奮して騒ぐことだろう。今年も金魚すくいに挑戦するだろうが、あいつらのウデでは金魚を一匹もゲットできず、必ずこういうのだ。
「お兄ちゃんが金魚すくいしてくれればよかったのに!」
 俺に気を遣った両親は、弟たちを祖父の家に連れて行き、今夜はそこで泊まるという。
 理想的な環境で勉強していた俺だが、夜中の勉強がはかどらず、こんなことなら夏祭りを覗きに行っても良かったかな、と思い始めていた。

 ぴちゃん。

 ああ、また金魚がはねている。
 いや待て。六匹とも死んだはずだ。

 おそるおそる出窓を振り向くと、片付けたはずの水槽の中、元気に泳ぐ金魚の姿が。
 目を擦った。
 再び目を懲らすと、出窓には風に揺れるカーテン以外、何もなかった。

 また、金魚すくいしてこようか。今度こそ、途中で飽きたりせず、きちんと面倒を見るから。
 ……いや。中三になった俺は、今年は夏祭りに行くつもりはない。
 俺は出窓に向かい、今はもういない六匹の金魚のために、手を合わせた。

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投げる者、掴む者 

( 2008/07/17 12:32 ) Category 短編/お題 | CM(12)

 振り抜く左腕から矢のような速球が繰り出される。
 キャッチャーミットから響く音は、恐らく間近で聞くと物凄い音量に違いない。
 三塁側応援席の後ろの方にいる俺たちのところまで、小気味の良い音が届いた。
 未だ衰えぬ剛速球。もう九回だというのに、素晴らしいスタミナだ。
「凄いじゃないか、あの一年坊主。球威が落ちてない」
「豪腕ピッチャーだ。充分褒められるべき内容だがな。欲を言えば――」
 感心して呟く俺は、俺たちがいま応援している高校の野球部OBである。元ピッチャー。答える相手は当時俺とバッテリーを組んでいた元キャッチャーだ。
 県大会二回戦敗退の俺たちが、目の前で今にも甲子園への切符を掴もうとしている後輩たちを批評するの図はなんだか滑稽だ。
 俺は相棒に視線を向け、先を促した。
「強気に攻めるのもいいが、少しだけでいいから慎重さが欲しいかな。八回あたりから、リリースポイントが高くなってきてる。見ろ、球も高めに浮き始めているぜ」
 相手チームのネクストバッターズサークルには、四番打者が控えているのだ。わずか1点のリードでは心許ない。
 だが俺たちは、思ったことを全て言葉にしない程度には大人になっていた。応援席に居並ぶ熱狂的な観客の手前、気を遣ったのだ。
「甲子園まであとふたり。さすがに緊張してるのかもな」

 ――ストライクバッターアウト!

 相手チームの三番が凡退した。
「これで十七奪三振か! 凄えな、俺の記録の倍を超えたぜ」
 俺の八奪三振は、しかし公式試合での記録ではない。単なる練習試合だ。
 それをあいつは、高校に入りたてだと言うのに。
「もう充分だ。もし負けても、あいつら全員に奢ってやろうぜ」
「……」
 沈黙する相棒。俺は視線を感じ、相棒を見た。
 奴は俺の目を見て呟くように言った。
「あの一年坊主に嫉妬してんのか?」
「は? 何言ってる?」
「あいつらは負けねえよ。試合が終わる前から、負けること考えてんじゃねえよ!」
「――!」
 俺ははっとした。
 そうだった。俺たちの“夏”が終わったのも、一番の原因は俺のこの気持ちの弱さにあった。
 最後の一球――


 九回裏、フルカウント。俺は相手の四番打者と対決していた。相手にとっては一打サヨナラのチャンスだ。
「もういいさ。俺は充分にがんばった」
 七回にピッチャー返しを右大腿部に受け、スプレーで冷やしながら投げ抜いた。
 しかもこの打席、フルカウントになってからもファールで執拗に粘られ、俺は気持ちが萎え始めていた。
 相棒がタイムを取り、マウンドに近付いてくる。
「おい。あと一球だ。奴は振り遅れてる。まだ二回戦だぜ、気持ちで負けんじゃねえぞ!」
「そんな風に見えるのか。……っせーな、打たせねえよ!」
 こいつを抑えても延長になるだけ。その思いが、俺の投球を雑な物にしていた。それを気遣う相棒を邪険にキャッチャーマウンドに追い返した上、相棒のサインさえろくに見ようとせずに俺は投球モーションに入った。

 ――キィーン!

 小気味よい金属音に、一瞬頭が真っ白になる。
 肩の力を抜けば最高の一球が投げられると思ったのだが、俺の投げた球は気が抜けたように真ん中高めに入ってしまった。そして、スタンドに運ばれた。
 痛恨の一球。しかし俺は、その白球を苦笑いしながら見送った。
 ひとりで投げてきたんだぞ。さっき、ピッチャー返しを受けたんだぞ。
 力が無いから負けたんじゃねえ。他の投手より過酷な条件で投げてきたんだ。同じ条件なら俺は負けねえ。
 言い訳の材料はいくらでもあった。根拠のないそれらの言葉に縋ることの情けなさに気づきもせず、俺は負けてもへらへら笑っていた。心の底では、負けた理由をピッチャー返しのせいにできてラッキーだとさえ思っていたかも知れない。
 俺など足元にも及ばないほど過酷な条件にさらされながら、それでも勝ち抜いたピッチャーはいくらでもいるというのに。
 俺は勝負を投げてしまったのだ。
 この土壇場であれだけのバッティングが出来る四番と対決していたのだから、気を抜くなどもってのほかだったのだ。
 ひどい甘えん坊だ。あんな俺、今思い出すと恥さらし以外の何者でもない。
 負けた後、言い訳ばかりが口をついて出た。だが、心の中ではいつも試合前の監督の言葉がリフレインしていた。
「試合を投げるな。球を投げろ」
 試合後、監督は俺達を労うばかりで、説教じみた言葉は一切吐かなかった。


「……るな」
 相棒が球場に向き直る。
 力の有無だけでは決まらない。試合に運はつきものだが、運なんてものは自分で切り拓くものだ。何より一番大事なことは。
「気持ちで負けるな! 思い切り行け!」
 俺と相棒の声援がひとつに重なった。

 ――キィン!

 相手の四番にも意地があるのだろう。打ち取ったかに見えた打球はイレギュラーなバウンドをして、内野安打となった。これにはさすがに運の悪戯を感じずにはいられないが、相手にとって見れば四番打者の強い気持ちが呼び込んだ幸運なのかも知れない。一塁側応援席は俄然盛り上がった。
「見ろよ、あの一年坊主の目」
 相棒に言われるまでもない。
 あの時の俺が持っていなかったものを、あの一年坊主は持っている。ニヒルなふりをして苦笑いなどせず、キャッチャーのサインに鋭い視線を向ける。決してあきらめず、極限まで集中している目。
 もう、絶対に打たれない。
 その視線には金属バットにさえ穴を穿つかと思わせるほどの力がこもっており、言葉より雄弁に投手の決意を物語る。
 あいつなら、甲子園常連の強豪校二年・三年の選手たちを相手に一歩も引けをとらないピッチングを披露するはずだ。
 土壇場で自身の持つ最高のパフォーマンスを発揮できる奴。そんな奴こそが、勝ち進む運を掴むのだ。
 あいつは七回以前までのピッチングを取り戻した。
 ギリギリまで球を掴むピッチングを。
 俺たちが見守る中、あいつは左腕を豪快に振り抜いた。
 甲子園への切符をその手に掴むために。

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怪盗ラヴィ 

( 2008/11/13 03:56 ) Category 短編/お題 | CM(2)

予定のひとつめ、うさこさんへの1000hitキリ番のお礼にかえて、うさこさんが執筆されている作品のオマージュを発表させていただきます(1話完結)
ラヴィくんを主人公とした「翼」シリーズに最上級の敬意を捧げます。

追記に本編を置いてあります。

ああああ。まだまだだ、私……orz




『怪盗ラヴィ』

 赤色の線が闇夜を裂く。
 紙を破るような音に遅れて熱い空気が鼻先をかする。それは、鏃に火をつけて射かける火矢。
「っ……!」
 少年は無言で飛び退る。
 彼の動きに合わせ、年格好に不似合いなインバネスコートの裾が風になびく。
 薄茶色の髪が風に揺れ、しっかりと両足で地面を踏みしめた。紅顔の美少年。鮮やかな翡翠を思わせる双眸は、闇を射抜くほど強烈な光を宿す。

「ジィン! 防御」
 闇の中、彼以外の人影が見えない。だが、そばに誰かが居るのか、少年は命令を発した。
《遅えよ! もうやってる!》
 少年にしか聞こえない声がいらえを返す。主にしかその姿を見せない精霊――ジィンの声。ただし、とても主に対するものとは思えない口調だ。
 ジィンが炎の壁を具現化させる。壁は飛来する火矢をことごとく受け止め、地面に叩き落とした。
《けっ。相手はただのニンゲンか。ナンだこのチンケな武器は》
 余裕を見せて嘲笑する精霊は、少年よりもずっと小さな――手に収まる程度の体躯である。まん丸で、オレンジ色のふわふわした物体。そして――
「やたら目付きが悪い」
《うるせえ、馬鹿ラヴィ! 緊張感がねーんだよお前は!》
 ラヴィと呼ばれた少年は嘆息とともに苦笑を漏らす。苦笑とは言え柔らかで上品な笑みであった。
「ジィンに言われたくはないね」
 複数の足音がラヴィとジィンを取り囲む。

「観念しろ怪盗め! もう逃げられんぞ」
 叫ぶ男が手に持つ松明がラヴィを照らす。彼を取り囲んだのはいずれも屈強な男たち。手に手に剣や弓を持ち、油断無く身構えている。その数は十数人ほど。
 対するラヴィは圧倒的に不利な状況もどこ吹く風といった風体だ。武器ひとつ持たず、無邪気に微笑み自然体で立っている。
 取り囲む男たちのうちの一人が剣を手につかつかと歩み寄ってきた。浅紫の瞳に黄色の肌、鍛えられた屈強な筋肉を持つ偉丈夫だ。
「ど、どこに行った!? 姿が見えんぞ。この名探偵クレイド様に恐れをなして逃げ去ったかっ」
 威圧されると思いきや、クレイドと名乗った男は突然うわずった声をあげる。ラヴィは拍子抜けした。
「は? 僕、ここに居ますけど」
 クレイドはゆっくりと視線を下げていき、ラヴィを認めるとぴたりと止めた。蔑む口調で告げる。
「怪盗っていうからどんな大男かと思っていたんだがな。なんだ、こんなチビだったのか」
 ぷちっ。
《あーあ、言っちまった》
「だれがチビだ、ごらぁー!!」
 ラヴィは激昂した。
《へーへ。やりゃいいんだろ》
 ジィンの両眼が赤く光る。実は、ラヴィは全く興奮などしていない。それはラヴィからジィンへの合図だった。

 唐突に膨れ上がる光芒。
 慌てて目を覆う男たちを、次の瞬間さらに轟音が襲った。鼓膜を震わす大音響。束の間、男たちの聴覚が麻痺した。
「あれ?」
 爆発を覚悟した男たちは、自分たちが五体満足であることに気づき、安堵する前に訝しんだ。
「光と音だけだ。してやられたぜ」
 クレイドが呟く。彼は夜空を見上げている。その視線の先を他の男たちも追った。
 宙高く舞う紅蓮の大鳥。気高き畏焔を纏い、深紅にして王の風貌を持つ──
「サ、サラマンダー!? 精霊使いなのかっ!」
 爆発と共に己の真の姿を具現化したジィン。今、彼の巨体は地上に居並ぶ男たちにもはっきりと見えている。翼を広げた怪鳥サラマンダーの威容だ。
「ごきげんよう、名探偵クレイドさん。“蒼穹の涙”はいただいていくよ」
 ジィンにまたがり、ラヴィが高らかに宣言する。掲げた手の中で、大きな青い宝石がジィンの発する赤い光を反射していた。
 射かける火矢のうち、数本がジィンの体に命中する。しかしジィンの皮膚には傷ひとつ付けられない。
 クレイドが射手に向かって呟いた。
「やめとけ。炎の精霊に火矢など無意味だ」
 むなしく矢を射る射手の横で、手持ち無沙汰に剣を携えた別の男がクレイドに話しかける。
「どうするんですかあ。盗られちゃったじゃないですかあっ」
 戦意を喪失し、完全に気が抜けている。クレイドは男を鋭い眼光で睨め付け――、しかしすぐに笑顔を向けた。
「だれがあんなガキに高価な宝石を持たせてやるものか」
「え? じゃあ」
 クレイドがもったいぶって懐から何かを取り出す。その手の中には先ほどラヴィが持っていたものと同じ大きさの青い宝石。
「こっちが本物。依頼は怪盗を捕まえることじゃなく、宝石を守ることだ。これで報酬ゲットだな」
 そう言ってクレイドは豪快に笑った。



 意気揚々と依頼主である貴族ラフォレア邸に引き上げたクレイドは、早速当主に報告をした。
「守りきったぜ。報酬をもらおうか」
 黒スーツの執事、セリムがクレイドに咎める視線を向けた。
「クレイド様、お若いとは言えサラ様はラフォレア家の当主様であらせられます。失礼な言動は――」
「よい、セリム。クレイド殿、まずは礼を言う。“蒼穹の涙”を見せよ」
 執事の言葉を遮ったのは絹のように細い髪の女性。完璧な美貌は人であることを疑いたくなるほどだ。
「あわてなさんな。この俺が大事に懐に入れて持ち歩いてたんだぜ。怪盗ラヴィとやらも、まさか本物が俺の懐にあるとは気付かなかったようだ」
 言いながらクレイドは懐に手を入れがさごそと宝石を探る。やがて探し当てた手が服に引っかかったのか、なかなか出てこない。クレイドは照れ隠しに話題を探した。
「しかし、“蒼穹の涙”とはね。宝石の名前というより、酒の名前みたいじゃねえか」
「ふ。クレイド殿はいけるクチであろう。この後、一献つきあわぬか?」
「サラ様!」
 セリムの制止など聞きもせず、サラはクレイドに嫣然と笑いかけた。
「あんたみたいな美人と飲めるならいつでも大歓迎さ。……だが俺は庶民だ。堅っ苦しい酒の席なら遠慮するぜ」
「案ずるな、無礼講だ。それに貴族は王族ではない。私とて堅いのが苦手なのは貴殿と同じ」
 ようやくクレイドの手が懐から抜けた。

「んなっ!」
 セリムの奇声。クレイドは執事に訝る視線を向け、次いで自分の手に視線を戻した。
「のわあっ!!」
 びよよーん。
 握った拳の上下から、ばねがとびだしていた。それぞれの先端には宝石と同じ大きさの、舌を出した顔が描かれたボールがついている。ボールに巻き付いていたのだろうか、ごみのような紙切れが一枚、床に落ちた。
「……んのクソガキぃ!」
 クレイドの顔が、みるみる朱に染まった。

「くそっ!」
 クレイドが手の中のおもちゃを思い切り床に叩きつけようとすると、目の前を一陣の風が通りすぎた。
 セリムがクレイドのすぐ目の前で飛び込み前転を披露したのだ。
「な?」
 立ち上がったセリムの手の中にはクレイドが叩きつけようとしたばねのおもちゃが収まっている。
「滅多なことをするものではありませんぞ、クレイド様」
「何言ってる?」
 ふたりの会話に、サラの声が割り込む。
「く」
 クレイドははっとしてサラに向き直った。
「すまないお嬢さん。まんまと怪盗にしてやられた。俺には高価な宝石を弁償する財力がない。打ち首にでもなんでもするがいい。だがその前に、もう一度だけチャンスをくれ。あのガキをとっちめ――」
「ははははは!」
 クレイドの言葉は、愉快そうに笑うサラの声に掻き消された。
「酒だ、酒。いやー、愉快愉快」
 サラの真意がわからず、クレイドは物問いたげにセリムに視線を向ける。
 クレイドは、柔らかな笑みを湛えるセリムと目が合った。
「よいのです、クレイド様。こちらが、本物の“蒼穹の涙”でございます」
「……」
 にやりと笑うクレイドの額には青筋が立っていた。
 ――こいつら、最初から俺をからかうためだけに……。
「ふははは……。お嬢さん。あんたまさかラヴィと……」
「気付いたか。さすがは名探偵」
 しれっと答えるサラ。
「床に落ちた紙切れを拾うがよい、クレイド殿。主様からのメッセージだ」

“本編ではいつも可愛がってくれてありがと、師匠♪ ささやかないたずらのお詫びに、極上の美人とお酒を楽しんでね。不肖の弟子より”

 それがキーワード。クレイドは完全に夢から覚めた。
 サラと一緒に酒を飲みたいと言ったのは確かにクレイドだ。
 ――だからって、誰が催眠術をかけろと言ったか。
「あんの馬鹿弟子め。火に油を注ぐとはこのことだ。……ふっ、まあいい、せっかくの酒宴は存分に楽しませてもらう。だがその後は……。覚えてろ。ぐふふふふふ」
 クレイドはサラを見ながら、“手出しできない女など、絵に描いた餅だ”などと胸中に呟き嘆息を漏らすのだった。
「?」
 サラはサラで、貴族然とした態度はそのまま、クレイドに嫣然と笑いかけていた。



