待つ以外にすることがない。
なぜ奴なのだろうか。一体、奴のどこが他の奴と――俺と違うのだろうか。
「運命……か」
柄にもない言葉を吐き、苦笑する。
「全部教えておいてやっても良かったんだが、そうすると奴のことだ。意識しすぎて、肝心なところで失敗するかも知れん」
それがスレッジの性格に対するスービィの評価である。
作戦開始時刻の直前、無線機が着信を告げた。
定時報告ではない。スービィは素早く応答する。
「アルファ2。アルファ3だ。オメガがイオタ1の車に便乗。走り去るぞ、どういうことだ?」
ユキからだ。噛みつくような勢いの、鋭い声である。
陸軍情報部のそれより高度な暗号化無線を使ってはいるが、万一の傍受に備え、個人名で呼び合うわけにはいかない。従って、殆どの固有名詞を情報部と同じコードネームに置き換えている。
「アルファ3。アルファ2だ。どうやら最初からアルファ1は“荷物”だけじゃなく、オメガごと持っていくつもりだったようだな」
スービィは、それさえ想定内だと言わんばかりに冷静に応答する。
「アルファ2へ。奴ら、ポイント0・0・0に向かってる。このままではピックアップが困難だ」
「アルファ3へ。オメガにはそれなりの“荷物”を持たせてある。もともと、オメガたちのピックアップはオプションに過ぎん。本来の任務を優先しろ」
ユキは、カナをなんとかして助けたかった。任務抜きで会い、話をしてみたかった。
軍隊への入隊を目指してきた自分とは180度違う人生を送ってきたのであろう、歳の近い女性。一般人にしては油断のない注意力を持っているように見受けられるが、物腰の端々にどこか柔らかく相手を包み込むような優しさが透けて見える。ユキは今朝会ったばかりのカナに対して、そんな印象を持っていた。
――任務に私情は禁物……か。
自分が助けなくても、あの賞金稼ぎがカナを助ける手筈となっている。
ユキは初めて感じた任務中の逡巡をなんとかねじ伏せた。軍人としての自覚。口の中に嫌な苦味が広がる。
「アルファ2へ。了解だ」
14時59分。
無線機が雑音を立て、スービィはスイッチを切ろうとした手を止めた。
次いで、無線機は兵士同士が叫び合う声を拾う。
「アルファ2! シグマが――、シグマが爆発した!」
* * *
スレッジが円筒形のユニットのレバーを引いた途端――
閃光と轟音も束の間、世界が暗転した。
地に足がついていない。頼りない浮遊感に不安を募らせる。
暗闇と無音の世界だ。視力と聴力を失ったのか。
いや、それより――
「俺は死んだのか?」
早鐘を打つ鼓動を自覚する。
息苦しさと発汗の生々しさに己の“生”を確認したとき、何者かが呼びかけてきた。
(我が呼び声に応えよ。“乗りこなす者”よ、礎を築き給え)
それは耳に届く声ではない。頭の中に直接響いてくる。
「誰だ。俺は“乗りこなす者”なんかじゃない。スレッジだ」
自分の声が鼓膜に響く。聴力は回復しているようだ。
(汝はフィールドを自在に操ることのできる、選ばれし人間。それ即ち“乗りこなす者”――)
言葉にすると、そんなニュアンスだ。何のことだかよくわからない。
だが、スレッジは確実に感じていた。穏やかで友好的な、温かみのある意識を。それは個人のようでもあり、集団のようでもある。姿の見えぬその存在が、自分に何かを伝えようとしている。
スレッジは頭で考えるのをやめ、直感や感情といった感覚的な部分に身を委ねた。
「俺に何をさせたいんだ?」
(汝の世界のコトバを完全には理解できない。イメージを映像にして伝える。受け取ってくれ)
宇宙服。技術の進歩。宇宙空間を移動する大船団――遙かな未来のイメージだ。
