蒲公英 ~癒しと生命力の花~

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【日記】文章力って 

( 2011/02/01 12:45 ) Category 日記/世迷い言 | CM(4)

Twitterでつぶやいたことと重複しますが。

これまで「文章力」という言葉を聞いたとき、その言葉の意味は私の中ではほぼ「表現力」と一致していました。
世の中には、これをさらに具体的に分析している方がいらっしゃいました。尊敬。

やはり、「文章力」などという曖昧な概念は、物語の書き手においてはより細分化されるべきだと思うのです。
どなたか存じませんが、上記のように分析なさっていた方が仰るには、

文章力というのはただの幻想か、抽象的な何かなだけで、作家に本当に求められるのは、描写力、構成力、プロットの作成力、そして発想力である

とのこと。納得です。

自分が作品を書く場合、冒頭を会話文で始めるのはあまり好きではありません。
もちろん、他人の文章であれば、会話文から始まっていても気にせず読みます。
ただ、三人称でうまく書く人の文章はのめり込んで読むかも(^^)

三人称神視点は人物の内面まで地の文で表現できるので安易に使えますが、カメラ視点となると人物の動作だけで内面を表現する必要が出てきます。
いずれの場合でも一人称・三人称を部分的にうまく織り交ぜて表現するのは当然有り(神視点の際に一人称を織り交ぜるのは逆効果になる場合もあるかな?)だけど、カメラ視点だけで表現しきれる人の実力は本物だと思います。

三人称であれば、一人称のようにひとりの視点に固定する必要がないけど、視点を移動する場合はうまく配慮してやらないと読者の混乱を誘います。
そんなこと今さらのように私が書かなくても当然のことなんですけれど、私の場合この配慮を欠かさずに書くというのが難しく、三人称で書くときはいつも迷い、必ずといっていいほどどこかで妥協してきたのは事実です(^^;

さて、あとは表現力について少しだけ。
風景・人物・心理・そして背景の状況を描写する文章量とバランス。
いずれも多すぎても少なすぎてもよろしくないと思います。
それらを過不足なくこなすことができてはじめて、内容の独創性などが活きてくるし、また評価されるのだと思います。
ううむ、まだまだ道は長いぜ……(^^;

ここまで読んでくださった方に誤解のないように書き添えておきますが、私は決して一人称が嫌いだというわけではありません。
一人称で書かれた素晴らしい作品が、プロ・アマ問わずたくさんあることも当然ながら承知しております。

最近読んだ一人称の中で好きだったのは、誉田哲也「武士道シックスティーン」シリーズ3部作です。
章ごとにダブルヒロインに交替で語らせる形式でした。
完結編「武士道エイティーン」になると、途中の章では番外編的に周囲の人物を語り部にして主人公達が不在の部分や過去の話などを描いており、物語に厚みを増していました。


ところで、今気になっているのは他人の作品への感想のあり方なのですが、それは次の機会に。
さてさて、次の創作にとりかからなきゃ(^^;

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こんばんは、遠野です。
私もツイッターと重複しますがww
文章力って言葉はあまり使わないです。
だって、曖昧で何を指しているかわからので。

ツイッターだと字足らずになりましたが、
まず小説を書くための技術と、
書類作成能力って違いますし。

私、書類作成とか嫌いなんですが、
それなのに「お前小説とかでドウトカ」って言われると
カチンと来ます。それは全然違う技術だからなー、と。
小学校の頃から作文は大嫌いな子でした、私ww

で、小説になると更に分類があると思いますし。
分け方もたくさんあると思いますが、
登場人物を書く能力、
舞台設定を書く能力、
物語を書く能力、
ここから更に細分化されて……。

キャラだと心情を書く能力、見た目を書く能力とか。
で、キャラに限って言えば、キャラを作る能力と描く能力に
違いがあったりとか。

あと、行間を書くための技術とかもありますね。
些細な仕草とか、風景の変化とかをチョチョと間に挟んで、
書く能力があるかないかと。

キャラ舞台ストーリーを構成する力と、
実際に文章を書き上げる力と言う分類も。


長々とすみません。
しかも、内容もまとまってませんし(>_<)
[ 2011/02/01 23:27 ] [ 編集 ]
> 文章力って言葉はあまり使わないです。
> だって、曖昧で何を指しているかわからので。

同感です。
小説の場合は、遠野さんも挙げていらっしゃる諸々の要素をひっくるめた上での言葉であれば「文章力」という言葉を初めて使えるのかな、と思います。

> あと、行間を書くための技術とかもありますね。
> 些細な仕草とか、風景の変化とかをチョチョと間に挟んで、

行間を読ませる技術については本当、上手い人のをいくら読んでも身に付きません。
もしかして、ある程度天性の才能が必要なのかしら……とさえ思えてくる(汗)
が、がんばろう……っと。
[ 2011/02/02 18:27 ] [ 編集 ]
再度失礼、遠野です。

才能なんて言葉は信じませんw
嫌だ、才能で決まる世の中なんて!!

勢いで「行間」って書いちゃいましたけど、
よく考えたら「地の文」が正しいですね。
コメの文章的にw まぁ、行間を読ませるのも技術ですがw

地の文だと、横着せずにとにかく書くこと。
行間だと、キャラについての理解を深め、
なおかつ人間の心理状態による細かな行動を
理解すること。

が、大事なんでしょうねー。
[ 2011/02/02 23:17 ] [ 編集 ]
> 才能なんて言葉は信じませんw
> 嫌だ、才能で決まる世の中なんて!!

ひとくちに才能といっても、文才ってのは多分に後天的なものです。
要は、多感な時期にどれだけの量の読書をしたか、という。
例外はもちろんあるでしょうが、読者としての経験を活かし、どれだけ読者の立場に立って書くことができるのか、これは間違いなく重要なファクターです。
その意味で、若い頃から不十分かつ偏った読書しかしてこなかった私は、遠野さんはじめ才能ある方々に嫉妬しつつ、一歩でも近づこうと努力しているところです!(キリッ

> なおかつ人間の心理状態による細かな行動を
> 理解すること。

このへんは演出力を試される部分ですね。
いかに説得力のある文章を紡ぐことができるか。
経験がものを言うと。。。俺だめぢゃんw
[ 2011/02/03 18:38 ] [ 編集 ]
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