 同じ頃、空の上。
「気のせいかな、ジィン。なんか、背中がぞくぞくするんだけど」
《鍛え方が足りねーんだ、馬鹿ラヴィは。風邪ひきそうなら燃やしてやるぞ》
「……遠慮しとく」
 しばらく無言で飛行を続ける。
「ねえジィン」
《ナンだ》
「師匠、きっと喜んでるよね♪」
《そんなこと俺が知るか》
 一抹の不安を胸に抱き、“怪盗ラヴィ”は夜空のかなたへと飛び去っていった。


~「怪盗ラヴィ」 完~

▼追記(18歳未満閲覧危険……嘘ですよ♪)▼
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【キリリク】夕映えと日焼けの頃 

( 2009/03/04 00:04 ) Category 短編/お題 | CM(15)

当ブログ10000ヒット記念。
お待たせしました m(_ _)m
愛音さんリクエストの短篇です。
愛音さんからいただいたお題は、愛音さんを主人公にしたせつない学園恋愛ものです。
学園ものなのに、学校そのものの描写がほとんどないという(^^;

こ、こんなんで納得してもらえるんだろうか(どきどき)
追記から、どうぞっ。

夕映えと日焼けの頃

 初夏の夕映えが愛音の白い制服を茜色に染める。
 現在どの部活にも所属していない愛音が、この時間に帰宅することは珍しい。
 もうすぐ夏休みが来るこの季節、日が長くなったこともあり、下校途中だった愛音は少し本屋に長居してしまったのだ。
 結局雑誌と文庫本を一冊ずつ買って、家までの残り半分の道のりを歩く彼女に、後ろから声がかけられた。
「珍しいな。愛音がこの時間に下校だなんて」
 クラスメートの男子だ。クラスで唯一のボート部員である彼は、クラスメートたちの中で一足早く真っ黒に日焼けしていた。
「修治。今日部活はどうしたの」
 思わず高鳴る動悸。愛音は修治に見えないよう小さく深呼吸すると、修治と並んで歩き始めた。
 修治とは中学も同じであり、住んでいる場所は近い。帰る方向が同じなのだ。
「今年は一年がたくさん入部したんで、艇庫に入りきらないのさ。今週は出艇練習と陸上練習、交替なんだ」
「そうなんだ。ボートって、たくさんの人数で漕ぐんでしょ」
「高校は、四人漕ぎと二人漕ぎと一人漕ぎの三種。四人漕ぎの艇には操舵手(コックス)も乗るから総勢五人だ。俺は孤独なシングルスカル」
「あはは。それって慰めるところ?」
 愛音のツッコミに、修治は後頭部をかいて「流してくれ」と苦笑混じりに言った。
「そういえば修治この前、八人乗りの競技もあるって言ってなかったっけ」
 この時、修治の表情が微妙に変化するのを愛音は見逃さなかった。
 何かまずいことを言ってしまったのだろうか。愛音が心配していると、今までと変わらない口調で修治が言った。
「よく覚えてるな。エイトは大学の花形さ。俺は大学でエイトに乗りたかったんだが」
 語尾に含む物を感じた愛音は話題を変えようとした。
「あっごめん、あたし変なこと聞いちゃったかな。ところで――」
「あれ、気を遣わせちゃったか……。何でもないよ、ただ、大学ではボート以外のことに力を入れたくなったんだ」
「ああ、そうだよね。一つのことに打ち込むのもいいけど、今のうちにしかやれないことだってあるもんね」
 修治は立ち止まり、珍しい物でも見るような目で愛音を見た。
「な……なによ」
「いや、なんかそういう言葉って、親や教師から聞くもんだと思ってたんだがな。まさか同級生から聞くとは」
「悪かったですね、オバサンで」
「ははは、いや、でもありがとう。愛音にそう言ってもらえると、ちょっと気が楽になった」
 再び歩き出した修治は、そこで初めて愛音が本屋の袋を抱えていることに気付いた。
「ああ、本屋寄ってたんだな。何買ったんだ」
 愛音がタイトルと作者名を告げると、意外にも修治は知っていたようだ。
「ああ、そう言えばこないだその人の作品が映画化されていたね」
「それで知ってたのね。読んでみる?」
「恋愛小説だろ。……遠慮しとく」
 その返事は、その年頃の男の子としてはごく自然の反応であろう。愛音は少しだけ残念に思った。

 そんな愛音の気分を知ってか知らずか、修治はまた部活の話題に戻してしまう。
「ところで来週末、一学期最後の部活の試合があるんだけどさ。弁当要るのに親いねえの」
 ――あたし、作ったげよか?
 即答したかった愛音だが、言葉に出しては「あら、それは大変ね」と言ってしまった。
「そうでもないさ。彼女に作ってもらうから」
 一瞬、言葉を失う愛音。辛うじて平静を装い、そのままのペースで歩き続ける。
「彼女、いるんだ。……そうだよね」
 何故、確かめなかったのだろう。いつ、修治に彼女ができたのだろう。愛音は告白さえしていない相手に対し、奇妙な喪失感を感じながら適当に相槌を打った。
「なんて、ね。一度言ってみたかった。しかし残念ながら修治君、年齢と彼女いない歴が一致した冴えない記録を更新中であります」
 心の底からほっとした愛音。今度は顔に出てしまったかも知れない。
「じゃあさ、お弁当どうするの」
「コンビニ弁当でも買うさ。手っ取り早いし」
「よかったら、あたし作ってあげるよ。ボートの試合、一度見てみたいし」
 またしても立ち止まった修治。
「えっと……本気?」
「うん」
 一瞬俯く修治。愛音はびっくりしたが、修治が小さくガッツポーズを作っていることに気付いて微笑んだ。
 顔をあげた修治は嬉しそうに笑っていたが、すぐ何かに気付いたような顔をして言ってきた。
「あ、でも俺なんかの彼女だと誤解されたら迷惑だろ? ノリで言っちゃって引っ込みがつかないんだったら気の毒だから、無理しなくていいんだぜ」
 人間、高二まで彼女ができないと、こうも慎重になるものなのか。愛音は苦笑しながら言った。
「コンビニ弁当じゃ寂しいじゃない。あたしに任せてよ」
「ありがとう! めっちゃくちゃ嬉しいよ」

 試合はインターハイなどとは違い、その日限りの大会であり、一般の部の合間にオマケのように高校の部があるといった印象の大会だが、出艇する高校はどこも真剣だった。
 結局試合は惨敗だった。舵手つきクォドルプル、ダブルスカル、そして修治のシングルスカルと、いずれも予選落ち。敗者復活戦に賭けるしかない状況となった。
「修治。彼女の前でいいとこ見せられないなんて最低だな」
「彼女じゃないって! ただちょっと同情して弁当作ってくれただけ!」
 むきになっている修治をちょっとかわいいと思いつつ、愛音は彼の鈍感さに内心ややあきれていた。
 チームメイトたちは愛音には優しく、修治には顔を合わせるたびにからかった。修治が出艇準備をしている時や試合中は、手の空いているクルーが愛音のところに寄ってきては彼のたわいもない悪口やら些細な秘密の暴露やらをしてくれたので、愛音は飽きなかった。
 試合ではいい結果が出ないまま、あっという間に閉会時間が近付いてくる。とうとう、修治たちの高校は敗者復活戦でもどのクルーも勝ち上がることができなかった。
 さすがに全員敗者復活戦敗退という同じ立場だからか、帰る頃になるともう修治をからかう者はいなかった。
 艇の運搬は業者が行い、艇庫への入庫立ち会いは顧問と部長、副部長がいれば充分なので、他の者は現地解散である。
 試合後、着替えて反省会が終わるまでの間、愛音はずっと待っていた。
 もうすっかり夕暮れ時。
「お疲れさま」
「ごめんな。弁当まで作ってもらった上に、貴重な休みを一日潰させたのに無様な試合を見せちゃって。退屈だったろ」
 愛音は首を振った。
「ううん。面白かったよ。思ってたより断然早くて、人数の多いボートは掛け声とかも独特で」
 全力を出し切って、それでも負けてしまって。疲れているはずなのに、ちゃんと気遣ってくれる修治。
 今日一日で、さらに日焼けの色を濃くした彼の顔。その顔を眩しく感じるのは、夕映えが照り映えているせいだろうか。
「優しいなあ。じゃ、俺が日本を離れる前に、何かお返ししないとな」
「お返しなんて……え」
 愛音は耳を疑った。
「日本を……離れる?」
「親父の仕事の都合でね。夏休み中に引っ越して、オーストラリアに永住するんだ。つい二週間前までは、俺が高校卒業するまではこっちに……、とかいろいろと話し合ってたんだけど」
 オーストラリア。永住。他の言葉はまともに愛音の耳に入ってこない。
「英語をマトモにしゃべれるようにならないと、向こうで友だち作るにも苦労するからな。どうせ住むなら、早いうちに向こうの環境と英語に慣れないと。向こうに行ってからも、今日のお礼とは別に、手紙書くよ。そのぐらい今日は嬉しかったんだ。……あ、愛音が迷惑なら手紙はやめとくけど」
 思わず伏せてしまった顔を上げ、愛音は無理矢理微笑んだ。
「……ううん。迷惑じゃないから書いてね、手紙」
 ちゃんと微笑むことができただろうか。夕陽を背にして立っていたので、逆光であまり表情を見られなければいい、と愛音は思った。

 それから次の夏までの間、愛音は修治から三通のエアメールを受け取ったが、それっきり途絶えてしまった。
 愛音は自分の部屋でエアメールを封筒から出さずに眺めていたが、机の引き出しにしまった。しばらく引き出しを開けっ放しにしていたが、やがて静かに閉める。
 高校生にもなって、不器用で鈍感な男の子。オーストラリアでは、うまくやっているのかな。
 ――不器用なのはあたしも同じだけど。
 机の上に置いた写真。金髪の友だちと並んで、夕焼けを背景にして映っている修治。相変わらず真っ黒に日焼けしていた。
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【うさこ様へ】その白さに魅せられて 

( 2009/03/14 00:00 ) Category 短編/お題 | CM(4)

窓から差し込む朝日。
その心地よい眩しさ。

ソファに背を預けて安らかに寝入っている。
それはとても自然な景色。

朝日より眩しい見飽きぬ景色。
その白さに魅せられて同じことをしてしまう。

純白の輝きが似合う君だけど……
もうそろそろ僕の色に染めてもいいよね。

僕は後ろから近付いて、
君の肩に手を置いた。

「ん……」
まだ早い時間だ。起きなくていいよ。

僕はゆっくり両腕で君の肩を包み込み
君のうなじに頬を寄せる。

「え……? キースなの」
やあ、うさこ。結局、起こしちゃったか。

僕はうさこの首筋にキスをする。
「い……」

え?

「やああああ!!」





ばちーん!





「いつも言ってるでしょっ! 首筋はゾォォッとするからダメなんだって」
あはは。わかってたけど、またやっちゃった。

これからもよろしくな。うさこ♪



や、、、やっちゃったやっちゃった!!
だ、だいじょうぶかな(ドキドキ)
お、おこられないかな(ドキドキドキドキ)

うさこ様(←本編でさんざん呼び捨てしてるのでかなり下手に出てみるw)のみ
お持ち帰り&展示OKとさせていただきます。
先にYahoo!ブログでファン限定で発表してるんだけどねw
もし……、もしよかったら、もらってやってくださいな m(_ _)m

そして頬を手の形に赤く染めつつも、
うさこさんをお姫様抱っこするキース。
さて、この後どこへ向かうのでしょうね(←まだ妄想するか)www

うさこ様、皆様、素敵なホワイトデーをお過ごしくださいませ^^
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紫煙 

( 2009/09/26 00:06 ) Category 短編/お題 | CM(2)

 未練の言葉はのどに痞え、吐き出すことができない。
「さようなら」
 ようやくしぼりだしたひとことは、彼女の最後の言葉と全く同じもの。単なるおうむ返し。最後まで言わずに済ませようと思っていたのに。
 埋まらない溝。原因を作ったのは俺。
「きみが好きだ。やり直そう」
 もう何度も言った言葉。もう二度と、音として吐き出すことができない。いや、たとえ吐き出すことができたとしても……。
 それはきっと、立ち昇る煙に等しく、はかなくて何の重みもない。
「好きなだけじゃやっていけないの。まずあなたが変わらなきゃ」
 その都度返ってきた彼女の言葉。しかし何度目からか、彼女は沈黙を返すようになった。

 いま彼女は振り向かず歩き去る。俺にはもう見送ることしかできなくて……。
 握り拳を胸に押し当てる。
 痛い。でも、傷ついたのは俺ではない。
「俺が」
 誰に届くでもない――誰に届けるつもりもない言葉を、俺はのどの奥で転がす。
「俺がきみを……傷つけた」
 謝罪さえしなかった。やがて角を曲がり、彼女の背中は完全に視界から消えた。何かの罰ゲームのように、俺はその場に立ち尽くす。
 結局俺は、便利な女を求め、自分だけ楽をしていたということか。
 シニカルに笑おうとして顔面の筋肉を引き攣らせた。頬に違和感。上から下へ――。
 視界が曇る。……格好悪い。幾つなんだよ、俺は。

 翌日、俺はやめていた煙草を咥えた。のどに痞えていたものを煙と一緒に吐き出そう。
 部屋の天井に紫煙が蟠る。
 どんよりと停滞する紫煙を見上げ、俺は噎せ返った。
「もう煙草、いらねえや」
 残った十九本の煙草ごと箱を握りつぶし、ゴミ箱に放り込んだ。 


一昨日の話題ですみません(^^;
ドラゴンズ、リーグ優勝をあっさりと献上しちゃいましたね。

むしゃくしゃしたので失恋小説を書いてしまいました(^^;
うへへ。
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夕暮れのサンライズ 

( 2009/11/06 12:16 ) Category 短編/お題 | CM(25)

 夕暮れの陽光を背負う馬車が、進行方向に影を長く延ばしている。
 今は収穫祭が終わり、冬の到来を控えて町の活気も一段落する季節。国境最北端にあたるこの地方は特に寒く、馬車を引く馬の吐く息が白い。
 その馬車のキャビンの中、金髪をポンパドールに結い上げた女性がゆったりと揺られていた。彼女は、やや控え目に金糸を施した、豪華というより瀟洒なドレスに身を包んでいる。
 ほんのりと化粧を施しているが、あどけなさの残る顔立ちを隠すのは難しいようで、十代半ばの少女であることは一目でわかる。彼女は大きめで愛らしい青い瞳を伏し目がちにし、形の良い鼻の下にあるこれまた愛らしい口を小さくすぼめている。
 その口から、今日何度目かのため息が漏れた。
「オルガお嬢様、ご辛抱なさいませ。今日は婚礼前の大事な打ち合わせの日。そのようなお顔をされていては、伯爵様のご機嫌を損ねてしまいかねません。旦那様のお立場も――」
 金髪少女――オルガを窘めたのは、彼女とほぼ同じ年格好の黒髪の少女だ。メイド服を着た彼女は、オルガの侍女なのである。
「わかっているわよ! でも今日の打ち合わせなんて、衣裳合わせをするわけでもないのだからわたくしなどいなくても」
 オルガの婚約者は金の力で貴族となり、事業の功績を王に認められて男爵から伯爵へと爵位を上げたのだ。何かと口実を作ってはオルガに会いたがる、つまらない男。
 こんな時間に招くこと自体、泊まっていくことを前提としているのだ。今日もまた婚前交渉を求めてくるのだろう。何とかして突っぱねなければ。しかし、今までのようにうまく逃げ切れるだろうか。もう、いっそのこと……。
 オルガの思考は堂々巡りとなる。
「大体、お父様もお父様だわ。お金がないならこんな馬車や贅沢な調度品なんて売ってしまえばいいのに……あ、ごめんなさい」
 オルガは大きな目を見開き、口に手を当てて言葉を止めると侍女を真っ直ぐ見つめた。手を膝において謝罪を表明する。
「わかっているのよ。町まではまだ距離があるし、それまでにきちんと気持ちを整理するから」
 侍女は、まるで母親のようにオルガの手を両手で包み、無言で首を左右に振った。
 彼女らが乗っているのは二頭立ての四輪馬車。王家のものには及ばないが、豪華な造りの馬車は貴族のものと知れる。馬車のドアに彫られた文字は「コートニー」と読めた。

 オルガ・コートニー、十六歳。彼女は幼い頃から器量良しで、将来の美貌について近隣で話題に上らぬ日がないほどだった。
 しかし、コートニー家の現状は順風満帆と呼ぶには程遠い状態となっていた。
 古き栄光に彩られた名家コートニー家は、今や「斜陽貴族」と揶揄されるほどに落ちぶれていた。近代化の波の中で領主制度が廃止され、うまく時流に乗るにはコートニー家の誇りが邪魔をしたのである。
 そんな中、メボータ家をはじめとする新興貴族たちは、金で地位を買ったと揶揄されるものの事業の才に長けた者が多かった。中でもメボータ家は手広く事業を手がける傍ら慈善事業にも力を注ぎ、“庶民の心を知る貴族”として人気を博した。庶民にとってメボータ家は、気位の高い旧貴族たちとは好対照な存在と映ったのである。
 しかし、急激な台頭の裏では黒い噂も絶えなかった。その噂を本気にする国民は、まだごく僅かしかいない。
 メボータ家は、伝統を重んじる旧貴族たちから軽視されないネームバリューを求めていた。一方、ジリ貧の旧貴族コートニー家は有力貴族との縁談に積極的だった。両者の利害が一致し、コートニー家令嬢オルガの噂は必然的にメボータ家当主ブーデ・メボータの耳に入る。
 三十六歳にして独身のブーデは、不摂生を絵に描いたような肥満体型をしている。そのせいか、だらしなさを嫌う旧貴族たちはメボータ家を貴族社会に本気で受け入れようとはしていなかった。メボータ家がいかに資産を増やそうと、いかに庶民の人気を集めようと。
 それを知りつつも、コートニー家当主はメボータ家に娘を差し出す決断をしたのだ。