札束。武器。椅子。密談――現在のイメージ。
「大体わかった。俺が《アースシェイカー》を止めてやる」
頭に響く声が聞こえなくなり、世界がもとの岩場へと戻っていく。視力が回復した。虹のような七色の光が、自分の周りで輝いている。
「! ミリィはどこだ! ミリィ!」
「ああよかった! 僕ここだよ、無事だったんだね、スレッジも!」
ほぼ正面にいた。だぶだぶのTシャツとジーンズ、逆さにかぶった野球帽からはみ出す赤毛。
スレッジがほっと胸をなで下ろしていると、ミリィが正面から抱きついてきた。
「ん? 体温を感じない……」
「僕ら、身体にフィールドを纏ってるんだ」
――スービィの野郎。
初めから、誰が“乗りこなす者”かを知っていたとしか思えない。それならそれで、知っていることを全部伝えておいてくれれば良かったものを。
「ミリィ。俺は、誰を信じれば良い?」
ミリィはほんの一瞬だけ困ったように視線を泳がせたが、真っ直ぐにスレッジの目を見上げてきた。
「スレッジが信じたい人を」
「よし、仕事だ、ミリィ!」
スレッジの視界に怪我をして気絶している兵士が見える。
「うん!」
嬉しそうにうなずくミリィ。彼女が軽く指を振ると、監視カメラがひとつ破裂した。周囲で輝いていた光が消える。
「なるほど。フィールドにはそんな使い方もあるのか」
スレッジは兵士を抱えると、なるべく格納庫の入口から離れた場所に横たえた。
「なんだこれ。まるで重さを感じないぜ」
「スレッジ急いで! 《アースシェイカー》が起動しちゃうよ!」
「おう!」
スレッジとミリィは格納庫へと飛び込んだ。
* * *
作戦開始1分前だ。この作戦において、ペイジ中佐が直接指示を出す必要はない。
装甲車の中でモニターを眺めていたペイジ中佐は口元だけを歪めて笑う。
「何をしたかったのか知らんが、バイク1台で突っ込んでくるとは愚かな」
モニターには、爆発炎上するバイクが映っている。
しかし。
10秒経過。15秒経過――
「? 妙だ。なぜ輝きが消えん。燃えているわけではないのか?」
運転席の“アルファ4”がペイジ中佐の指示を仰いだ。
「不確定要素が取り除かれるまで、作戦を延期しますか?」
「何を言う。変更はしない。予定通りだ!」
「はっ!」
助手席の兵士が端末を操作し、アルファ4が通信機で呼びかける。
「ベータ1へ。アルファ4だ。《E》起動、30秒前! 総員、ポイント0・2・2へ退避!」
「アルファ4。ベータ1です。了解!」
モニターに、天蓋を岩場に偽装した格納庫から離れていく兵士たちが映る。
バイクの破片が散らばる爆発地点では、いまだに輝きがおさまらない。ペイジ中佐は訝しむ視線をモニターに突き刺した。
そばには倒れて気絶している兵士が1人。先ほどのバイク爆発に巻き込まれたのだろう。他の兵士たちは怪我人を連れて退避するのを断念し、訓練同様に駆け足で退避していく。
その様子を映した直後、ペイジ中佐が注視していたモニターが突然沈黙――砂の嵐状態となった。
「何だ?」
「予備のカメラに切り替えます」
助手席の兵士がペイジ中佐のつぶやきに答え、迅速に沈黙したモニターを回復させる。
バイクの破片が散乱している地点に、先ほどまでの輝きは確認できない。
それよりも、倒れていた兵士がいない――、いや、いた。モニターの隅にぎりぎり映る場所まで退避している。相変わらず気絶している。この短時間で自力で這って移動できる距離ではない。
ぎり、という音が聞こえた。ペイジ中佐が奥歯を噛みしめたのだ。
「敵は生きている! アルファ4! 格納庫内に《P》を突入させろ!」
(16)に続く