蒲公英 ~癒しと生命力の花~

日記ブログ。たまに短編小説を発表。長編小説(別サイト)連載時は更新通知ブログと化す。

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【拍手返信】2月17日分 

( 2011/02/18 12:05 ) Category 拍手返信 | CM(0)

記事:【日記】作家としての矜持とオリジナリティ

拍手とコメントありがとうございます!
お返事は追記から。

 
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>> 東屋さん

コメントありがとうございます。
ネットで作品を発表されている方々の中には指摘されたくない方々もいらっしゃいますからね。
緩く楽しめれば良いという。そういう楽しみ方も、私は当然アリだと思っています。
そして、どのような姿勢であれ、そこに序列はないとも思っています。
楽しみ方も取り組み方も人それぞれ。
そんな中、同じように取り組む仲間と出会えた我々は宝を手にしたようなものですよね♪


>> デン助さん

いやー、またしても偉そうに書いてしまいました(^^;
こんな記事でも何かの参考になったのであれば嬉しい限りです。
お互い、がんばりましょう!
▼追記(18歳未満閲覧危険……嘘ですよ♪)▼
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【日記】作家としての矜持とオリジナリティ 

( 2011/02/17 20:53 ) Category 日記/世迷い言 | CM(2)

大仰なタイトルをつけてみたものの、ここのところキャラが安定していない いき♂ ですみなさん今晩は。

さて、いきなり否定的な意見から話題を始めるのですが、ネットでたまに見かける、
「二次なんかよりオリジナルの方が偉いんだぞ」的な風潮は疑問です。

私は二次創作はやらないけど、二次であることを明記した上で、しっかりと制作された作品であれば嫌いじゃないです。
※版権所有者が制限しているにも拘わらず無許可で二次創作するのはたとえ二次であることを明記していてもダメですよ、為念。

オリジナルにせよ二次にせよ、作者(表現者)が作り上げた作品である点に何の違いもないと思います。
違うのは、原作者が存在するかどうかだけ。
むしろ、コアなファンが多い作品に対し、なにがしかの手を加えることになる二次創作は、恐ろしく神経を使う作業になるだろうことは想像に難くないです。
ただ、そこからさらにコアな趣味に走るもの――いわゆる「腐」向けなどの要素が大きいものも少なくないため、その意味で二次全体を嫌悪する層がいるのも事実でしょう。


誤解をおそれずに言うと (←ちょっと便利な言葉かもw)
……言うと、たとえオリジナルといえども、ある作品が別の作品にどことなく似るのは避け難いものです。

オリジナルと二次では明らかに違います。そのことに疑義を差し挟むつもりは毛頭ありません。
ですが、共通の言語というツールを使い、文部(科学)省のガイドラインに沿った教育を受けてきたであろう我々が、オリジナルといえども「他のどれとも似ていない」作品というものはそうそう生み出せるものではないと思います。

オリジナリティとは、作家自身の知識や経験をもとに、それをどう咀嚼し、どう組み合わせるかによって生み出されるものだと思っています。

したがって、少し脱線しますが、以下の主張をしておきます。
「あなたの作品、アレに似てるね」というのは相当失礼な言い草です。
ある大御所クリエイターみたいに、ちょっと似てるからダメなどと裁判沙汰まで起こすような過敏すぎる反応は、業界の萎縮を招く可能性も否定できないと思うのです。……すみません、承知の上で若干大袈裟な意見を書きました。
尤も、幸いにして件の大御所クリエイターは勝訴なさったわけではありませんが。(誰とは言いません、察してください)


創作仲間同士、どうせなら一緒に高め合うのが健全というものでしょう。
業界にとっても、それを下支えするファン層などのコミュニティにとっても。

もうひとつ。
謙遜は構わないのですが、いかに自信がなかろうと、自作を徒に卑下する必要はないと思うのです。最初のうちは自作が稚拙に思えても、創作を続けていれば、反省点を次の作品に活かすこともできるでしょう。

他者の作品を読むのも良いことですよね。
続きが読みたくて仕方のない作品に出会うとわくわくします。……嫉妬もしますけれども(^^;
逆に、面白さを見つけられない作品もあることでしょう。しかしそれは、単に自分とは趣味・嗜好が合わないだけなのだと考えるべきではないでしょうか。
いえ、この考えを決して誰かに押し付けるつもりはありませんが。

誤解のなきよう申し添えておきますが、私は創作仲間同士が無理矢理良いところを見つけ、褒め合うだけなのが健全だと思っているわけではありません。
むしろ、「相手が望むのであれば」ずばずばと指摘し合い、高め合うというのも理想的な形の一つではないかと。
もちろん、相手との距離感や、創作に対する姿勢の温度差が必ずあるので、そのあたりを見極めないとお互いに不愉快なことになってしまうことは肝に銘じておきたいものです。