「貴族に恋愛結婚など有り得ない。お家のために娘が差し出されるのは昔から決まっていること。今さら子どものように嫌がったりはしないわ。でも――」
 続く言葉を呑み込んでため息をつくオルガを、侍女は再び窘めようとはしなかった。主人の気持ちは痛いほどわかっているのだ。
 彼女らの視線が、馬車の右横へと同時に向く。
 涼やかな切れ長の瞳と黒い長髪の、偉丈夫の貫禄と精悍さを併せ持つ青年が馬に乗って併走している。ただひとりの護衛である彼は、今はただ進行方向一点を静かに見つめている。

*          *          *




(長いので分けました。続きは追記を開いてください)
 傭兵ヴィオロ・ズーン。彼は自分の経歴について黙して語らないが、他の傭兵より安い報酬に応じたため、コートニー家の護衛として一年前から雇われていた。メボータ家に正式に嫁ぐまでの間、オルガは馬車で移動する機会が多い。ヴィオロは言わば、オルガ専属の護衛だった。オルガが部屋にいる時以外はほとんどと言っていいほど、探せば近くに彼がいた。
 オルガは十五歳まで女学校に通っていた。普段の生活の中でほとんど若い男と触れ合う経験がなかったのだ。彼女は好奇心を抑え切れず、自分からヴィオロに話しかけた。
「ねえ、ズーンさん。ヴィオロと呼んでもいいかしら」
「……ご随意に」
 それなりに筋骨逞しいが、顔だけ見ると女性的と表現したくなるほど美しく整っている。でも、とても無愛想な男。それがヴィオロに対するオルガの第一印象だった。
 ヴィオロは無口だったが、オルガにとって若い男との接点と言えば彼しかいない。オルガは連日のように時間を作ってはヴィオロに話しかけた。
「お父様は、お金があることが貴族の条件だと思ってらっしゃるのよ。でも、今のコートニー家にはお金がない。お金がないなら、貴族なんてやめてしまえばいいんだわ。わたくしはそれで構わない。ねえ、ヴィオロもそう思わない?」
「…………」
 オルガはヴィオロに対し、かしこまった態度をとることを禁じた。だが、そうすると彼は剣の手入れをしたり、馬の世話をしたりしながら話を聞くだけで、滅多なことではオルガを正面に見据えることすらしなくなった。
「この頃は女の人でもお仕事したりするんでしょ。わたくしだって健康そのものですもの、お仕事だってできるわ。ああ、そうしたら窮屈な家に閉じこもっているよりどんなにかいいことでしょう」
「…………」
 オルガは両手を胸の前で組み、一旦ヴィオロに背を向けると両手を広げて見せた。
「自由。そう、自由よ。最近流行りの言葉よね。なんていい響きなの」
 オルガがコートニー邸の庭から空を見上げると、数羽の鳥たちが飛んでいくのが見えた。
「いいわね。鳥は生まれつき自由で」
「お嬢様」
 ヴィオロの声に、オルガは素早く振り向いた。やっと答えてくれたのだ。笑顔を見せつつも、少し拗ねた声を出す。
「いやよ。お父様がいないところでは、オルガと呼んで」
「オルガ。失礼を承知で言う。鳥が自由だなどと誰が言った」
 オルガの表情がさっと曇る。声を出せずにいるとヴィオロが続けた。
「仮に、鳥たちが自由だとしよう。しかし、鳥たちは羽がぼろぼろになるまで飛び続ける宿命を負う。帰る場所のない自由とは苛烈なもの。その覚悟なき者が気楽に言うものではない」
 全く表情を変えずに淡々と言うヴィオロを睨み付けるオルガ。彼女の顔がみるみる朱に染まる。
「自由のない居場所なんて牢獄と同じよ! 気楽に言っているなんて決め付けないでっ」
 庭を静寂が支配する。
「…………」
 ヴィオロが黙っていると、ほどなくしてオルガは我に返った。
「……なんてこと。わたくしとしたことが」
 両手で口を押さえ、俯いてしまう。
「は」
 ヴィオロの声だ。オルガは上目遣いに彼を見上げた。
「ははははは! 気に入ったよ、オルガ。箱入りでお高くとまっただけの中身のないご令嬢だと思っていたが、誤解だったようだ。この私と真っ向から怒鳴り合える胆力をお持ちだったとは。護衛のしがいがあるというものだ」
「…………」
 今度はオルガが黙ってしまった。先刻とは違う理由で頬を染めていると、ヴィオロが手を差し伸べてきた。
「?」
「粗野な山猿に過ぎぬ私めに、ダンスの手ほどきをしていただきたい。踊っていただけませんか、オルガ」
 意外にも優雅な仕草で言ってくるヴィオロの様子を見て、オルガは「もと王国騎士団の方だったのかしら」と胸中でつぶやいた。
「仲直り、ね」
 オルガはにっこりと笑うとスカートの端をつまんで優雅にお辞儀をし、ヴィオロの手をとった。
 今オルガの頬を赤く染めているのは、いかなる理由によるものか。

 楽しい時間は瞬く間に過ぎる。
「完璧なエスコートだったわ、ヴィオロ。あなたもしかして、もと王国騎士団の――」
「ただの山猿さ。それより、次の予定があるのだろう、オルガ。もう屋敷に戻る時間だ」
「明日もまた、踊ってくださる?」
「いや、私としたことがはしゃぎすぎた。今日は畏れ多くも大それた事をしでかしました。どうかこれっきりにしていただきたい」
 ヴィオロの態度はごく常識的なものだ。後ろ髪を引かれつつ屋敷へと戻るオルガ。
「わたくしは箱入りで中身のないわがままな貴族の娘よ。明日も踊っていただくわ」
「…………」
 ヴィオロは沈黙と無表情で応じた。

*          *          *



 目的地まであと一時間というところで、馬車の振動が妙に激しくなった。
 速度がどんどん速くなっていくのだ。
「ちょ……。どうしたの――」
「止まるな、全速力だ!」
 オルガの叫びを掻き消し、ヴィオロの大音声が響き渡る。どうやら、ヴィオロは御者に命令したようだ。
 左の窓から外を見たオルガは目を見開いた。馬上で弓を構える男たちがこちらに迫ってくる。その数、三騎。
「さ、山賊……」
「お嬢様伏せてっ」
 侍女がオルガの頭の上に覆い被さる。
 何か硬い物が馬車のドアを叩く。容赦のない連続音にオルガの心臓が跳ね上がる。
 その直後、御者の絶叫が鼓膜に突き刺さる。
――ぐりゅ。
 オルガの耳に残るおぞましい音に、オルガの時間はしばらく停止した。それは、御者の絶叫よりも先だったか後だったか……。
「見てはなりませぬ」
 オルガに覆い被さったままの侍女が言う。
「ちっ――」
 ヴィオロの舌打ちがキャビンに届く。彼は死んだ御者に代わり、馬に鞭を入れている。御者台に飛び移っていたのだ。
「くそ、待ち伏せか」
 進行方向に山賊の本体が展開している。四騎だ。回れ右をしようにも、方向転換をしている間に取り囲まれてしまう。
 ヴィオロは馬車を止め、キャビン右側のドアを開けた。
「急いで降りろ。ふたりとも、なるべく私から離れるな」
 頷いて飛び降りたオルガの後ろで、侍女が掠れる声を絞り出した。
「なんとしても、お嬢様だけはお救いくださいませ」
「何を言ってるの――」
 ぎょっとして振り向くオルガの視界に、鮮烈な赤色が飛び込んだ。
 侍女の名を叫ぶオルガ。ヴィオロは半ば強引に彼女の腕を引き、その背にかばった。
「侍女殿、済まぬ。後は任せろ」
 いつ抜き放ったのか、ヴィオロの腕には剣が握られている。彼が振り回す太刀筋に、オルガの目は追いつかない。ただ銀色に光る残像が見えるのみだ。
 彼らの周囲に、二つに折れた矢が山となっていく。
「七人、いや八人か」
 矢が尽きたのだろうか。山賊どもは馬から降りて蛮刀を振りかざし、殺到した。
「男は殺せ。女は上玉だ、売れるぜ」
 山賊の頭目と思しき男が大声を張り上げる。
 我先にという勢いで突進してくる山賊どもは、あまり統制がとれてはいないようだ。
「しゃがめ」
 姿勢を低くしたヴィオロの後ろで、オルガはほとんど寝るような格好で地面に伏せた。
 一人目の敵が駆け寄るのを充分に引き付けたヴィオロは、勢いよく立ち上がりざま逆袈裟切りに斬りつけた。
 山賊が持っていた蛮刀が手から滑り落ち、オルガの足元で地面に突き刺さる。
 オルガが肝を潰している間に、ヴィオロは二人目を血祭りに上げた。
 三人、四人。ヴィオロが剣を振る度、山賊の死体が折り重なっていく。
 五人目に手こずりつつ、六人目の胴体に剣を突き立てた時、ヴィオロの胴体はがら空きになってしまった。
 七人目の蛮刀がヴィオロに迫る。
「やああああ!」
 無我夢中だった。オルガは地面に突き立てられた蛮刀を抜き、振り回したのだ。
「おのれっ」
 オルガの蛮刀が利き腕を浅く抉ったのだろう。蛮刀を取り落とした七人目が腕を押さえて距離をとった。
 ヴィオロは敵の身体に深く突き刺さった己の剣を諦め、ほとんど奪い取るようにオルガから剣を受け取った。
 七人目が倒れた仲間の蛮刀を拾っているうちに、頭目がヴィオロたちに歩み寄ってきた。その顔には不敵な笑みが張り付いている。
「なかなかやるじゃねえか。どうだ、俺と組まねえか。お前とならいくらでも荒稼ぎできそうだぜ」
 ヴィオロは蛮刀の切っ先を頭目に向けた。
「これが答だ」
 突如、疾風が吹き荒れた。
 ヴィオロが振り回す神速の剣撃を、頭目が同じ速度の剣捌きで受けているのだ。
 あまりの美技にオルガの恐怖心は麻痺し、ふたりの斬り合いに見とれてしまった。すると、七人目の山賊がそろそろとヴィオロの背後に回り込むのが目に入った。
 地面に手をついたオルガは、その手に触れた物を拾い上げ、山賊の背後へと足を忍ばせた。
「ぬう……っ」
 膝を折り、頭上で蛮刀を水平に構えたヴィオロ。その上から、頭目がほぼ青眼に構えた蛮刀を押し込んでくる。
「仲間の敵だ!」
 ヴィオロの背後で七人目の山賊が蛮刀を振り上げた。
「ええええいっ」
 オルガの気合い。直後、七人目は俯せに倒れた。その背に、折れた矢を突き立てて。
「ちっ、未熟者め。娘っ子ごときに」
 それは、頭目が見せた致命的な隙。
 ヴィオロは膝を一気に延ばし、頭目の蛮刀を弾く。
「ぐああ」
 ヴィオロの蛮刀は、体を開いた頭目を袈裟切りに仕留めた。

*          *          *



「幸い、馬は無事だ。メボータ家へ急ごう」
 ヴィオロの提案に、しかしオルガは首を横に振った。
「いやよ。オルガ・コートニーは死んだの」
「何を言っている」
 眉根を寄せて見下ろしてくるヴィオロに対し、オルガは碧眼に決意の光を灯して笑顔を向けた。金髪に夕日を反射させつつ立ち上がる。
「…………」
 まるで、間近で日の出を見ているようだ。ヴィオロは我知らず見とれていた。
「いやね。ここは黙るところじゃないでしょ」
 手を横に広げ、天を仰いだヴィオロが再びオルガに視線を向ける。
「私は根無し草のその日暮らしだぞ」
「知ってるわ」
 ヴィオロは盛大なため息をついた。
「一時の気の迷いだ。冷静になるんだ、オルガ」
「そう、あたしはオルガ。もう、自分のことを“わたくし”と呼ぶオルガ・コートニーじゃない」
「…………」
「あたしは羽を手に入れた。そして、ぼろぼろになるまで飛ぶ宿命も。ほとんど奴隷のようにメタボなオヤジのもとに嫁ぐのは嫌。あんな場所をあたしの帰る場所にするくらいなら、あなたと共に苛烈な自由に身を委ねることを選ぶ!」
 苦笑するヴィオロに対し、オルガは白い歯を見せて不敵に笑った。
「そして生まれ変わるの。オルガ・ズーンとして」
 黄昏がふたりの影を長く延ばす。やがてふたつの影はひとつに重なった。
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キミとボク 

( 2009/11/25 12:06 ) Category 短編/お題 | CM(9)

 質の悪い舗装のせいで、路面のそこかしこに窪みができている。そこに溜まった水溜まりが、まばらな波紋で揺れはじめた。秋の長雨、降ったり止んだり。
 今のボクには、そぼ降る雨に風情を感じる余裕はない。どんよりとした空模様と同じく、ただ侘びしさだけが空しく募る。
「!」
 ふと、頭上の雨音が大きくなる。雨滴が弾ける音に空を仰ぐと、鮮やかな水色が目に飛び込んだ。差し掛けられた傘が、冷たい雫を遮ってくれている。
 見覚えのある傘とよく似ているけれど、彼女のはずがない。ボクは口から飛び出しかけた名前を飲み込み、ひとつ深呼吸してから振り向いた。
「……風邪、ひいちゃいますよ」
 控え目な声と気遣わしげな笑顔。校舎を背に立つ細いシルエットに、ボクは柄にもなく野に咲く一輪の花を連想していた。

 傘のないボクを駅まで送るというキミの申し出に驚いたけど、なんとなく断り切れなかった。
 背の高いボクが傘を持ち、キミの肩が濡れないように傾けていた。
「肩、濡れちゃいますよ。先輩」
 いきなり声をかけてくる割にはおとなしい子だと思っていたが、案外はっきりと物が言えることに第一印象とのギャップを感じた。いや、そんなことよりも。
「髪が濡れないだけでも十分にありがたいよ。ところで、ごめん。初対面だと思ってた」
「ひっどーい」
 キミは笑いながら名乗ってくれたけど、やはりボクにとっては初めて聞く名前だった。
「それはそうですよ。名乗るのはこれが初めてですから」
 テニス部は人数が多く、男子部と女子部の交流は他の部活と比べても少ない。とは言え、上級生の名前が下級生に知られていることは珍しいことではあるまい。テニスの腕前で有名なら言うことはないのだが。
「県大会三位なんだから自信を持ってください。先輩は一年女子の憧れなんですよ」
 幸運の連続で勝ちを拾っただけだ。しかしボクはそれを言わず、曖昧な笑顔を返して駅で別れた。それが、キミとの出逢いだった。

 三年の夏、ボクは念願のインターハイに出場したが、緒戦であえなく敗退した。
 受験勉強に専念するようになってからも、キミとは毎日のようにメールをしている。
「すっごくがんばったね! あたしも鼻が高いよ。……県大会八位のあたしが言うのも変だけど」
 一年経った今も、キミはあの時のことを持ち出してはボクをからかう。
「今回も、あたしがなぐさめてあげるね」
 やっぱり、キミは知っていたんだね。あの時、ボクが彼女にふられたってことを。

 いよいよ受験が近付いてきた。
 窓から空を見上げると、秋の長雨がしとしとと降っている。
 人間とは勝手なもので、今年のボクはどんよりとした空模様に風情を感じている。いや、傍から見ればそんな高尚なものではないだろう。おそらく頬が緩んでいるだろうから。
 この季節の雨は、野に咲く一輪の花を思い出す。初めての相合い傘で歩いた、あの日のキミとボク。

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届くことのない手紙 

( 2009/11/26 02:48 ) Category 短編/お題 | CM(16)

尖った言葉は簡単に相手を傷つける。
それでも、毒を吐かなければ精神の平衡を保てないことも有り得ることを、私は知っている。
下手な慰めや励ましは、却って相手をいらつかせたり追い詰めたりすることも。
一番厄介なのは仲間意識だ。
仲間意識には温度差がつきものなのだ。
特に、押し付けの善意ほど鬱陶しいものはないだろう。
知識として知っていても、いざという時に実践できなければ無意味だ。

この手紙はあなたに届くことはない。
なぜなら私はこれをポストに投函せず、土に埋めてしまうからだ。
せめて、心の中で唱えよう。
気付かなくてごめんなさい。

誰にだって嫌いな人はいるだろうし、知り合った時はそうでなくても途中から嫌いになることもある。
嫌われるのが気持ちいいと感じる人は、中にはいるかもしれないけれど極めて少ないだろう。
自分が嫌われたと知れば何かの誤解だと思いたいし、そうでないのならせめて理由を知りたいと思う。
ただ、誰しも嫌いな人のために貴重な時間を費やしたいとは思わないだろう。
理由を知りたくてしつこく食い下がれば、関係が悪化することはあっても好転することは稀だ。
否、好転することは皆無だと断言しても構わないだろう。

過去の失敗として蓋をして、忘れてしまうのがいいのかもしれない。
でも、忘れることなんてできない。それに、同じ失敗を繰り返したくない。
だから、嫌われたくらいで嫌いになろうとは思わない。
それは言葉で言うほど簡単なことではないのだけれども。
二度と縮まることのない距離、話しかけることさえできないもどかしさ。
それらを受け入れた上で、私は私でいようと思う。

