蒲公英 ~癒しと生命力の花~

日記ブログ。たまに短編小説を発表。長編小説(別サイト)連載時は更新通知ブログと化す。

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【日記】選ぶ言葉と人間性 

( 2010/03/25 20:15 ) Category 日記/世迷い言 | CM(6)

ブログへのコメント。
とてもありがたいものだけど、そうとばかりも言えない場合もありますね。
こればかりは、私としてはぬぐい去ることのできない反省とともに強く思います。

決め付けた物の言い方は、周囲に不快感を与える可能性が高いと言えるでしょう。
したがって、公開範囲を限定していないWEB上の記事であれば、書き方に気をつけるべきなのは当然です。
とは言え、主義・主張というものは、一方を立てれば他方が立たないのもまた当然。

ある主張に対して、反論するのは結構なことです。
しかし、あまりにも感情にまかせた書き込みはいただけないし、正当化されるべきでもない。
それは“荒らし”と大差ない行為だと思うのです。
自分の犯罪行為を誇らしげに披露しているような記事ならいざ知らず、普通の個人の日記の記述に対して「黙っていられない」などとは傲慢至極。
何よりも、揚げ足を取るような指摘とともに相手の「人間性」を攻撃するなど卑怯とさえ言える行為です。
「もう読まない」なら「書く」必要がどこにあるのでしょう。
まるで方向性を間違えた正義感のよう。
誰の得にもならず「痛み」だけが残る行為だとは思いませんか。

※このあたり、かなり強い書き方をしていますが、私自身の過去の行為に対する猛省によるものとご理解ください。

教育現場におけるディベートについて、少し前からその功罪が取り沙汰されてきました。
詭弁の横行、相手を言い負かす優越感への浅ましいほどの渇望。
以上、意図的に功罪の「罪」の部分だけちらりと挙げてみました。
だからといって、歪んだディベート教育を受けた学生たちが世に出てくるようになった、などという偏見を持っているわけではありませんが。

ある大切な友だちのブログに書き込まれたコメント欄を見て、私自身の反省を兼ね、書いておこうと思いました。
私が最も言いたいのは、エントリを上げる側もコメントを書き込む側も、書き方に注意すべきなのは同じだということ。
一方は反省を表明し、他方は書きっ放しというのもやりきれない。
ある意見を否定するのは勝手だが、無用な書き込みは、時として周囲を巻き込む迷惑行為に他ならないということを忘れてはならない。
そう思いました。

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このコメントは管理人のみ閲覧できます
[ 2010/03/25 21:08 ] [ 編集 ]
時々いるんです。
わざとなのか無意識なのか(無意識なら余計始末に負えないが)、相手が痛みを感じるツボを針で突くようなコメントをする輩が。
それに対して、その「大切な友だち」の対応はとても冷静で見倣うべきものでした。
この件に関して、その方のブログへの直接の書き込みは、件の迷惑コメントの輩を喜ばせる結果にもなりかねないので自ブログで記事にした次第です。
応援しなければ、と思いました。
[ 2010/03/25 21:17 ] [ 編集 ]
全ての人と同じようにコミュニケーションしたいなどとは思いません。
全ての人にYESと言って欲しいとも思いません。

この記事は、特定の方に向けてのメッセージであると同時に私自身の反省を込めた日記だとご理解ください。

私のような身勝手な人間にとって、この社会にはコミュニケーションしたくない人たちも少なからず存在します。
従って、コメントを削除する場合もあります。
[ 2010/03/30 14:09 ] [ 編集 ]
このコメントは管理人のみ閲覧できます
[ 2010/03/30 21:12 ] [ 編集 ]
ご不便をおかけして申し訳ありません。
私は大丈夫ですよ、変に気を遣わせてしまったようで恐縮しています(汗)
コメントありがとうございます^^
[ 2010/03/30 21:22 ] [ 編集 ]
ほほう!i-275
そう言うことだったんですか。
まぁ、私も小学生の時は、
人の逆鱗に触れることで家族の間で有名でしたが。
高校生からは自分の正しさを守るために詭弁が上手くなって、
勉強する内に普遍的な正しさなど殺人レベルでなければ
ないに等しいことに気づいて、
深く恥じて現在は詭弁を弄すことはなくなったのですが、
しかし、詭弁は自分の弱さを正しさで覆い隠すことが出来るので、
一方的に言い負かされて悔しい今の私から見ると、
案外羨ましかったりして……。

決め付けはいけませんね、決め付けは。
よく社会のルールや個人的な考えのような目に見えないものを
「私がこう思ってるんだからそれは真実」
みたいな物の言い方する人いますが、
概ねそれは幻想ですね。
お釈迦さんでもない凡人が
幻想を持っているのは私を含めて当然ですので、
お互い様として深く追求することはないのですが、
同じ幻想を他人も持っていると決めてかかると、
少々厄介なことになりますね。
[ 2010/03/31 22:36 ] [ 編集 ]
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