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【日記】改稿した 

( 2011/02/10 19:43 ) Category 日記/世迷い言 | CM(4)

以前ふなこさんからのリクエストにお応えして書いた作品ですが、
「夕暮れのサンライズ」
を改稿し、「小説家になろう」にアップしました。
上記リンクも「なろう」につなげてあります。

改稿と言っても大きくは変えていません。
基本は同じなのですが、ほんの少し変えた程度です。
ほんの少しなので、既読の方にはおすすめしません(^^;


産業革命前夜といったあたりをイメージした異世界です。
魔法は出てきません(キリッ

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【レビュー】夜のピクニック 

( 2011/02/04 18:37 ) Category レビュー | CM(4)

古本屋さんで購入した本の感想なので、アマゾンへのリンクは張りません。

夜のピクニック
 作者:恩田陸
 出版社:新潮社
 ISBN:978-4101234175
 発売日:2006年09月

秀逸な青春群像劇です。おすすめ。
未読の方への配慮のため、感想は追記に。
【内容紹介&感想】
全校イベント「北高鍛錬歩行祭」、それは80キロという長距離をただひたすら歩くという苦行のような伝統行事。
しかし三年生となった融(とおる)にとっては高校生活最後のイベントであり、膝に不安を抱えつつも踏破を目指す。
金曜の朝に学校を出発し、街を移動して夜通し歩き、翌朝再び学校に帰ってくるまでの間に渦巻く、少年少女たちの等身大の葛藤が鮮やかに描かれる。

融と貴子が抱える家庭の事情を中心に、周囲のクラスメイト達の恋や友情のもつれ具合が興味を誘うものの、話題の大半は恋愛話に終始しているため、中だるみと言うべきか、やや単調に感じる部分があった。
家族ごとアメリカに引っ越した杏奈による「おまじない」や、彼女の弟の存在がドラマに彩りを添えているのは確かだが、どうにも唐突で不自然な感じが否めない。

全体的な印象としては、物語の落としどころがよく、読後は心地よい郷愁に浸ることができた。
我が身に照らし、若干の喪失感にちくりとした痛みも感じた次第。
青春です。
▼追記(18歳未満閲覧危険……嘘ですよ♪)▼
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【日記】一人称と三人称 

( 2011/02/03 19:20 ) Category 日記/世迷い言 | CM(0)

一人称と三人称。
まれに二人称で書かれた小説もありますが。

ちょっと二人称に挑戦。

 あなたならどうする?
 実は、こんなことがあったらしいの。
 部活の帰り、暗い道を一人で歩いていた二組のエリが……


終始、こんな感じで登場人物が読者に語りかける形式、、、ってか、これで私の理解、合ってるかな。

閑話休題。
一人称と三人称ですね。
創作支援サイトなどでは必ずといっていいほど話題になることであり、私としても最近書いてきたこと以上に述べることはあまりないのですが、少しだけ私なりの考えを。

三人称ならともかく、一人称の場合、主人公に限らず登場人物なら当然共有している作品世界の知識について、ことさらに主人公に語らせるのは不自然だと感じる方がいらっしゃるようです。
そんなことはありません。
三人称だろうと一人称(演出上、主人公が別の登場人物に語りかけるかのような変則的な一人称も含む)だろうと、基本的には語り部が読者になにがしかの「説明」をしてあげないと物語として成立しません。
その意味で、人称が何であれ「地の文」の基本は変わらない、と考えています。

なお、当然ながら異論・反論うえるかむ。
【追記】
「ナジア・ハンター」書いてるとき、ユーリひとりに語らせてた。
主要キャラに交替で語らせる一人称もいいなあ。ナジアの続きを書くとき、それも視野に入れてみようかしら。
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【日記】創作における模倣 

( 2011/02/02 21:17 ) Category 日記/世迷い言 | CM(2)

twitterでつぶやいたことシリーズ(2月はそればっかりかい!)

昨日ブログに書いた「文章力」について、プロ作家を模倣することによる効果を信じている方もいらっしゃるようですが、私は疑問視しています。

ひとつめ。
対象年齢の制限その他の事情により、おそらくは著者の意向に反して無駄に平易な言葉を使っている箇所や、ルビのふり間違いなども意外に多い。

ふたつめ。
単に字面を追うだけでは、著者が利用した参考文献・著者の知識による時事・故事成語その他からの引用についての知識が正しく吸収できるとは限らない。
著者の誤解による引用部分のミスリード、もしくは意図的にミスリードっぽく引用する場合もあるので、それらを見極めるには「上手い作家さんの真似」だけでは身にならない、と思うのです。


読む側にそれなりのスキルがないと、結局は劣化コピーができあがるだけ、というのが私の持論です。
だから、書き写すよりは読み漁る方が良い、と……。
いや、白状すると、私はぜんぜん読書量が足りていないのですが!