届くことのない手紙に思いを託し、私はこれを土に埋める。


ひとつ残らず君を悲しませないものを
君の世界のすべてにすればいい

「そして僕は途方に暮れる」 by 大沢誉志幸
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星に願いを 

( 2009/11/27 00:15 ) Category 短編/お題 | CM(10)

 冬が近いせいだろう。満天の星々は見上げるあたしを吸い込むかのように煌めく。
 星座のことはよく知らないので、頭の中で適当につないでみた。
「オネコ座ね。ちょっとデブ猫になっちゃった。ふふっ」
 身を切る寒さの中、星座は光の尾を延ばしてお互いにしっかりつながった。清冽な滝のような光の奔流は、やがて地上へと降り注ぎ――
「は。……え? いや、なに? え、えーっ!?」

 あたしが思い描いた星座「オネコ座」が、あたしのベランダにぼてんと着地した。
「おう。呼んだか、えめる。来てやったニャ」
「…………」
「感動で声も出ニャいか。仕方ニャいニャあ」

 ……はっ。呆けている場合じゃないわ。
 なによこの茶色のデブ猫。ニヤニヤ笑っちゃってるし。
「チェシャ猫ぉ? しゃべっちゃってるし! しかもあたしの名前知ってるし!!」
「失敬ニャ。いや、高名な著作のキャラクターになぞらえてもらえたのは光栄だニャ。わがはいの名前は……」
 チェシャ猫が固まった。大量の汗がヒゲを伝い、その重みで垂れたヒゲの先端から雫が落ちる。
「なによ。あなた、もしかして名前ないんじゃないの」
「ニャい。生まれたばっかりだったのニャ。だから付けて欲しいのニャ。わがはいの生みの親はえめるなのニャ」
 未婚の母? あたし未婚の母!? というか、星空を見ながら変なお願いしたのがいけなかったんだわ。

 失敗だった。あたしが「猫飼いたいな」なんて思いながら夜空を見上げたばっかりに。お星様、お願い聞いてくれなくていいです。チェシャを連れ戻して。
 あたしがお願いの取り消しをお星様に申し入れている間に、チェシャの奴はちゃっかりとあたしの部屋に入り込んでいた。
「盗作ニャ! きちんとした名前をつけるのニャ! チェシャなんて呼ぶニャ!」
「『不思議の国のアリス』の著作権ならとうに切れているわよ。気に入らないなら余所で飼ってもらえば?」
 チェシャは再び大量の汗をかき、雫を落として床を濡らすべくヒゲをだらりと垂らす。
「もう、汚いなぁ。床に落ちた汗はきちんと拭いておいてね」
「名前、チェシャでいいからここにおいてくれニャ。……猫使いの荒い飼い主ニャ……」
 チェシャは器用に前足で雑巾を絞り、床をせっせと拭きながらつぶやく。
「しゃべるデブ猫なんて、世間に存在を知られたら即見世物にされるニャ。わがはいにはえめるのところしか居場所がないニャ」
「ついでに雑巾がけもできる猫よね。一匹で二度おいしいわね」
 チェシャの毛が逆立った。それでも大量の汗を落とすまいと、雑巾を顔面に押し当てている。そこまでされるとさすがに気の毒になってきた。
「やあね、冗談よ。床がきれいになったらお風呂にしましょ」
 ん? 何をしている時もチェシャは笑ってるように見えるから判りづらいけれど、なんか今、チェシャの目がハートマークになったような……気のせいかしら。

 空から降ってきたばかりだからなのか、チェシャの茶色の毛並みは綺麗なものだった。洗ってやっている間、チェシャは眼を細めて気持ちよさそうにしていたが、ぽつりとつぶやく。
「人間って、水着を着てお風呂に入るのニャ。変わってるニャ。わがはいとっても残念ニャ」
 あ。やっぱりこいつ期待してたな。
「がぼばっ!」
「あ、ごめん、わざと♪」
 問題ないわよね。大量に汗をかいたチェシャの顔面がきれいになるんだもの。
 あたしはシャワーを握り締め、チェシャに満面の笑顔を向けてあげた。

 ドライヤーをかけてやっていると、チェシャの瞼が眠そうに閉じていく。なによ、いい気なものね。でも、眠そうな猫ってやっぱりかわいい。あたしも眠くなってきた。
 大体乾いたかな。ドライヤーを止めると、チェシャと目が合った。
「えめる、いい奴だったからすぐに願いを聞き届けてやるニャ。わがはい、ホントはもっと居候するつもりだったんだけどニャ」
「あら、お願いだったらもう叶ったわよ。あなた、ここにいるじゃない」
 チェシャは喉を鳴らしたが、すぐに歯を見せて人間のように笑った。
「誤魔化すニャ。それは本当の願いを隠す口実ニャ」
 う。さすがに空から降ってくるだけのことはあるわね。なんか、見透かされてる。
 本当の願い……か。なんだかもう遠い過去のことで、どうでもいいことに思えてきた。
「そうね、あえて言うなら」
 チェシャは無言で先を促す。
「あの人には幸せになって欲しいな」
 チェシャは目で頷いた。どんな意味を込めて頷いたのか、わからなかったけれど――

「ん……」
 あたしは閉じていた目を開けた。どうやらソファに座ったまま眠ってしまっていたらしい。
「チェシャ? どこ?」
 チェシャの姿が見当たらない。
 いや、そもそもいなかったんだ。有り得ない。空から猫が降ってくるなんて。
「なんだ、夢か」
 床に置きっぱなしになっていたドライヤーと雑巾を片付ける。
「あれ」
 ドライヤーに引っ掛かっていたのはあたしの髪の毛? それにしてはやけに茶色っぽい。
 あたしはベランダから星空を見上げた。
 眼を細め、軽く擦って見つめ直す。
 今たしかに、オネコ座が瞬いた。


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真冬の白牡丹 

( 2009/12/24 00:00 ) Category 短編/お題 | CM(16)

 心地よい振動が眠気を誘う。
 ふと、振動が止まる。冷気に頬を撫でられ目を開けた。
「次か。ぎりぎり今日中だな」
 窓の外に見るともなく目を向ける。車内の灯りは、下りきった夜のとばりをこじ開けるには至らない。対向側、上りの線路がうすぼんやりと見えるだけだ。
「あ」
 白いものが視界を過ぎる。曇った窓を掌で拭いた。
 大きな牡丹雪だ。見る間に雪片が視界を埋めつくす。
「ホワイトクリスマス、か」
 ドアが閉まり、俺を乗せた電車が再び動き出した。

「昨日は言い過ぎた。……ごめん」
 俺は携帯に打ち込んだ文面を眺めたが、送信せずに破棄した。
 やっぱり、こういうことは直接言わなきゃ。
 携帯をしまい、その手で膝の上に置いた箱を撫でる。大きめのホールケーキ。俺が子どもの頃はケーキ屋でしか買えなかったが、今ではコンビニでも買える。
 彼女とは昨夜の別れ際に大喧嘩。あれからメールひとつしていない。おまけに、突然の残業で日付が変わる寸前だ。
「まったく、どうかしてる」
 この状況で、彼女が部屋で待っててくれることを期待するなんて。
 電車が駅に着いた。改札を出る人の波の一番後ろから、俺は重い足取りで帰路についた。

 開けたドアの内側から、屋外よりも寒々とした闇が俺を出迎えた。
 爪先で上がりかまちを探りつつ、手探りで電気をつける。
「ふう」
 玄関に彼女の靴はない。わかっていても、落胆のため息が漏れる。
 そろそろ、日付が変わる。
 リビングのテーブルにケーキの箱を置き、家の電話を確認する。留守番メッセージなし。
「ホールケーキなんて買うんじゃなかった」
 一人で食べきれる大きさじゃない。というか、独りで食べてもむなしいだけだ。
「風呂入って寝るか……ん?」
 風呂に意識を向け、ようやく気付いた。水の音だ。
「あちゃー、もしかして蛇口閉め忘れたか」
 今までそんな失敗をしたことはなかったが、今日はついてない日なのだ。いつかやるかも知れなかった失敗を、今日だからこそやらかしてしまったのかも。
 あわててバスルームへ。
「あっ」
 我ながら間抜けな声を漏らしたものだ。洗面所には丁寧に折り畳まれた彼女の服と靴。濡れた靴をここで乾かしていたのか。
 バスルームの扉から、彼女が首を出した。
「おかえりなさい。先にお風呂いただいてるわよ」
 昨夜の別れ際からは想像のできない、屈託のない笑顔で彼女が言う。
 湯気にあてられたのだろうか。俺の頬が温かくなってきた。
「おっ、おう。あのさ」
 視線で問いかける彼女に、俺は締まりのない顔を向けていたのに違いない。
「昨日はごめんな。……今から俺も入っていい?」

 彼女が髪を乾かしている間、俺はベランダから外を見ていた。
 窓から漏れるわずかな灯りを反射して、真冬の夜闇にしんしんと舞い踊る白牡丹。
「湯冷めしちゃうよ」
 背中が温かい。彼女の細い両腕が俺に巻き付いた。
 テレビの前に座った俺に、彼女はDVDを差し出す。俺は彼女の目を見て神妙に申し出た。
「昨日は本当に悪かった。どんなのでもつき合うよ」
「考えたんだけどさ。両方見ればいいじゃない。あなたが観たいラブロマンスと、私が観たいホラー」
(真冬にホラーかよ!)
 昨夜の言葉はぐっと呑み込む。取るに足らない喧嘩の原因。一応、自覚している。だいたい、イブの夜にDVD鑑賞だなんて、普通ありえない。
 部屋の電気を消し、ツリーのコンセントを入れる。俺たちはしばし、部屋を満たすクリスマスイブの光を満喫した。

 軽く食事をはさみながら映画を二本見終える頃、東の空は白み始めていた。
 彼女はホラーを最後まで観ることなく、俺の肩に頭を預けて寝息を立てている。俺は映画の後半、ほぼ彼女の顔ばかり見ていた。その髪を軽く撫でてみたら、まだほんのりとシャンプーの香りがする。
 窓の外がいよいよ明るくなってきた。昇り始めた朝日を浴び、ベランダに降り積もった雪が白銀に輝いているのだ。
 今日の仕事、たぶん辛いだろうな……。


メリクリ
私はクリスチャンではないので、普段通りの気分です^^
とは言っても下の子がまだ小学生なので、クリスマスっぽく過ごしたわけですがw

この作品は以前、FC2コミュニティ「きらきら」に投稿したもの。
あちらには1000文字バージョンが掲載されていますが、それこそが完全版だと思ってください。
それの編集前の奴に、さらに加筆しました。
1400文字だったものが、ほぼ1600文字に増えています。

なんとか雰囲気を壊さない程度にコミカルな要素を入れようとしたのですが、蛇足でした。
せっかく文章を増やしたにもかかわらず、どうにもコミュ版ほどには気に入った出来になりませんでした。


 ♪あー しあわーせうばーうよに 朝がー来ぅーるー マーイベーイブ♪
「MyBabe 君が眠るまで」  by シャ乱Q          
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Blue Lightning, Red Lightning 

( 2010/09/10 12:11 ) Category 短編/お題 | CM(20)

参加中のFC2コミュニティ「物語は素晴らしい!」にて、管理人であり私のブロともでもある
神楽崎 ゆうさんがステキな企画を開催なさっています。

【秋企画】 Autumn Story 【お題物語】

私も参加させていただきます(^^)


【以下、コピペ】

秋といえば「読書の秋」───そう、「物語の秋」!!!

ということで、管理人主催でコミュニティ初の
【企画物語】(お題小説)をやろうと思います♪



● テーマ ●
 「  秋  」

※「秋」にちなんだ作品を書いてください。
ex)ひと夏の男女の恋のその後ストーリー・・・
  十五夜の日、見上げた月から突然少年が振ってきて・・・
  枯葉舞い散る中での敵との死闘シーン・・・
etc・・・・・・
(管理人はこんなのしか思い浮かびませんでしたが^^;)


● 募集期間 ●
9月6日 ~ 11月6日 (立冬前まで)

立秋からには間に合いませんでした(汗)が、
暦上冬が始まる7日前までの募集期間とさせていただきます。


● 対象作品 ●
「秋」が入っている作品
・小説 (1話完結、連作もの)
・詩
・短歌・俳句
・歌詞

※「第2章」「5話」など連載しているものの途中1話だけでも構いません。
※期間中に執筆した作品が望ましいですが、1年前までに載せた作品なら対象内とします。
※ひとり何作品あげてもOK!


● 書き込み事項 ●
・作品タイトル
・http:// (作品をUPしたURL)
・(他、あらすじやコメントなどあれば)


● 備考 ●
“「秋」っぽい作品”の判断基準は、あくまで執筆者の思いにゆだねます。
「秋」っぽいところがたった一文でも構いません。
自分のブログ(物語)を読んでもらう機会として、どしどし参加(書き込み)してください。

6日が過ぎた後は、管理人が投稿作品をタイトル名順にまとめようと思います!



自身、初めてお題を出すことになりましたので
至らない部分、わからない部分も出てくると思います。

何か質問、意見ありましたら管理人にメッセージをお願いします。



たくさんの参加・・・切実に待ってます!!!!

【以上、コピペ】


それでは、追記からどうぞ。
季節感って何さ(開き直り中)
あ、お読みになる前にひとつだけ。
※公道は安全運転で。バイクレースはサーキットで楽しもうね^^

Blue Lightning, Red Lightning
 独特の香りが風に漂う。今年も金木犀がオレンジ色の花をつけた。
 ここは山本(やまもと)洋輔(ようすけ)の自宅近くにある公園だ。まだ残暑の名残を感じさせる日射しの中、洋輔は公園沿いの道をのろのろと歩いていく。
 ここのところ洋輔はろくな休日の過ごし方をしていない。せいぜいコンビニで買った酒を手に野球観戦だ。しかも贔屓のチームは連敗中。いつ最下位に落ちてもおかしくない対戦成績に甘んじており、そろそろ応援する気も失せつつある。
 昨夜は仕事の後、男友達の家で飲み明かした。朝帰りどころかすでに正午を過ぎており、洋輔は実に一日半ぶりに自宅へ戻ってきたのだった。
 洋輔は、たまたま目があった野良猫に話しかけてみた。
「俺だって、たまには女の子に声をかけてみたい。気持ちだけはあるんだ。なあお前、ちょっと練習台になってくれないか」
 猫は「にゃあ」とひとつ鳴き、走り去る。
「無理ってか。ちぇ。イケメンじゃないのは自覚してるが、それなりに愛嬌のある顔だと思うんだがな」
 公園に沿って角を曲がると洋輔が住んでいる賃貸アパートが見えてくる。1DKの部屋が一階と二階に三つずつの集合住宅だ。木造、築二五年。洋輔の年齢を二年ほど上回る築年数だが、見る者に古ぼけた印象を与えるにはまだ建造物としての歴史が浅い。ただし、大家がきちんとメンテナンスしていれば、の話である。
 洋輔はアパートのそばで立ち止まった。そう言えば、自分のアパートを昼間に見るのは久しぶりである。二階の真ん中にあたる自分の部屋を中心にアパート全体をなんとなく眺め回し、思わずひとりごちる。
「築年数三割増しぐらいのオンボロ加減だぜ。ま、家賃が安いんだら文句ないけど」
 しばらくぼんやりしていると、背後からバイクのエンジン音が近づいてきた。洋輔の真横を通り過ぎていく。黒を基調とした車体に、赤くカラーリングされたフレーム。ライダーのバイクスーツも黒と赤で統一されていた。
「お。ホンワのVRZ400。旧型じゃねえか」
 そのバイクの型式は三年前に生産終了となったモデルだ。だが洋輔の声には、古いバイクをばかにする響きはない。
 バイクは、洋輔が住むアパートの駐車場に入り、停車した。その真横には無人のバイクが鎮座している。アパートの住人――洋輔のものだ。
 ライダーは、洋輔のバイクをしげしげと眺めている。無理もない。色違いだが、型式も年式も全く同じバイクなのだ。洋輔のものはブルーメタリックを基調とした車体に、銀色でカラーリングされたフレームがアクセントとなっている。
 このアパートへの入居に際し、洋輔は住人達に引っ越しの挨拶をしていない。挨拶するつもりはあったものの住人達はいずれも独身の若者で昼間は留守が多く、気づくとそのまま三年が経過していた。
 住人の誰かが中古バイクを買ったのだろうか。それならこれを機会に近所づきあいをしてみよう。うまくいけば一緒にツーリングを楽しめるかも。いや、待てよ。もしかしたらライダーはここの住人ではなく、来客かも知れない。でもそれならそれでいい。偶然同じバイクに乗る者同士、気軽に話しかけてみようじゃないか。
 ライダーは洋輔に気づき、振り向いてフルフェイスのヘルメットの正面を向けた。エンジンを切ってバイクから降りる。意外と小柄だ。洋輔は笑顔で話しかけた。
「こんにちは。旧型VRZ仲間ですね」
 このときの洋輔は想像もしていなかった。そのVRZ仲間とダウンヒル勝負をすることになろうとは。




 夕暮れの山道に高くて軽いエンジン音が響く。標高はさして高くない。適度に蛇行した峠道。次のカーブが事実上のゴール地点だ。
 計算され尽くしたライン取り、素早く正確な体重移動。そして心臓に悪い最小限のブレーキング。
 黒いVRZの真後ろにぴったりと張り付きながらも、洋輔は相手のテクニックに舌を巻いた。
「地元にもこれほど速いヤツはいない。でもいつまでも前を譲る気はないぜ」
 最後のカーブ。
 絶対にインを奪う。
 洋輔のVRZが青い稲妻と化した。




「このVRZ、あなたの? あたし初めて見た、自分以外の旧型VRZオーナー」
 ライダーがヘルメットを脱いだ。肩胛骨まで届く髪。漆黒のストレートロングがさらりと零れ――、洋輔の時間が停止した。
「おーい。もしもーし」
 女性ライダーは臆さず洋輔に顔と手を近づけ、彼の目の前で手をひらひらさせる。
 細長い眉、わずかに吊り上がった目尻。ほのかに赤みを帯びた頬は程よい丸みを備えていてやわらかそう。全体として、猫族のしなやかさと愛嬌を兼ね備えた女性だ。
「……あ、失礼しました。女性とは気づかなくて」
 顔を赤らめ、しどろもどろになる洋輔。生まれてこのかた、女の子に告白はおろか自分から声をかけたことのない洋輔は、次にかけるべき言葉と退散する機会を探して視線を泳がせた。その視線はやがて、女性ライダーが着用しているバイクスーツの胸元に吸い寄せられ――、束の間固定される。
「確かに女性ですね……。……え、あ。あっ、しまった! その……すっすみまっ」
「ぷっ」
「へ?」
 女性ライダーは身を捩り声を立てて笑い出すと、上手く身体を支えきれなくなったのか前傾姿勢で洋輔の肩に手を置き、それでもまだしばらく笑い続けた。
「あ……あのっ」
「あはは……。ごめんなさい、笑いすぎたわね。わっかりやすい人だわ、あなた」
 洋輔は口をぱくぱくさせ、何かを言おうとしたが、結局「すみません」と謝った。
「あ、あたしレイカ。麗しい花って書くの。昨日、ここの二〇一号室に引っ越してきたばかり。よろしく」
 そう言って右手を差し出すレイカにつられて洋輔も下の名前だけを名乗り、この時点ですでにじっとりと汗ばんでいた掌をあわてて服にこすりつけた。
 その様子を苦笑混じりに見つめたレイカは自分も右手のグローブを外し、左手に抱えるヘルメットの中に突っ込んでから握手を交わした。
 後で聞いたのだが、彼女は自分の姓があまり好きではないとのことだった。一番合戦(いちまかせ)と言うのがレイカの姓なのだ。

 数時間後、ふたつのVRZは山頂付近に並んで停まっていた。
 まだ山の木々は圧倒的に緑色が多い。道路脇にはリンドウが多く自生しているので、紫色もそれなりに目立つ。
「ちょっとヨースケ、絶景じゃない! 嬉しい。引っ越してきてすぐ、地元の人しか知らないような絶景ポイントに来られるなんて」
「これが絶景? 大袈裟だな、レイカは」
 実際、さして高くない山から見下ろす景色と言えば寂れた片田舎の町並みが広がる程度で、特に珍しいものもない。
「だって嬉しいんだもん。あたしの周り、女の子どころか男の子でさえバイク乗る人いなくって、誰かと一緒にツーリングなんて夢のまた夢だったのよ」
「へえ。あ、そういえばレイカって、歳いくつだっけ? ちなみに、俺は先月二三になったとこ」
「ヨースケ。ふつう、女性に歳を聞く?」
「あっごご、ごめんっ」
 レイカはあわてて謝る洋輔に近づくと、またしても彼の肩に手を置いて大笑いした。
「な、なんだよ」
「ごめんごめん、う・そ。はたち……、そう言えるのもあとひと月で終わりだけど。バイク好きが高じてホンワで働いてるんだけど、成人式の翌日にね。親に言ったの」
 レイカは笑顔のままでそう言うが、語尾に含むものを感じた洋輔は姿勢を正し、次の言葉を待った。
「あたしの夢。バイクレーサーになりたいって」
「おお、かっこいい。で、親御さんは何て?」
「うふ。勘当されたわ」
「…………」
 押し黙る洋輔の肩を、レイカはばんばんと叩く。
「やあね。あたしが笑ってんのになんて顔してんのよ、もう」
 そのまま首筋に抱きつき、「ありがと」と囁いた後、身体を離したレイカは苦笑した。
 洋輔は顔を真っ赤に染めていた。しかも、まるで棒を呑み込んだかのような“気をつけ”の姿勢で立っている。
「なーに固まってんのよ」
「う……うん。女の子に抱きつかれたの、これが初めてなんだ……」
 レイカはひとしきり笑った後、洋輔に指を突き付けて言った。
「じゃ、次はヨースケの番」
「…………」
「なによ。年上には敬称つけて敬語で話せとか言っちゃう人なわけ?」
 ひとつ息を吸い込むと、洋輔は言った。
「麓まで勝負だ。勝負につきあってくれたら話すよ、俺のこと」
 レイカはわずかに眉を吊り上げる。
「あたし、負けず嫌いなの。なにが“勝負につきあってくれたら”、よ」
「……わかった。じゃ、勝ったら話す」




「俺、バイクショップで働いてるんだ」
 エンジンを切って話し始めた洋輔を一瞥し、レイカは大きめの声で遮った。
「あたし負けたんだから、話さなくていいのよ」
「ははは、負けず嫌いなんだな、レイカ。その性格ならあっという間に、今よりもっともっと速くなれるぜ。もちろん、俺なんかより」
 疑わしそうな目を向けるレイカに近づくと、洋輔は告げた。
「俺言ったよな。“勝ったら話す”って。勝ったぜ。だから、話したいんだ」
 レイカはようやくエンジンを切り、バイクから降りた。
「速くなろうぜ、一緒にさ」
「……?」
 洋輔の夢は、レーサーメカニック。労働時間に比して収入が少なく、将来性もない。彼もまた、親から勘当された身だった。
「やるからにはてっぺんを目指したい。バイクショップで働きながら、一級整備士の勉強してんだ。……面倒見るぜ」
「……え」
「レイカのバイク。次は公道じゃなくて、サーキットで――」
 レイカは洋輔に飛びつくように抱きついた。やはり真っ赤になる洋輔だったが、今度はぎこちなくもゆっくりと、レイカの腰に手を回した。
「……よ」
 レイカの囁き声を聞き逃し、洋輔は聞き返した。
「次は負けないわよ、青い稲妻さん。今度はあたしが、赤い稲妻になるんだから」
 洋輔は苦笑しつつも、大きくうなずいた。
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星に願いを 2 

( 2010/09/13 12:12 ) Category 短編/お題 | CM(10)

前回のお話:星に願いを

 今年は秋が来ないのではないかと思うほど残暑が長く続いた。それでも蝉の声が聞かれなくなり、それに気づいた途端ずいぶん涼しくなった。
 街中では、コート姿のサラリーマンやOLが歩く姿もちらほら見かけるようになり、吐く息が白くなる季節がやってきた。
 オネコ座、そろそろ見える頃かしら。
 寝る前にベランダに出て、夜空を見上げる。雨降りの日以外のあたしの日課となっていた。
「あったあった、デブネコ座。あれからもうすぐ一年経っちゃうのね」
 あたしのルールで適当につなげた星座。飽きずに見つめていると、それぞれの星は光の尾を延ばしてお互いにしっかりつながった。清冽な滝のような光の奔流は、やがて地上へと降り注ぎ――
「え、えっ?」

 ――ぼてんっ。
「おう、えめる。久しぶりだニャ」
「チェシャ!」
「…………」
 もふもふ。あたしはデブ猫を力一杯抱きしめていた。
「えめ……。手加減するニャ……。ぐ、ぐるじ」
 気づくとチェシャは大量の汗をかき、汗の重みでヒゲがだらりと垂れている。
「あー、ごめんごめん」
「ふう。気をつけるニャ。わがはいの汗でえめるの部屋を汚したら申し訳ないニャ。だからわがはいを風呂に入れるのニャ」
「そうね」
「えめる……」
 あ、こいつニヤニヤしてる。何を言うか大体わかるわよ。
「水着はなしニャ」
「ばーか♪」

 相変わらず、チェシャの茶色の毛並みは綺麗だった。ドライヤーをかけてやっているが、今夜は眠そうにはならず、おとなしく温風に身を任せている。
 よし、乾いた。
「うん、さらさら、もふもふ♪」
 チェシャは身体のあちこちをあたしに撫で回され、気持ち良さそうにしていたが、こちらを見上げて目を合わせてきた。
「……なに?」
「去年、えめるのお願い、善処はしたけどうまくいったかどうか、確かめる手段がないのニャ」
「うん。あたし考えたんだけど……、傲慢というか自己満足だったな、って。あたしなんかがお願いして、それで幸せになれたとしても、もしその事実を知ったとき、あの人が喜ぶとは思えない。誰だって自分の力で幸せにならなきゃね、って」
 チェシャは目を細め、うなずくかのように首を縦に動かして見せた。
「さすがえめるニャ。やっぱり、選んだ甲斐があったニャ。でもそうすると、去年は何もお願いを聞いていないのと同じってことになっちゃうのニャ。そこでもう一度、お願いを聞きに来た、というわけなのニャ」
「ねえチェシャ。本当に、チェシャにずっとここにいて欲しいんだけど。無理?」
 考えるまでもなく、あたしは即答した。
 すると、チェシャはあたしの膝にすり寄ってきて、本物の猫のように鳴いた。


「ん……」
 あたしは閉じていた目を開けた。どうやらソファに座ったまま眠ってしまっていたらしい。
「チェシャ? どこ?」
 チェシャの姿が見当たらない。
 いや、そもそもいなかったんだ。有り得ない。空から猫が降ってくるなんて。
「なんだ、また同じ夢を見ちゃったのね」
 床に置きっぱなしになっていたドライヤーを片付ける。
「あれ」
 ベッドの上にいた。
 チェシャが、いた。
「チェシャ! ずっと、ずっといてね」
 ――にゃあ。
 チェシャはもう人間の言葉を喋ってくれないのだろうか。
「いてよね」
 もう一度、鳴いた。
 ――それ、わがはいの願いでもあったのニャ。
 そう言ってくれたような気がした。
 あたしはチェシャに抱きつく。茶色の綺麗な毛並みの猫が、いまあたしの腕の中にいる。
「チェシャ」
 もふもふの感触を噛み締めた。

あとがき

当ブログ22222キリ番のリクエスト、今さらですがアップします!
これはえめるんからのリクエスト、「星に願いを」の続編。
一応、一年後を描いてまして……完結編です^^
▼追記(18歳未満閲覧危険……嘘ですよ♪)▼
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橙色のそよ風 

( 2010/09/15 19:22 ) Category 短編/お題 | CM(8)

お待たせしました!
当ブログ22222ヒットキリ番リクエスト、第2弾!
同士を待つ様からのリクエストです。

同士を待つ様の作品「如月の宝玉」の世界を、拙作「ナジア・ハンター」のメインキャラが少しだけお邪魔するという形で。
リスペクトする作品の世界観を壊してしまいそうでドキドキです。

両作品の予備知識については、ないよりもあった方が楽しめるかとは思いますが、知らなくても楽しんでいただけるといいな……と思いつつ書きました。



橙色のそよ風
 重い唸りが耳朶を叩く。風圧が物理的な衝撃を放ち、俺の頬をゆがめ、髪を揺らす。
 紙一重と表現するほどではない。余裕の間合いだった。それなのに。
 ――全く、尋常なパンチじゃないぜ。
 俺はバックステップにより間合いをとる。
「相変わらずおっそろしいパンチだぜ、ケイティ」
 沈黙を返事に替え、相手――女性型アンドロイドは無造作に踏み込んでくる。
 顔半分を仮面で覆い、ケープを纏ったお馴染みの格好。ポニーテールの黒髪を揺らし、前傾姿勢で俺の眼前に迫る。
 直感に従い、左腕で頭部をガードした。
「っ…………!」
 思わず閉じた瞼の内側で星が瞬く。
 ガードの上からでさえ気の遠くなるような一撃。おそらくハイキックだ。
「もらった――」
 俺の右側はがら空きだ。目を閉じていてもわかる。顎をめがけ、ケイティは左ストレートを繰り出す。
 俺はあえて踏み込み、目を開く――読み通りだ。
 俺の右ストレートはケイティが繰り出す左ストレートの内側を最小限の軌道で突き進み――
「がふっ」
 右拳に確かな手応え。
 カウンターがきれいに決まり、ケイティは真後ろへと吹っ飛んだ。
 ケイティは音を立てて倒れ込み、沈黙する。
「…………」
 警戒しつつ歩み寄ると、ケイティは仰向けに倒れた姿勢のまま目を見開いていた。
 ――信じられない。
 ケイティの唇がそのように動いた。
 一時的な機能障害か。音声出力が不具合を起こしているのかも知れない。
 ケイティの目が不穏な光をたたえる。彼女の右手が振り上げられたが、こちらに向けられたものではない。俺は明らかに油断していた。
 視界の端に白い光。
 スローイングダガー。気づいた途端、俺の背を氷柱が這い登る。
「しまっ――、リカ!」
 ケイティの標的は黒髪の少女。
 リカは目を見開き、まともに反応できずに立ちつくしている。
 俺と一緒にナジールに入り込んだのが徒となった。
「なんちゃって」
 緑色の閃光が煌めく。
 高い音が弾ける。白い光の尾を曳いてスローイングダガーが回転し、床に落ちた。
「きさま……」
 お。声が出た。
「データに誤りがあったというのか。リューフィンが能力を発揮するのは、きさまに巻き付いた時だけじゃないのか」
 俺は口の端を笑みの形にゆがめてケイティを見下ろすと、右手を掲げて見せた。俺の右手首には、緑色をした植物の茎状の細いものが巻き付いている。
「リューフィンの尻尾だ」
 次の瞬間、ケイティの口から黒い液体が漏れる。
 機能停止。予想通りの事態だが、アンドロイドから敵さんの情報を収集することはできない。

* * * * * * * * * *

 イギリスでの任務と滞在を終えた俺は、日本の道を歩いている。見知らぬ道だ。今日の目的地、大東高校を後にしてバス停へと向かっているのだ。
 日本はまだまだ暖かく、十月とは思えない気候だ。ただ、真夏の日射しから解放されたのはありがたい。俺の緑の目にとって、あの強烈な陽光は眩しすぎた。来年の夏は教師に許可をとり、色つきの眼鏡着用を許可してもらおう。
 穏やかな風が栗色の前髪を揺らす。今はうしろでひとつに縛っているが、短くするのもいいかな、と思い始めている。
 喉の正面から襟の隙間に指を入れ、軽く左右に振ってみた。プラスチック製のカラーが指に触れる。詰め襟が窮屈だが、今のところ不快さより物珍しい感覚の方が勝っている。
「来年度からブレザーに変更になるのよ、ユーリ」
 隣を歩くリカは長袖のセーラー服だ。彼女の艶やかな黒髪が揺れ、その声音に嬉しそうな色が混じる。そういえば巨大魔法陣のことを調べていた時、他校の制服変更について書かれていたウェブサイトを羨ましげに見ていたっけ。
「聞いたよ、それ」
 わざとそっけない返事を返してみたが、リカは目をほとんど閉じるくらいに細め、微笑で応じた。
 二週間の留守。その間に名細亜学園の学祭が終わり、懸案となっていた制服変更の件が正式に決定したらしい。俺はといえば、日本に戻った早々中間試験を受けるはめになった。まあ、学生の本分は勉学にあるわけで、任務の延長とは言え日本の大学を受験することになった以上、俺も少しは勉強しなければならない。ううむ憂鬱だ。
「せっかく日本にいるんだから、日本の高校の学祭くらい見たいでしょ」
「もちろん、興味あるぜ。だが大東の文化祭は、どれもこれも教師に仕切られた勉強系の発表ばっかりで息が詰まるぜ」
「そうだけど、滅多にないわよ、他校の学祭を見る機会。父兄にしか公開しない学校もあるみたいだし」
 リカはそう言うが、実際のところ大東の文化祭はつまらなかった。
 大東はショウキが潜入していた高校である。俺は《監視機構》の指令を受け、見学にかこつけてワームホールがきちんと塞がっているかどうか視察に来ただけなのだ。目的はすぐに果たすことができたため、午後の部まで見る気にならず、早々に退散してきたのだ。
「ま、何の目的か知らんが、大東に潜んでたアンドロイドと一戦交えることになったから退屈はしてないけどな」
 リカは自分の唇の前に人差し指を立てて見せ、俺に発言自粛を促してきた。こんな会話、第三者には意味不明だ。誰に聞かれたところで何の問題もないだろう。だが俺は一応首を縦に振り、黙ってリカに従っておいた。

「今年のミスター参宮、どんな人だろうねっ」
 俺たちを小走りに追い抜いていく女子生徒たちの話し声だ。大東の制服を着ている。おいおい、文化祭、午後の部もあるはずだろ……。サボリか?
 遠ざかっていく女子生徒たちを見送りながら、リカに聞いてみた。
「参宮って?」
 リカは「参宮学園のことよ」と即答し、参宮について説明をしてくれた。
「参宮学園は生徒数が少なめだけど、色々変わってるのよ。男女で“連”というのを組んで、一年間を通してナンバーワンを決める、とか。そのナンバーワンの“連”が企画して、次年度の文化祭や体育祭を仕切る、とかね」
 よく知ってるな。感心していると、リカは胸の前で小さく手を叩き、提案してきた。
「ね、あたしたちも見に行こう。ミスター参宮だけじゃなくて、ミス参宮を決めるイベントもあるのよ。そういうの、名細亜にはないもん。わくわくしない?」