※例によって持論ですから。異論・反論は受け付けてます^^


模倣肯定派の方のご意見を目にする機会がありましたので、それも書いておきます。
「同系統ながら少しずつ毛色の違う、数人の作家の方の小説を、全文模倣すると良い」
というものです。
なるほど。ただし発言者さんは、効率が悪いので実際には全文模倣はやらない、とも。

私としては、先人の文章から無意識に影響を受けるのは当然だと思っております。(影響を受けないなど有り得ない)
「私は誰の影響も受けていない」と言い張る方がいるとして、その方の文章は、はたして読みやすいのかどうか、興味があります。
私の世代だと、星新一や筒井康隆。のめり込んで読んだ、平井和正。
すこし若い方だと、上遠野浩平とか乙一……かな。
もっと若いと……えーと(^^; うん。影響は受けるものです。

なので、意図的に模倣するのでなく、多くの系統の違う作家さんの文章を読み漁るのが良いのではないか、と思う次第なのであります。
そうすることで結局は模倣するのと同じ効果を得られる、と。

「好きな作家の作品の雰囲気に、自分の作品の雰囲気を似せようとして書く」
というご意見もありました。
それについては、基本的にはご自身の言葉で語ることになると思うので、オリジナリティーは維持できるのではないか、と思います。

あと、どこか別のブログ様の記事ですが、
「模倣することで、読むだけでは気付かなかった部分に気付くことができた」
というご意見もありました。
たしかに、人間には自分の知識に基づき脳内補完してしまうことがありますから、読み流すだけだと見落としてしまう部分があるかもしれませんね。
尤も、その方は「あくまで自分の場合は」と但し書きをなさっていました。

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【日記】感想について 

( 2011/02/01 18:35 ) Category 日記/世迷い言 | CM(2)

オンラインで作品を発表されている方の多くは、多くの方に読んでいただき、そしてできれば感想を寄せて欲しいと思っていらっしゃるものと思います。
私もそのひとりです。
アクセスは欲しいし評価も欲しい。しかし、数字よりもまず、感想が欲しい。

ただし、作品に対する取り組み方はそれぞれ千差万別ですので、この温度差を見誤ると感想を贈った側・受けた側双方にとって不愉快な結果になってしまう可能性もあります。

アマチュアの場合、おおむね二通りに大別できるでしょう。
かたや、趣味として発表しているだけなので、プロに対するような指摘はいらない、というパターン。
かたや、プロを目指している、あるいはプロを目指してはいないものの今よりも上達したい、というパターン。

いずれの場合も、「小説家になろう」などの投稿サイトに投稿している場合、感想がもらえない、または感想をもらえたけど自己評価よりもずっと低い、という経験を持つ方も少なくないでしょう。
※余談ですが、似たようなコミュニティを比べた場合、「小説家になろう」はいまひとつぬるいというか、登録者同士で馴れ合いのように褒め合うことが多く、無駄に高く評価されがちだ、という声があがっているようです。


いろいろと考えていました。
たとえば、私は厳しい意見であってもなるべく受け止め、それをバネに次作に活かしたいと思っています。
しかし、それを他者に押しつけ、お互いに厳しい意見を言い合うべきかというと、その相手は非常に限られると思ってもいます。
リアルに顔を知っている相手であればそれは可能でしょう。
しかし、そうでない相手に厳しい意見を、ということになると、それこそ「応募側の投稿者」と「募集側の編集者」という明確な立場の違いがない限り、単に作者を凹ませるだけの結果につながりかねません。
そのことは、考えようによっては自分で自分の首を絞めているようなものではないでしょうか。
書きたいと思う方はそれなりにいるのに、そのうち多くの方が「でも自分にはうまく書けないから」と手を出さず、作品を発表しない。
その状況って、アマチュア創作家さんたちの活動を衰退させることになりはしないか、と。
(もちろん、極論を承知の上で、わざと問題提起しているのですが)