* * * * * * * * * *

 俺は度肝を抜かれた。
「これが――こんなのが“約束組手”だと。真剣勝負じゃねえか」
 ステージ上ではふたりの男子生徒が向かい合い、空手と思しき格闘技による組手を披露していた。
「うわ」
 俺だけじゃない。観客の中から動揺の呻きが漏れる。悲鳴を上げる女子生徒もいる。
「ちょっとユーリ、これ――」
 俺のそばで嫌と言うほど“実戦”を目の当たりにしてきたリカでさえ、青ざめた顔をしている。
 こいつら、どっちもあのショウキと互角か、それ以上の実力があるんじゃねえのか。上には上がいるというが……。
「藤原ぁスゲエよ、お前最高だよ。もっと盛り上げようぜ」
 対戦中のふたりのうち、大柄な方が相手に抱きつき、観客にアピールする。会場の悲鳴が歓声に変わった。
 ふたりは再び間合いを取り、組手が後半戦に入ったようだ。小柄な方が鉢巻を取り出し、あたかもそれが武器であるかのように振り回す。
 ああ、やっぱり約束組手なのか。それにしても実戦そのものとしか思えない、迫真の演技だぜ。
 やがて、決着の時を迎える。
「これで三つだ」
 俺は背筋がぞくりとした。こいつ、すげえ。こいつら、すごすぎる。もう演義だろうが真剣勝負だろうが、どっちが勝ちとか関係ねえ。
 職員室で貰った、首から提げている訪問者証が左右に揺れる。気づくと、俺は周囲の観客と一緒になって力一杯の拍手を贈っていた。

 ステージに背を向けた俺に、リカが慌てて声をかけてきた。
「あれ、帰っちゃうの、ユーリ。ミス参宮は?」
 それならもう見た。燃えるような赤毛とターコイズブルーの瞳を持つ少女。ずっとステージ上をクールに見つめていた。しかし身じろぎもしないその様子は、内に秘める情熱を容易に連想させる。
 おっと。そいつはもちろん、リカには内緒だ。
「いや、俺もう充分すぎるほどいいもん見せてもらったし。でもリカが見たいなら」
「ずるい、ユーリばっかり満足しちゃって。あたし、ミス参宮見たいっ」
 俺がミスター参宮を決めるイベントの途中で満足し、リカがミス参宮を見たがるというのは普通に考えたら逆のような気がしなくもないが、まあいいや。
 しかしそれにしても。
 日本の高校生、侮れねえ。俺ももっと修行しないと。
 決意を新たにする俺の気分を知ってか知らずか、穏やかな秋の風が俺の頬を撫でた。
 甘い香りが風に混じる。目で探ると校門の外に並ぶ木々が見える。
 たしか、金木犀と言ったな。オレンジ色の花をつけている。来る道でリカに教えてもらったばかりだ。なかなか良い香りだと思う。風の色がオレンジ色に染まったような気がした。
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【日記】発表済み短編の別視点 

( 2011/05/16 00:00 ) Category 短編/お題 | CM(4)

同じ内容の告知、3回目です。

現在私は、桜庭春人様(小説家になろう:桜庭春人様のページ)による企画、candy storeに参加しています。

甘いお菓子=素敵
面白い小説=素敵

だったらお菓子が出てくる小説を書けばいいじゃない!

という企画です。

アクティブなメンバーは約20名、全7回、3週間毎という周期でひとり1作ずつ発表します。
毎回テーマとするお菓子が変わるのですが、第3回のお題は「クッキー」でして、去る5/15に発表しました。

この企画も残すところあと4回となりました。
いえ、まだ半分にも満たないわけですが、こうなったら7回全部作品を投稿したいです、がんばります!

私の参加作品は、このブログ右上のリンクにある「小説家になろう」の私のページで発表しておりますので、よかったら読んでみてください。


で、今回は特別に。
第三回参加作品「クッキー・ルーキー」の冒頭部分を、別の登場人物の視点で書いてみました。
しょうがねえ、覗いてみてやってもいいぜ、と仰る方は追記から(^^)
 
 ガシャンという音で目が覚めた。
 十月の穏やかな風が心地良い。雲一つ無い秋空。抜けるような青空が視界を占めている。
 青空――外? どこだ、ここ……考えるまでもなく記憶が蘇る。学校の屋上。俺はひとりで弁当を食い、食い終えた後ベンチで――うわ、やべえ。俺一年なのにベンチひとつ占領して熟睡してたのか。
 時計を確認、と。そろそろ昼休みが終わる時間だな。
 さっきの音が聞こえてきた方に目を向けると、フェンス際に人がいた。女子生徒だ。五限が近いせいだろう、他には人がいない。彼女は少し慌てたように両手を後ろに回し、その拍子に胸元まで伸びたゆるふわパーマが柔らかく揺れた。
 おっ、この子知ってる。
「きみは確か、一組の片桐さん。ありがとう、お陰で五限に間に合うよ」
「え、ああ。どういたしまして。二組の、えーと」
 相手は学年で評判の美少女だ、俺の名前など覚えていなくて当然。俺のクラスを知っててくれただけでも奇跡というものだ。
「冬見。冬見翔平」
「よろしく翔平。あたしのことは洋子でいいわ」
 なれなれしいが、嫌な感じはしない。これだけの美形なのにお高くとまったところがないからかな。
「よろしく洋子。ゆっくり話をしたいところだけど、もう時間がないな」
 洋子は視線を左右に泳がせた。その仕草が、俺の幼馴染――理緒とぴったり重なる。
 俺はあわてて頭を振った。何考えてるんだ、全く。この子は理緒じゃない。
「五限サボるつもりなんだろ? でも屋上の扉は用務員に閉められちゃう。おそらく五限が終わる前に」
「そうなの?」
 どうやら知らなかったようだ。洋子は目を見張り、慌てた様子で問い返してきた。やべえ、超かわいい。
「授業が終わったら開けに来てあげるよ。携帯のアドレス教えとく。もし扉を閉められて、屋上にいるのが飽きたのなら授業中でも構わないから呼んでくれ。腹痛を装って抜け出してくるから」
「ふふっ、ヒーローみたい」
「閉め出しをくったヒロインを救出するだけの、か。しょぼいヒーロー」
「素敵なヒーローよ」
 用務員に見つからないように言い含め、なんとなく放っておけない気分に後ろ髪を引かれつつ、俺は屋上を後にした。何があったか聞くのは遠慮すべきだろうか。両手を後ろに回すその直前、彼女が涙を拭うのを見てしまったのだ……。
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What makes my heart sing? -1- 

( 2012/01/18 23:00 ) Category 短編/お題 | CM(2)

 日没と共に降り出した雪は夜更けを待たずに積もり始めた。しんしんと降り続く雪は、ただでさえ閑静な田舎町をさらなる静寂に塗り込めていく。
 凍てつく夜に好んで外出する住人はほとんどいない。路面の雪には靴跡ひとつなく、街路灯の光を反射して白く輝いていた。
 このあたりは山脈の稜線を間近に望むほどの田舎町。まばらな街灯と少ない民家の窓から漏れる光、そしてかろうじて一軒だけ営業しているコンビニの看板――それら以外ろくな光源がない。少ない光源に照らされる雪面が白く輝けば輝くほど、周囲の闇はいつもより濃く垂れ込めていく。

 不意に、闇が切り裂かれた。一瞬、稜線がくっきりと浮かび上がる。

 再び覆い尽くす闇の中、遠方で音が響く。長く尾を引く雷鳴は、落雷の可能性を窺わせる。
 その音はコンビニでアルバイト中の吉田俊樹の耳にも届いていた。
「ありがとうございました」
 カウンターの内側から笑顔を振りまき、出て行く客を見送った後で俊樹は独り言を呟いた。
「さっき光ったよな。雪起こしの雷か。太平洋側なのに珍しいな……」
 俊樹としては小声のつもりだったが、高校では合唱部に所属していた彼の声は良く通る。自動ドア越しにぼんやりと夜空を見る彼の背後から返事がきた。
「雪起こし? 何、それ」
 高めながら耳に心地良い女の子の声。反射的に「いい声だ」と声に出した俊樹は、振り向いた拍子に声の主であるバイト仲間と目が合った。誰もいない店内でふたりきり、女の子と真正面から見つめ合う格好になった俊樹は、落ち着きのない視線を左右に泳がせてしまう。
「あ、いや……。ごめん、鈴木さん」
「花蓮って呼んで。あたしだけ俊樹って呼んでるのに、なんか不公平だよ。同じ大学の一回生同士なんだし」
 目を逸らさずに言う彼女は、微笑んだ拍子に栗色の前下がりボブをかすかに揺らした。小さめの顔に大きな瞳というのは好き嫌いの分かれるところだろうが、鳶色の澄んだ瞳には相手を吸い込む魅力がある――俊樹は秘かにそう評価している。
「人と話をする時は目を合わせなよ。客商売の基本だぞ」
 その言葉に、俊樹は再び花蓮と目を合わせた。今、彼女は大きな瞳を左右非対称に細め、頭一つ低い位置から視線を突き刺している。ただ、わざとらしく唇を突き出しており、不満そうな声には冗談めかした柔らかい響きが含まれていた。姿勢良く腰に手を当てている様子と相俟って、とても愛らしい仕草だ。
 緩む頬を引き締めるため、俊樹は軽く頬を叩きながら返事をした。
「ごめん、女の子を下の名前で呼び捨てにするの苦手なんだ。それにバイト中はあんまりそういうのは――」
 そんな彼の様子をどう受け取ったのか、花蓮は口元に手を当てくすくす笑う。
「ここ田舎だからそんなこと気にするお客さんいないって」
「そういえば鈴木さんは初対面の時から俺のこと呼び捨てにしてたね。いや、高校の時にはそんな経験なかったから新鮮なだけで、全然嫌な感じはしないんだけどね」
「一目見て、俊樹とは気が合いそうだと思ったの。あたしのことも名前で呼んでもらえると嬉しいなと思って、先に呼び捨てにしちゃった」
 だって俊樹のことが好きだから――などと、続くはずもない一言を脳内で追加した俊樹は、己の厚かましさに頬を赤らめる。返答に困っている俊樹の内心を知ってか知らずか、花蓮は話を元に戻した。
「……それで、雪起こしって何」
 雪起こしとは日本海側の雪の多い地方に見られる現象で、真冬の雷を指す言葉である。大雪の前触れとされているが、科学的に因果関係が証明されたわけではない。
「ふうん。あたしの地元はここだけど、俊樹って雪国の人なんだ。じゃ、これから大雪になるのかな」
「どうかな。ここは太平洋側だし、ほとんど積もらないうちに雪も止んでいるし」
「そっか。五センチかそこらなら、俊樹にとっては積もったうちに入らないんだね」
 今夜はクリスマスイヴ。田舎のコンビニとは言え、夕方まではクリスマスケーキの予約客などでそれなりに込んでいた。しかし、雪が積もったことで客足が遠のいている。午後十時の閉店時間まで残り一時間を切った。今夜はもうお客さんが来ないかも知れない。
 そんなわけで雑談に興じていた二人だったが、俊樹はふと店内の時計に目を留めた。
 おかしい。閉店まで三十分を切っている。どのシフトの時でも開店後と閉店前の一時間ずつは店にいるはずの店長が、今日はまだ姿を見せない。
「いいじゃない。店長だって雪でお店に来るのが億劫なのかも知れないし。店長の家知ってるから、店閉めた後で鍵を届ければいいし」
「そういえば鈴木さんの方がここのバイト長かったね。前にも施錠したことが?」
 花蓮は事も無げに「あるよ」と答えて微笑んだ直後、ひとつ瞬きをして表情を凍り付かせた。
 店内に影を落とすほど外が明るく光ったのだ。
 ひと呼吸の間を置いて、雷鳴が鼓膜に突き刺さる。地響きさえ伴うほどの轟音だ。
 俊樹の胸に栗色の物体が勢いよくぶつかった。かろうじて踏ん張った彼の鼻孔をほんのり甘い香りがくすぐる。
「あ、ごめん」
 花蓮は謝ると、すぐに身体を離した。彼女から目を逸らした俊樹は、不自然に持ち上げていた手で後頭部を掻きつつ天井を見上げ、ばつが悪そうに照れ笑いをしていた。

 その後、閉店まで客も店長も来ることはなかった。
「壊れてるのかな。呼び出し音もしないの」
 施錠と消灯を済ませた俊樹がスタッフルームに入るなり、花蓮がそう声をかけてきた。閉店の報告をしてから鍵を届けるため、彼女が店長宅に電話をしていたのだ。
 すでに店の制服から私服の白いフェイクファーコートに着替えていた彼女を見て、俊樹は内心で雪うさぎのイメージを重ねた。女の子の服装は褒めるべきだろうか。迷ったのも一瞬、適切な褒め言葉を選ぶスキルがないことに思い至った俊樹は、無言で自分の携帯電話をポケットから取り出した。
「店の固定電話がおかしいのかも。それなら携帯で……あれ。圏外だ」
 花蓮も自分の携帯を取り出すと「あたしのも」と呟いた。
「どうしよう。いつも親に迎えに来てもらうのに」
「送ってく送ってく。俺の車で」
 つい繰り返してしまった俊樹は顔を赤らめて横を向き、「迷惑でなければ、だけど」と小声で付け加える。
「迷惑なわけないじゃない。むしろお願いします。こんな日にバイトしてるくらいだもの……」
 『こんな日』とはクリスマスイヴのことだろうと当たりをつけ、続く言葉を脳内で補完しかけた俊樹は、あわててその考えを追い出した。相手は学部が違うため大学でも滅多に顔を合わすことのない、まだつきあいの浅い女の子だ。あまりプライベートな部分に踏み込むわけには……。ついぼんやりとしてしまった俊樹に、花蓮が微笑みかけてきた。
 花蓮としては苦笑のつもりだったかも知れない。しかし、俊樹にとっては間近で花が開いたかのようで、眩しげに眼を細めた。
 直後、ふと思案顔になった俊樹が言う。
「ところで親御さん、ここの閉店時間ご存知だろ。連絡せずに帰ったとして、行き違いになったりしないかな」
「ああ、その点は大丈夫。時計なんて気にしてないから、あたしが電話するまで寝てるのよ。さすがにお酒は飲まずにいてくれるけど」
 あっけらかんと答える花蓮に対し、俊樹は口を開けたまましばらく固まってしまった。
「まるでウチの親みたいだな。年頃の娘を持つ親御さんにしては珍しくないか、それ」
「良家の子女ならいざ知らず。あたしん家みたいな中流階級、女の子の親も男の子の親も似たようなものよ。多分」
 立ち上がった彼女は俊樹に顔を向けたまま店員通用口に向かい、申し訳なさそうに付け加える。
「ごめんね俊樹、店長のお宅にも寄ってもらわなきゃなんないから、帰るの随分遅くなっちゃうね」
 言い終えると同時に押し開けた扉の隙間から、強烈な光が射し込んだ。
 回れ右をした花蓮は真正面から俊樹に飛びついてくる。
 まばたき一つの間を置いて、天が落ち地が割れるかのような音が轟いた。
 花蓮は小さな吐息を漏らし、肩をふるわせた。悲鳴を上げるには吸い込んだ空気が少なすぎたのだろう。
 自分の胸でふるえる同い年の異性、その口からはか細い吐息。彼女に自覚があるかどうかはさておき、その仕草の色っぽさは俊樹の脳をとろけさせるに足る破壊力を有していた。
 跳ね上がる心臓の鼓動を隠しきれない俊樹は「ごめん。今のは俺も恐かった」と呟き、視線を天井へと逃がしつつも花蓮の背をさするのだった。

   *   *   *


 

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What makes my heart sing? -2- 

( 2012/01/19 23:00 ) Category 短編/お題 | CM(2)

 俊樹の運転する車の助手席で、花蓮は俯いて一言も話さない。
 店長に鍵を返してから五分ほど経つ頃、ようやくぼそりと話し始めた。
「なんか、ごめん。いい歳して雷を恐がったりして」
「そんなこと気にする必要ないって。さっきのは俺だって恐かった」
 ……むしろ嬉しくてドキドキしたよ。続けようとした言葉を声に出せず、出しかけたくしゃみが途中で止まったようなもどかしさに歯がみした俊樹は、(今まで女の子とつきあった経験がないもんな)と埒もない自虐的な呟きを胸中に漏らす。
 花蓮がどんな顔をしているのか気になった俊樹は、ちらと助手席を窺った。すると――。
「なにあれっ」
 大きな目をさらに見開いて前方を指差す花蓮に促され、俊樹も前を向いた。思わず急ブレーキを踏んだ俊樹は、花蓮を大きく前傾させる愚を犯してしまう。
 気遣う俊樹を手で制し、「大丈夫大丈夫。それより外よ。UFOかも」と興奮してまくしたてる花蓮。彼女は、俊樹が車を路肩に寄せて停めるのももどかしげに路上に降りてしまった。
 あわてて彼女の背を追う俊樹の視界の中、複数の白光が舞い踊る。彼らが見上げる空で、十を超える円盤形の光が素早く不規則に移動している。ジグザグに動き回るせいで距離感がいまひとつ掴めないが、百メートルは離れているだろうか。一つずつの円盤の長径は五メートル前後、乗用車くらいだ。
 空ばかりを見上げる花蓮が車道に飛び出さないよう、俊樹は周囲を見回しながら彼女についていった。先行していた車、後続車、みな一様に路肩に停車して車を降りている。彼の視界の範囲内だけでも三人ほど、携帯電話を空に向けている者がいる。
「なんだ、あの撮影姿勢は」
 見かけた三人が三人とも、腕を一杯に伸ばしている。あんなに携帯電話を顔から離した状態で上手く撮影できるのだろうか。他人事ながら余計な心配をした俊樹が、再びUFOを見ようと夜空を仰いだその瞬間――。
「っ…………!」
 突如、強烈な閃光が居合わす人々の目を射る。真昼の陽光なみの光の奔流。ほぼ全員が手で目を覆ってその場に蹲る中、俊樹は視界の隅で確かに捉えた。

 ――雷なんかじゃない、UFOだ。奴が、撃ちやがった!

 雷鳴。閃光とほぼ同時だ。一人の例外もなく手で両耳を押さえる。
 花蓮より先に手を耳から離した俊樹は、中腰になって周囲を見回す。路上に転がる物体を見て目を見開いたが、ひとつ頭を振ると花蓮の肩に手を置いた。震える声で告げる。
「鈴木さん、車に乗るんだ。逃げるぞ」
 力一杯両耳を押さえている花蓮にはどうやら俊樹の声が聞こえていないようだ。彼女の肩を揺すり、さらに呼びかける。
「鈴木さん。……花蓮!」
「えっ」
 花蓮は顔を俊樹に向け、ようやく手を耳から離すと立ち上がった。
「今のは雷なんかじゃない。あの円盤からの攻撃だ。とにかくここから逃げよう」
 こくんとうなずいた花蓮は「何か、焦げ臭い」と呟き、周囲を見回そうとする。
「見るな」
 俊樹の制止は間に合わず、花蓮はそれを見た。音を立てて息を吸い込み、手を口に当てて震える。
 路上では人の形をした炭が三体、燻っていたのだ。
 いずれも携帯電話を操作していた人物……だろう。
「うわ、うわあぁ」
 誰かが叫んだ。
 その場の全員が、一斉に走り出す。
 俊樹も走った。花蓮の手を引いて。
 エンジン音が聞こえる。
「おい、降りろよ。俺の車だぞっ」
 俊樹の叫びがエンジン音に掻き消される。
 空噴かしの爆音を上げるのは俊樹の車だ。見知らぬ男が乗っている。夢中になって発車を止めようとする俊樹の視界に、すぐそばの歩道に倒れて手を伸ばす女性の姿が過ぎる。
「タカシ! あたしを置いてかないで」
 どうやら、恋人さえ見捨てて自分だけ助かろうという魂胆の輩らしい。頭に血が上った俊樹は声を限りに怒鳴った。
「降りろこの野郎っ。恋人を置き去りにするのか意気地なしめ」
 俊樹の叫びも空しく車は動き出す。しかし、急発進の直後にタイヤは雪上をむなしく滑り、十メートルも進まぬうちに斜めを向いた車体は対向車線へはみ出してしまった。
 耳をつんざくクラクション。花蓮の手を握ったまま、俊樹は両肩をびくりとふるわせた。
 間を置かず響き渡る無機物の悲鳴。金属の塊同士が激しくぶつかる衝突音だ。
 割れるヘッドライトとフロントガラスの破片が飛び散り、街灯や他の車のヘッドライトを浴びて夜空にきらきらと光の粒を振りまいた。
 正面衝突。対向車線を走ってきた車と俊樹の車が、フェンダーを大きくへこませて無残なスクラップとなり果てた。
 俊樹の車を奪った奴はシートベルトを着用した様子がなかった。しかも、対向車はかなりのスピードだった。エアバッグが作動したはずだが、命に関わる骨折をしたかもしれない。
 俊樹の車は走り出したばかりであり、周囲の歩行者に被害はない。自分の車が凶器となり、歩行者を巻き込む惨事につながる……という最悪の事態を免れたことが、俊樹にとってのせめてもの救いと言える。
「タカシ……。き、救急車。救急車呼ばなきゃ」
 さきほど倒れていた女性が立ち上がり、俊樹の車へと駆け寄っていく。
「もう、なんで圏外なのよっ。誰か、救急車呼んでよ……あっ」
 女性は半ばヒステリー気味に声を荒げた。駄々っ子のように手を振り回した拍子に携帯を落としてしまう。路上を滑る携帯を追って女性が手を伸ばすが、それは俊樹の車の下へと潜り込んでいく。ほとんど意味を成さない声を漏らしつつ、女性が地面に這いつくばった瞬間――。

 再び、あたりが真昼と化す。
 ほとんど反射的に、俊樹は花蓮を押し倒すようにして彼女の上に覆い被さった。
 轟く雷鳴、そして耳を聾する爆音。

「俺の車が……。俺の車の中で人が……」
 立ち上がったものの放心して呟く俊樹の腕に、花蓮がぶら下がるようにしがみついてきた。
「俊樹! とにかく今は、ここから逃げよっ」
 俊樹は花蓮に視線を合わせると、ひとつ瞬きをしてから無言で頷いた。再び自分の車に視線を戻す。視線の先――炎上する俊樹の車の脇で、携帯を落とした女性が横座りの姿勢で震えている。命に別状はなさそうだ。
 夜空を見上げる。女性には興味を示さず、UFOが別の獲物を探すかのように飛び去っていくところだった。時折、遠方で稲光が奔(はし)り雷鳴が轟く。目を懲らせば、別のUFOが地上を攻撃している様子がはっきりとわかる。
「間違いない。黒焦げになった人と言い、今の攻撃と言い……。奴ら、電源の入った携帯を攻撃しているんだ」
 根拠は甘いが、俊樹は直感に従って断言した。直感を疑う余裕は今の俊樹にはない。
「花蓮。携帯の電源、切っておくんだ」
 言うが早いか、俊樹は自分の携帯を操作して電源を切る。そして、口に手を当て周囲に呼ばわった。
「みんな、聞いてくれ。あのUFO、電源の入った携帯を攻撃している。携帯の電源を切れっ」
 ふと気付くと、周囲は悲鳴と怒号、さらにはエンジン音とクラクションの坩堝と化している。俊樹の声に耳を傾ける者はほとんどいない。
 徒労感に苛まれつつも、俊樹は花蓮の手を引いて走り出した。

(伏せろ、地球人!)

「きゃっ」
 俊樹は考えるより先に、再び花蓮を押し倒して覆い被さった。
 夜空が明滅する。次いで、雷鳴よりはずっと小さい、滝が流れるような音が聞こえてきた。
 薄目を開けた俊樹は花蓮から体を離し、夜空を見上げ――
「なにっ!?」
 大きく目を見開いて勢いよく立ち上がり、開けた口を閉じるのも忘れて見送った。UFOのひとつが機体の端から火花を散らし、機体を揺らして逃げるように飛び去っていく様子を。
 さっき警告してくれたのは誰だろう。あれは耳で聞いたのでなく、頭の中に直接響いてきたような気がする。そんなことを考えながら周囲に視線を走らせた俊樹は、ほど近い道端に黒焦げの死体がもうひとつ増えていることに気付いて息を飲んだ。
 ほぼ同時に、さきほど頭の中に響いた言葉を単語として反芻し、違和感を覚える。
「何て言った。たしか“地球人”って」
 もしかして、呼びかけてきたのはこいつだろうか。目の前で燻っている新たな黒焦げ死体……こいつが、UFOの攻撃から助けてくれた? 考えていても答は出ない。今は近くにUFOがいないのだ。とにかくこの場から少しでも遠くへ逃げよう。
 混乱する頭を無理矢理落ち着かせて意志を固めた俊樹は、再び花蓮の手を引いて走り出し……、またしてもすぐに足を止めた。
「きみたち、車盗られて困ってるだろう。よかったらオレの車で送っていくぜ」
 俊樹たちの目の前に現れた人物が、傍らに停車中のセダンの屋根に手を置いた姿勢で話しかけてきたのだ。
 常であれば、俊樹としては目も合わせず脇をすり抜けていたことだろう。何しろその人物――おそらく三十歳前後の男性――は、バンダナと黒い革ジャンという、八〇年代ロックアーティストを彷彿とさせる勘違いファッションでキメていたからである。
 だがその勘違い氏――
「オレの名は三芳礼治。ジョニーと呼んでくれ」
――ジョニーは、周囲でパニックを起こす人々とは違い、落ち着いていた。
 俊樹は花蓮と目配せし、頷き合うと即断した。
「……お願いします。助けてください」
 パワーウインドウが開く音がして、俊樹はそちらに目を向けた。開いた窓の内側から高い声がかけられる。
「ねえジョニー。誰、この人たち」
 漆黒のストレートロング。助手席に座っているのは、小学校高学年くらいの女の子だった。
「ロックなハートのお兄さんたちだぜ、マリー」
「そう」
 にこりともせずに返事をした女の子は、俊樹と花蓮には笑顔を見せた。
「鍵、開いてるわよ。どうぞ乗って」

   *   *   *



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What makes my heart sing? -3- 

( 2012/01/20 22:49 ) Category 短編/お題 | CM(0)

 車に乗ってからしばらく、誰も何もしゃべらなかった。それというのも、慌てすぎてハンドル操作を誤り、雪道で立ち往生する連中が後を絶たなかったからだ。
 そんな中、ジョニーは神がかったハンドル操作で先を走る車の脇をすり抜け、あっという間に他の車がほとんどいない通りまで走破してしまった。
 後部座席で肝を冷やす俊樹たちを尻目に、マリーは平然とカーラジオのスイッチを入れる。顔を後ろに向け、話しかけてきた。
「ちなみにあたし、茉莉。ジョニーの娘で小六よ。茉莉でもマリーでも、好きな方で呼んで」
「あたしは鈴木花蓮。彼は吉田俊樹でふたりとも大学一年よ。ねえマリー。お父さんっていつもこんな運転なの?」
「ご想像にお任せするわ、花蓮」
 花蓮はほんの一瞬虚空を見上げたが、すぐにマリーへと視線を戻した。
「……この話題はやめておくわ。マリーは恐くなかった? あのUFO……。あたしは恐くて、しばらく声も出せなかった」
「あたしらはロッカー。歌えればそれでいい。そんで、生活にスリルがあればもっといい。今夜はなかなかスリリングじゃない。充分楽しいわ」
 迷いなく言い放つマリーの横で、ジョニーはニヤニヤしながら運転している。
「あ、そう……」

 その後、花蓮が告げた彼女の自宅へ車を向かわせようとしたジョニーだったが、UFOどもを避けられそうな迂回路は全て、事故車や渋滞などで塞がれている有様だった。
「携帯は使えねえけど固定電話なら連絡できるかも知れん……と言っても、どこまで走っても見あたらねえな、電話ボックス。こりゃ、最悪の場合朝まで車中泊ってことで」
「構わないわ。朝帰りしたからっていちいち目くじらたてるような親じゃないもの。……あ、朝帰りって言っても女友達とカラオケオールナイトとかそんなのばっかりだけどねっ」
 なぜか窓の外へ視線を逃がしながら言う花蓮。落ち着かない様子の彼女と、その横顔をちらちらと盗み見る俊樹を交互に眺め、マリーはにやにやしていた。
 後部座席と助手席の様子に気付いた風もなく、ジョニーが気軽に言う。
「車中泊なんて冗談さ。二人とも、いざとなればうちに泊まればいい」
 礼を言う大学生たちに被せるように、マリーが話しかけてきた。
「俊樹ってロッカーなんでしょ。さっきジョニーがそう言ったわ」
「俺は高校の時合唱部にいたから歌は好きだけど、特にロックが好きってわけじゃないよ」
 そう俊樹が答えると、ジョニーが割り込んできた。
「あんたは立派なロック魂を持ってるぜ、トシ」
「ト……トシ?」
「聞いてたぜ。さっき、『恋人を置き去りにするのか意気地なしめ』ってさ。それも、自分の車を盗った相手に。しびれるじゃねえか」
「しびれる?」
 目を眇めて聞き返す俊樹に、マリーが解説してくれた。
「死語よ。それも、ジョニーが生まれる前の。感動したことを表す言葉だそうよ」
「あ、そう……」
 知らず、つい先程の花蓮と同じように脱力した返事をする俊樹。
 その時、ジョニーは鋭く細めた目でカーラジオを睨みつけ、「しっ」と声に出して会話を制した。
『……政府特別緊急放送です。本日午後十一時現在、我が国は緊急事態に対応するため超法規的措置を実行しております。日本全土に戒厳令が発令されました。国民の皆さんには許可無き外出を禁止します。現在我が国は何らかの事故またはその他の要因により、インターネット・地上デジタル等の情報インフラを寸断され、政府広報はアナログラジオ放送に頼らざるを得ない状況です。諸外国との連絡も途絶しております。いずれ続報をお伝えします。今後しばらくの間、ラジオでお伝えする情報に従って冷静に行動してください。この厳しい状況への対処は自衛隊を加えた政府特別対策チームにて行います。対策チームには即時発砲を含む超法規的措置が適用されます。国民の皆さんはくれぐれも外出しないように。繰り返します。政府特別緊急放送……』
 同じ文言ばかりが繰り返し放送されている。沈黙が支配する車の中、まずジョニーが声を出した。
「ふっ。くくくく」
 マリーがそれに続く。
「うふふ。あははは」
 笑う二人を交互に見た俊樹は、尖った声を出す。
「これはとんでもない事態ですよ。何がおかしいんですか」
「そうですよ。政府は既にUFOに気付いてて、自衛隊を含めて対処に乗り出してるってことでしょ。早くどこかの建物に避難しなきゃ」
 花蓮も焦った声を出すが、ジョニーは意にも介さない。
「わかってねえな、トシもレニーも」
 レニーとは花蓮のことであるらしい。前方を見たまま話すジョニーの声は、心なしか低めになっていた。
「今の放送、携帯のけの字もなかったよな。トシが気付いたこと、政府はともかく自衛隊が気付いてないと思うか?」
 ジョニーの真意がわからず、俊樹と花蓮は後部座席で互いに顔を見合わせた。振り向いたマリーは笑みを浮かべたまま告げる。
「俊樹も花蓮もしっかりしてよ、あたしより歳上なんだから。日本の政府ってば、何かコトが起きるととにかく情報収集とか言いながら絶望的なくらい初動が遅いでしょ。それが何故今回、こんなに素早いのかしら」
 マリーの説明を受けて目を見開く俊樹に対し、花蓮はもの問いたげな視線を向けた。彼女にもマリーにも視線を合わせず、俊樹は虚空を睨むようにして自分の考えを述べる。
「海外の緊急事態についての第一報をマスコミ報道で知るような無能政府にしては、確かに今回の動きは早すぎる。ネットと地デジがダメでもラジオなら大丈夫と気付き、あまつさえ超法規的措置の決断まで済ませている……有り得ない。つまり」
「そうよ。あのUFO連中による偽装放送か、政府そのものが乗っ取られたか。そんなところじゃないかしら」
 笑みを消し、声を低めて言い放つマリー。
「は……。だめだ、笑えない」
 続けようとした言葉と一致する内容をマリーの口から聞かされ、なおも笑い飛ばそうとした俊樹だったが、彼にはお手上げのポーズをしてみせることしかできなかった。
「待って待って」と花蓮が割り込む。「政府はもっと前からUFOのことを知ってたとは考えられない?」
「ああ、知ってただろうさ」
 ジョニーはさも当然とばかりに花蓮に返事をし、考えを述べる。
「知ってたとしてもこれほど迅速に強硬な対抗策を講じられるようなリーダーシップは持ち合わせちゃいねえ。だから、本物の政府による放送とは限らねえ。少なくとも、今すぐこの放送の内容を鵜呑みにするには早いというのがオレの考えだ」
 ジョニーは一呼吸置いて「さて、どうしたもんかな」とあくび混じりに呟いた。弾かれたように反応した花蓮が裏返った声を立てる。
「まさか! UFOに立ち向かおうとか言うんじゃないでしょうね、ジョニーさん」
 ちらと聞いた本名を思い出せず、つい渾名の方で呼びかけてしまった花蓮。今ひとつ締まらない空気の中、飄々とハンドル操作を続けるジョニーは、彼女の言葉をあっさりと否定した。
「するわけないさ、レニー。さっきの攻撃はオレもこの目で見た。あんなもん、銃で立ち向かっても敵いっこないぜ。どうしたもんかなと言っておいて何だが、オレたちゃロッカー。やることは一つだ」
 再び後部座席に背を落ち着けて顔を見合わせる俊樹たちに対し、振り向いたマリーは顔を傾けてウインクして見せた。
「歌うだけよ」
 あっけにとられた俊樹たちが絶句すると、そのまま会話もなくなった。
 それから十分ほど無言で運転を続けたジョニーは、一軒のライブハウス前で車を停めた。
「ここで歌うんですか、ジョニーさん。もうこんな時間だし、開いてないでしょう」
 車を降りて向かい合うジョニーと俊樹の間を、黒髪をなびかせてマリーが横切っていく。男たち二人の胸元までしかないその背丈を見て、俊樹はようやく彼女が小学生である事実を思い出していた。
「ジョニーはここのオーナーなのよ。で、二階があたしたちの住居」
 告げるマリーの手には鍵が握られていた。

   *   *   *



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What makes my heart sing? -4- 

( 2012/01/22 02:18 ) Category 短編/お題 | CM(0)