「ねえねえ、ブログって簡単に小説発表できるみたいだよ」
「いやいや、下手に発表すると評論厨に攻撃されるから、余程自信がない限りやめといたほうがいいよ」

……(^^;
※誰だって最初は初心者。上手い人と比較して自分のスキル不足をただ嘆くだけなのは無益。また、他人の作品を貶めるだけの態度もまた無益。レベルの低い作品は淘汰されるべき、という考え方の傲慢さには賛同できない。読まなければ良いだけ。


まとめます。
要は、感想を送る読者側、受け取る作者側、双方が最低限の礼儀をわきまえていれば問題ないのではないか、と。
  • 読者が酷評を送るのは結構。でも、余程親しい間柄でない限り、必ず良い部分も伝えること。
  • 作者が酷評を受け取った場合、なるべくしっかりと相手の意図を読み解き、自作の反省材料となり得るかどうか吟味すること。相手が物書きであれば、その作品を拝読すると良いでしょう。


友だちになった物書きさんに、感想を送るという約束をしたのは良いが、拝読した作品に良い箇所が見つけられないという場合も有り得るでしょう。そんな時は、良い箇所が見つけられないのは自分の読書スキルが低いのだと思い、なんとか良い箇所を見つける。それでもどうにもならなければ、正直に感想を送る。その感想で相手を傷つけないよう配慮するのも、物書きスキルを問われる部分ではないかと。

自作への感想をいただいたは良いが、意図していなかった部分に予想外の指摘をされる場合も有り得るでしょう。もちろん、ただの荒らしの可能性もあるのですが、そう断定する前に相手の指摘を吟味する余裕が必要だと思っています。読者の数だけ感想があるのですから。間違っても、「お前の読解力が足らないんだ。よく読めや」と返して喧嘩になる事態は避けたいところです。

以上、自分自身への反省を含め、現在の考えを書いてみました。
当然ながら異論、反論受け付けております m(_ _)m

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【日記】文章力って 

( 2011/02/01 12:45 ) Category 日記/世迷い言 | CM(4)

Twitterでつぶやいたことと重複しますが。

これまで「文章力」という言葉を聞いたとき、その言葉の意味は私の中ではほぼ「表現力」と一致していました。
世の中には、これをさらに具体的に分析している方がいらっしゃいました。尊敬。

やはり、「文章力」などという曖昧な概念は、物語の書き手においてはより細分化されるべきだと思うのです。
どなたか存じませんが、上記のように分析なさっていた方が仰るには、

文章力というのはただの幻想か、抽象的な何かなだけで、作家に本当に求められるのは、描写力、構成力、プロットの作成力、そして発想力である

とのこと。納得です。

自分が作品を書く場合、冒頭を会話文で始めるのはあまり好きではありません。
もちろん、他人の文章であれば、会話文から始まっていても気にせず読みます。
ただ、三人称でうまく書く人の文章はのめり込んで読むかも(^^)

三人称神視点は人物の内面まで地の文で表現できるので安易に使えますが、カメラ視点となると人物の動作だけで内面を表現する必要が出てきます。
いずれの場合でも一人称・三人称を部分的にうまく織り交ぜて表現するのは当然有り(神視点の際に一人称を織り交ぜるのは逆効果になる場合もあるかな?)だけど、カメラ視点だけで表現しきれる人の実力は本物だと思います。

三人称であれば、一人称のようにひとりの視点に固定する必要がないけど、視点を移動する場合はうまく配慮してやらないと読者の混乱を誘います。
そんなこと今さらのように私が書かなくても当然のことなんですけれど、私の場合この配慮を欠かさずに書くというのが難しく、三人称で書くときはいつも迷い、必ずといっていいほどどこかで妥協してきたのは事実です(^^;

さて、あとは表現力について少しだけ。
風景・人物・心理・そして背景の状況を描写する文章量とバランス。
いずれも多すぎても少なすぎてもよろしくないと思います。
それらを過不足なくこなすことができてはじめて、内容の独創性などが活きてくるし、また評価されるのだと思います。
ううむ、まだまだ道は長いぜ……(^^;

ここまで読んでくださった方に誤解のないように書き添えておきますが、私は決して一人称が嫌いだというわけではありません。
一人称で書かれた素晴らしい作品が、プロ・アマ問わずたくさんあることも当然ながら承知しております。

最近読んだ一人称の中で好きだったのは、誉田哲也「武士道シックスティーン」シリーズ3部作です。
章ごとにダブルヒロインに交替で語らせる形式でした。
完結編「武士道エイティーン」になると、途中の章では番外編的に周囲の人物を語り部にして主人公達が不在の部分や過去の話などを描いており、物語に厚みを増していました。


ところで、今気になっているのは他人の作品への感想のあり方なのですが、それは次の機会に。
さてさて、次の創作にとりかからなきゃ(^^;

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