 飛び散る汗がスポットライトを反射して輝く。フォグに包まれたステージ上でジョニーが身体を折り曲げる。自らかき鳴らすギターの音色は本格的だ。
 演奏しているのはどうやらオリジナルだが、雰囲気は衣裳同様八〇年代の曲調だ。まさに――。
「シャウトが炸裂する……という表現がピッタリだな。古いけど、古くさくはない」
 爆音とも呼べる演奏の中、俊樹の呟きは隣にいる花蓮の耳にも届かない。
 いつの間にかジョニーの隣に寄り添ったマリーが、澄んだ声を張り上げる。彼女の高い声はジョニーの太い声と意外にも相性が良い。無理に大人びた歌い方はしていないし色気と呼ぶべき雰囲気も醸してはいないが、マリーの歌声は古い雰囲気の曲に華やかな彩りを加えた。
 親子の歌声に耳を傾けながらも俊樹は、目だけを隣に向けて(一緒に歌いたいな、花蓮と)と胸中に呟く。
 一曲歌い終えたジョニーに感想を求められ、俊樹は言葉を選びつつ答えた。
「ロックのことはよくわかりません。正直言うと新しさは感じませんが、かっこいいとは思いました。マリーはとても良い声です。歌い方の基本がしっかりしてて、特に高い声が良く伸びますね。俺としては、マリーに讃美歌を歌って欲しいと思いました」
 ジョニーは満足げに頷くと、満面に笑みを湛えて俊樹の背中をばんばん叩いた。
「うれしいぜ。よーし。オレの演奏でよければ全員で讃美歌を歌おうぜ」
「全員!? 待って待って、あたし讃美歌わかんない」
 慌てる花蓮に、ジョニーは親指を立てて見せた。
「讃美歌って言ってもオレが演奏できるのは『きよしこの夜』とか『もろびとこぞりて』とか、誰でも知ってる奴だけさ」
「それって讃美歌だったのね。ならあたしにもわかります」
 ジョニーによるギターの音量を抑えた伴奏のもと、四人での合唱が始まった。
「思った通り。花蓮の歌声、すっごく素敵……」
 ジョニーが挙げた二曲を歌い終えたところで、マリーがそう呟いた。それを聞きとがめ、すぐにジョニーが窘める。
「こらマリー。トシの台詞を奪うんじゃない。聖夜に恋人たちの邪魔はするもんじゃないぜ」
「げふっ」
 ジュースを飲んでいた俊樹がむせた。
「なにやってんのよ俊樹」
 背をさする花蓮に手をあげて感謝を示すと、俊樹は「マリーに台詞とられたよ」と言って微笑んだ。姿勢を正して彼女の正面に立つと、相手の目を真っ直ぐに覗き込む。
「な……なに」
 心持ち頬を赤らめる花蓮の前で深呼吸し、告げる。
「俺たちただのバイト仲間だし、外でUFOが暴れ回ってる時に言うことじゃないかも知れないけど。一緒に歌ってみて、はっきり感じたんだ。花蓮。キミと一緒に……。もっと歌いたい!」
 言い切った直後、出しかけたくしゃみが途中で止まったような表情を見せる俊樹。
 バランスを崩して今にも転びそうなふりをしたマリーが声に出して「ずるっ」と言い、俊樹を睨む。
「まだ恋人同士じゃなかったんだ。……もう、焦れったいなあ。だったら言う言葉が違うでしょ、俊樹」
 ギターを鳴らしてマリーを遮ったジョニーが、娘に対して「物事には段階ってもんがあるのさ」と諭す。
 俊樹と花蓮の様子に視線を走らせたジョニーは、娘の手を引いて静かにステージを降りた。
 今や、花蓮の頬は真っ赤に染まっている。
「もちろんよ。言ったでしょ、俊樹とは気が合いそうだって」
 直前にマリーが入れた茶々は、なかったことにするつもりのようだ。
 少し左右に視線を逃がしつつ、ちらちらと様子を窺う俊樹。
 俯き、ときどき上目遣いに、やはりちらちらと様子を窺う花蓮。
 ふたりは申し合わせたようにいったん視線を下げ、再びお互いの視線を真正面から受け止める。そして深呼吸し、どちらからともなく口を開こうとした、その途端――。

 破裂音。風船が割れる音を耳許で聞かされたかのような錯覚に襲われ、場の全員が首をすくめる。

「全員手を挙げろ。貴様等には国家反逆罪の疑いがある」
 硝煙の臭いと共に、制服姿の男たち四人がライブハウスに乱入してきた。
「なんだお前ら。旧日本軍?」
 さりげなく三人をかばう位置に移動していたジョニーは、手を挙げながらそう呟いた。
 ジョニーが言う通り、乱入した男たちの制服は自衛隊のものではなく、戦争映画に出てくるような古めかしい制服だ。抱えている武器も三八式《さんぱちしき》歩兵銃――銃口前方下部に刃渡り三八センチの剣を備えた銃剣――である。
 先頭の兵士だけは他の兵士と違い、袖口にラインがある。おそらく指揮官と思われるその男が、ジョニーの疑問を無視して大声で告げる。
「我々政府特別対策チームには即時発砲の権限がある。貴様等容疑者は、本来であれば遅滞なく射殺の刑に処すべきところ、今しばらくの猶予をくれてやる」
 ジョニーは挙げた手を後頭部で組むと、呆れた声で聞き返す。
「いろいろと突っ込みたいところだが、その前に。オレたちが一体何をしたってんだ」
「とぼけても無駄だ。貴様等が歌っていたのはわかっている。周辺住民からの密告があった」
 見開いた目を細めたジョニーは、気の抜けた声で「それがどうした」と呟いた。
「ふむ。どうやら貴様等、ラジオを聞いていないようだな。よかろう、教えてやる」
 指揮官は胸を張ると高らかに宣言した。
「我々はノエルスフィア星人である。貴様等地球人との共存を目的にやってきたのだが、このたび事情が変わった。急遽日本政府を乗っ取らせてもらったので、以後日本国民は我々の指示に従ってもらう」
「あーそー」
 組んでいた両手で後頭部をぽりぽりと掻き始めるジョニー。彼は、前に出ようとする俊樹に気付き、視線で制した。
「信用するもしないも自由だ。ただし、行動の自由を与えるわけにはいかない」
「それで、宇宙人さんよ。オレたちをどうしようってんだ」
「何、難しいことを要求するつもりはない。ただ、今後は歌を歌わないことを誓ってもらい、それを守ってもらうだけでいい」
「……はぁ? 意味がわかんねえ」
 指揮官以外の三人の兵士が一斉に銃を構えた。いずれの銃口もジョニーに向けられている。
 それらを手で制した指揮官は、ジョニーたちに対して賞賛とも呼ぶべき眼差しを向けた。
「ほう。貴様等日本国民に何かを強制するにはこの姿が一番だと思っていたのだが、例外がいるようだな」
 黙っているジョニーたちの周囲をゆっくりと歩いた彼は、両手を腰の後ろに回して胸を張り、再びジョニーの正面で足を止めた。続けて、軽く笑みさえ含んだ声色で穏やかに告げる。
「これは取引だ。我々とて無闇に地球人を殺戮したいわけではない。相応の交換条件を用意し、それを日本政府が飲んだというわけさ。よって貴様等日本国民どもには選択権はない」
 ジョニーはぎり、と歯を鳴らす。
「オレたちから歌を奪う、だと。どんな交換条件なんだ」
「せいぜい百年しか生きられない貴様等地球人、いや日本人の寿命……それを倍増する。これにより人口問題・食糧問題・エネルギー問題などが一層深刻化するが、それらの解決策として我々の母星の技術を提供する」
「ほう」
 ジョニーの額に青筋が浮いている。
「随分と気前の良いことだ。そうまでしてオレたちから歌を奪うメリットは何なんだ」
「これ以上のことを教えるつもりはない。嫌ならこの場で射殺する。歌を歌うそぶりを見せるだけでも射殺する。さあ誓え、歌を歌わないと」
 指揮官を含む四人の銃口が構えられた。
 ジョニーは一度、背後を振り向く。
 歌えないまま、いや、たとえ自ら歌えないとしても誰の歌も聴けないまま寿命だけが倍増する――そんな生き地獄、世界の滅亡と同義じゃないか。
 俊樹は花蓮と頷き合い、マリーとも頷き合うと、ジョニーを真っ直ぐに見て大きく首を縦に振った。
 ジョニーは謝罪するかのように一度目を閉じると再び前を向いて兵士たちを睨み付け、告げる。
「嫌だ。誓わない」

 膨れあがる殺気。
 後悔なんかしないぞ、ジョニーと同じ気持ちだ。兵士達を睨み付ける俊樹。彼の視界正面を遮るように、ジョニーの背が彼らをかばう。
 自分とそんなに変わらないジョニーの体格。俊樹はその背中をやけに広く感じていた。その背をマリーが右手で掴み、左手を花蓮と繋いでいる。
 いつしか俊樹の右手は、花蓮の左手をしっかりと握っていた。
 このまま死ぬのか。
 最期はせめて胸を張り、このくらい大きな背を見せて。ジョニーの位置に立っているのが俺だったら――そう思った途端、俊樹は声を張り上げる。
「花蓮! キミと――」
 破裂音。兵士達の銃口が火を噴いた。

   *   *   *




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What makes my heart sing? -5- 

( 2012/01/24 00:00 ) Category 短編/お題 | CM(11)

 飛び散る汗がスポットライトを反射して輝く。フォグに包まれたステージ上で俊樹が身体を折り曲げる。
 ジョニーがかき鳴らすギターの音色に乗り、背を合わせた花蓮とマリーが高い声を張り上げる。
(ありがとう、地球人。すでに敵の七割以上を掃討した)
 頭の中に直接響く声。

「あれ、俺たち撃たれたんじゃなかったっけ……」
 熱唱していた曲が終わったタイミングで俊樹は周囲を見回す。ジョニーのライブハウスの中だ。
「……!」
 耳を澄ますまでもなく雷鳴が聞こえる――自然の雷じゃない。
 聞き覚えがある。路上に何人もの黒焦げ死体を転がした、UFOによる雷撃だ。
「いや、でも」
 嫌な感じがしない。俊樹以外の三人も気にしていないようだ。
 それさえも演奏の一部であるかのように、四人の歌声が夜空に響き渡る。
(手を煩わせてすまない。残りの敵も所在を把握した。あとはゆっくり休んでくれ)
 何曲目かの演奏を終え、ジョニーが俊樹たちに同意を求める。
「全然歌い足りねえ。最後まで協力するさ。……なあ、トシ? レニーとマリーも」
 片目を閉じるジョニーを囲み、三人の少年と少女が頷き合う。
(うむ。では好きなだけ演奏していただこう)
 普通に会話する宇宙人とジョニーの様子を見た俊樹は、途切れていた記憶のピースがはまる気分を味わった。
「そうだった。俺たちは今」
 今、彼らがいるのはUFOの内側である。そして彼らの歌声は日本全国へと『配信』されているのだ。
 俊樹が周囲を見回しながら呟いた。
「それにしても、外側だけ見ると乗用車と同じくらいの大きさなのに、内側はこんなに広いなんて」
(いや、君たちの肉体は元いた場所《ライブハウス》に保存してある。今、ここには君たちの意識だけを乗せているのだ。君たちの言葉で言えば、サイバースペースやバーチャルリアリティ空間と言った概念に近い)
 ジョニーは考えるのを放棄するかのように言う。
「どっちでもいいぜ。この身体もギターも仮想現実だとは信じがたいが、音が出て歌も歌えるなら問題ねえ。歌うだけさ」

   *   *   *

 雷鳴が轟き閃光が視界を奪う。
 凶暴な熱波が荒れ狂い、生きたまま溶鉱炉にでも放り込まれたかのような錯覚に身も心も押し潰されそうになった俊樹だったが……。
「…………」
 やがてあたりは静寂に包まれる。
 床にうずくまっていた俊樹はおそるおそる立ち上がる。身体のどこも痛くない。
 落雷に見舞われたのかと思ったが、そんなことはなさそうだ。
 周囲を見ると、すでにジョニーが立っていた。抱き合っていた花蓮とマリーもお互いの身体を支え合うようにしてゆっくりと立ち上がる。四人の身体が光を放っているように見えて軽く頭を振った俊樹だったが、ふと疑問が湧いて天井を仰ぐ。
「……あれ?」
 記憶に齟齬が生じている。俊樹はもう一度頭を振った。
「たった今、俺たち歌ってなかったっけ」
 正面の床を見下ろした。
 人型の炭が四つ、床に転がっている。
 何が起きているのか、すぐには理解できない。続いて真下を見下ろし、今度こそ声にならない悲鳴を上げる。
 俊樹たち四人の身体が転がっている。それぞれの身体の上に、ぼんやりと燐光を放つ身体が浮いていたのだ。
(大丈夫だ。君たちは死んではいない)
 頭の中に直接響く声。
 ゆっくりとライブハウスの入口に目を遣ると、壊れて開け放たれた扉の向こうから光が射し込んでくる。光源にいるものは、UFO――路上で目撃した奴だ。
(君たちの勇気に敬服する。我々は……いや、我々も、というべきか。ノエルスフィア星人だ。君たちは乗り物だと思っているようだが、円盤形生命体だ)
 俊樹は他の三人と顔を見合わせ、みな同じように円盤形生命体の声を聞いていることを知った。

 円盤形生命体の説明はこうだった。
 日本政府を乗っ取ったのは指名手配中の犯罪者。故郷のノエルスフィア星を追われて宇宙海賊となった連中である。しかし、宇宙での海賊行為は長くは続かなかった。
 圧倒的な武力を誇る星間連邦警察に目を付けられた海賊どもは安住の地を求めて銀河辺境を目指し、やがて地球へと逃げ延びた。ヒューマノイド型生命体である海賊どもは住人として地球に潜伏し、追っ手の目を欺くことに成功する。その後、地球人より何倍も長命であることを利用して緩やかな侵略を実行に移した。
 星間警察による海賊捜査の手は、一応は地球にも伸ばされたという。しかし、地球が星間連邦に所属していないこと、及び海賊どもによる地球人殺戮行為がない――少なくとも発覚しない――ことにより、惑星侵略行為についてはろくに調査されることはなかった。
 結局、海賊行為の途絶えた宇宙海賊を執拗に追跡することなく、星間連邦警察は引き揚げてしまう。
 一方、海賊どもが日本政府とかわした寿命を延ばすという約束には偽りはない。そのための手段として、人間の肉体を有機サイボーグに交換するというのだ。
 しかし、取引にあたって海賊どもが隠していた事実がある。
 有機サイボーグには歌を歌う機能と――生殖機能がないのだ。
(それだけではない。サイボーグ化された地球人はおそらく洗脳され、海賊どもの尖兵として使役されるだろう。同じ星の警察として我々が奴らを止めなければ)
 そこまでの説明を聞いて、俊樹は疑問を口にした。
「UFOを撮影しようとしていた人々を撃っただろう。あれは何故だ」
(奴らも宇宙海賊。そして我々は海賊どもの正体を見破るスキャニング装置を持っている。しかし、携帯電話に似せた端末は我々のスキャニングをジャミングする装置であり、攻撃を兼ねる武器でもある)
 そう言えばあの三人組、不自然に腕を伸ばしていたっけ――そのことを思い出した俊樹は、続いて何者かから警告を受けた記憶を呼び覚ます。そう、たしか(伏せろ、地球人!)と。あれは、UFOからの警告だったのだ。
 UFOの説明に熱っぽい響きがこもり始めた。
(地球人の歌には――とくに、きみたちの歌や叫び声には力がある)
 車を盗られた際に叫んだ俊樹の声。スタジオでの四人の歌声。それらは、宇宙海賊どものジャミング端末の効果を劇的に打ち消すというのだ。
 ここで銀河パトロールたちの『声』の調子が説明口調から依頼口調へと切り替わる。
(我々はこれより宇宙海賊どもの残党狩り、および奴らによる破壊工作の数々を元に戻すための作業に入る。そこで相談だが、地球人の青年よ。君の声はとてもよく通る。君の――君たちの声を、地球人のラジオと我々の音声出力機から地上へと流したい。そうすれば、残党狩りが楽にできる)

   *   *   *

 瞬きを一つして、目を開けた俊樹は左右をきょろきょろと見て呟いた。
「あ……まただ」
 スポットライトに照らされたステージ。ジョニーとマリー、そして花蓮が側にいる。
(君たちの意識を肉体から切り離し、ライブハウスからここに転送した。しばらく記憶が前後すると思うが、特に問題ない)
「肉体……」
 覚えている。俺たちは旧日本兵――宇宙海賊どもに、確かに撃たれた。
 呆然と呟いた俊樹たちの頭に、UFOの声が響いてくる。
(間に合わなくて申し訳なかった。だが、肉体の損傷は明朝までには修復可能だ。こうして四人とも意識をサルベージできたので、明朝には肉体に戻す。戻してすぐ、元通りに活動できるので心配ない)
 マリーが声を張り上げた。
「あたしらはロッカー。いえ、シンガーズ! とにかく、歌えるんなら何の問題もないわ」
(メリークリスマス、シンガーズ)
「声が嗄《か》れるまで歌おうぜ! 花蓮」
「うん、朝まで一緒に! 俊樹」
 突然、床が揺れた。壁面から火花が飛び散る。
(すまない、演奏を再開してくれ。敵の位置が把握できない)
 海賊どもからの反撃を受けているのだ。
 俊樹が振り向くと、すでにギターを肩にかけていたジョニーが親指を立てる。
「それじゃいくぜ!」
 ジョニーの伴奏を合図に、俊樹は場の全員と視線を交わす。
 イヴに世界とキミと――仲間たちと。

We Wish You a Merry Christmas,
And a Happy New Year!



【What makes my heart sing?  完】

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